第6話 電車でのお約束だよ
ファミレスを出る頃には日が暮れてきていた。おお、結構長く話し込んだんだなあ。二人は随分盛り上がっていたようで、「また会おうね」とか言って連絡先を交換していた。
駅前で梢と別れた俺と由宇は、一緒に電車に乗り込む。んん、ここからだと、由宇は別路線を使った方が早いんだけど……はて?
そんな俺の服の袖を引っ張る手が……由宇か。彼女に顔を向けるとスマホをこっちに向けてきた。何だろ?
俺は彼女のスマホを覗き込もうとした時、ちょうど電車が停車駅へ近づいたらしくブレーキが。
体勢を崩していた俺は由宇の背中へ向けてよろけてしまう。それだけならまだよかったんだけど、「溺れる者は藁をもつかむ」と言うじゃないか。
「ご、ごめん、由宇」
「……い、いえ。先輩……暖かいです……」
そ、そこでその言葉かよおお! そうなんだ。よろけた俺は転ばないように思わず手を伸ばし、由宇に後ろからしがみ付いてしまったのだ!
密着した由宇の体温が服越しからも感じられ……あと、こう何て言うか、そうだよ、あの女の子特有の柔らかさが。
ち、違うそうじゃない。ええと、何だっけ? そうだスマホだよ、スマホ。由宇が俺にスマホを見せてきたってことは「ローズ」にログインしてくれってことかな?
俺はあせあせと由宇から離れつり革を持つと、片手でスマホをいじりローズへログインする。
『ユウからメッセージが届いています』
いつのまにメッセージを送ったんだ。俺はスマホをタップしてさっそくメッセージを開いてみる。
『アイ、例の音が気になって仕方ないんだ。迷惑だと思うんだが、今日も泊めてくれないだろうか?』
なんだとお。いや、嫌じゃないけど、むしろ「ありがとうございます!」って気持ちだ。彼女がいいって言うなら全然構わないぞ。
来てもいいって俺も昨日言ったしさ。
俺は『いいよー☆』とメッセージを返す。ぐうおう。由宇の前で星マークはきっついな。
「……お星さま……可愛いです……」
自分のスマホを見て、ボソリと呟く由宇。誰にも聞こえてないつもりで言ったんだろうけど、聞こえてるから。
はにかんで両手でスマホを抱く彼女の姿にキュンとしてしまった俺は、お経を唱えながら気を落ち着ける。ここは電車、電車だ。鼻の下を伸ばしているわけにはいかぬ。
いかぬいかぬのだよ、トキ。いや、トキじゃねえよ。ああ、どうでもいい話だが、素数で失敗したからお経ってわけなんだぜ。ふふん。
「……先輩……ありがとうございます……わがまま言ってすいません……」
「いや、由宇がいいなら来てくれても大丈夫だからさ」
「……う、うん……」
そんなこんなで、帰りにスーパーで食材を買い込んで俺の家へと二人一緒に戻ってきたのだった。
簡単なものでいいかと料理をはじめようとしたら、由宇が指先をアヒル口に当てて、じーっとこちらを伺っているじゃないか。いちいち可愛いなあちくしょうう。
気になって仕方ないぞおうお。
「……せ、先輩、料理なら私が……と、泊めていただいてますし……」
「あー、大した料理は作れないけど、昨日は作ってもらったし軽く作るよ」
「……う、うん……せ、先輩の手料理……」
「ん?」
「……な、何でもありません!」
流し台に水をじゃーっと流していたから、もう少し大きな声でしゃべってくれないと聞こえないんだよ。
まずはお米を洗って、炊飯器に、鍋に少量の水を入れてひき肉を投入してえ、しょうゆとミリンをドバドバーっと。
続いて卵をパカンとわって混ぜ混ぜし、フライパンへ。
「ゆ、ユウ……す、座って待っててくれるかな?」
「……み、見ちゃダメですか……?」
見るのはいいんだけど、息が息がああ、俺の首元にかかってるってえ。
わざわざ背伸びして俺の肩上から覗こうとするもんだから、こ、こうなるう。集中できんっ!
「そ、その体勢だとしんどいだろ? こけたら困るしさ。下手したらやけどしちゃうよ」
「……そ、そんなにドジじゃあないですもん!」
「もん!」って。も、萌える……。ち、ちくしょうう。炒り卵が少し焦げてしまったじゃねえか。これは半熟で取り出さないとなのにい。
「大丈夫だと思うけど、そのへん掴んどけばいいんじゃないかな」
「……う、うん」
「か、肩うおう」
壁や柱を掴めって意味だよお。
近い、近いってええ。……み、耳に息があ。
「……す、すいません。だ、大丈夫でしたか?」
「あ、ああ」
由宇は俺の背中をちょこんと掴んで、右側から覗き込むことにしたようだ。うん、これなら、大丈夫……さっきよりはね。
よっし、残りを作ってしまうぞ。豆腐と大根を切って水を張った鍋に突っ込んでしばし煮込んだ後、だしの元と味噌汁を突っ込む。
二色丼と味噌汁の完成だー。ほんと簡単なもんですまん。
丼にご飯を盛ってひき肉と炒り卵を乗せて、味噌汁と一緒にコタツへと運ぶ。
「いただきます」
「……いただきます……」
二人で手を合わせて、食事を食べ始めた、ら、由宇が
「……先輩、美味しいです! 先輩の手料理ありがとうございます」
「そ、そうかな。あ、ありがとう」
「……はい! とても嬉しいです!」
こんなに喜んでくれるなら、また作ってもいいかなーと俺の顔が緩む。
この言葉を最後にお互いもくもくと食べるだけになってしまった。美少女と二人きりで無言はなかなか緊張してしまう。
俺はこの空気を変えるため、キノこと
「ユウ、キノのことは前から知っていたの?」
「……アイと冒険するようになって、次に加わったのがキノでした……」
「そうだったよなあ。懐かしいよ。もう数年前のことだもんな」
「……はい。一年くらい経つころ、キノと二人で冒険していた時にキノが女性だと分かり……」
「なるほどなあ。たまたまキノが女の子って分かったのかあ」
「……そんな感じです。キノはあっけらかんとした感じですし、バレちゃったんだったら素でいいよねってみんなに見えないところだと、今日会ったようなキノでした」
あー、確かに。木下梢なら「えへへ、まあいいかー」と気にしなさそうだ。俺は彼女の顔を想像しながら、うんうんと頷く。釣り目が可愛い顔から……肉まんと黒のレースに想像が移り……ああああ、何想像してんだよお。
我ながら酷い想像だ……。
「……せ、先輩、そんな頭を振る程ショックだったんですか……黙っててすいません……」
「い、いや、
「……う、うん……」
「ああでも、ちょっとしたことがきっかけで分かっちゃうもんだなあ。俺もひょっとしたら……」
「……アイのことはみんな女の子と思ってますよ。先輩がいない時のチャットから感じた限り……」
「そ、そうか……」
そ、それはそれで。分かってて生暖かく誰も突っ込まないの方がまだ……どっちもどっちか。
由宇は他のメンバーともテルしてたりしたのかなあ。俺は余りそういうことをしなかったから、みんなのプライベートは一切知らない。
自分から興味を持って知りたいと思ったこともなかったしなあ。俺は萌え萌え魔法使いアイなのだ。ローズではずっとそれで通してきたんだぜ……アイを演じていると、日ごろのストレスとか嫌な事があったりしても全て忘れることができたんだ。
とか考えていると、由宇が再び口を開く。
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