第4話 由宇ちゃんのおうち
「……先輩、これつけてください……」
「あ、ああ」
なぜだ、なぜこうなった?
俺はいま由宇のおうちにいる。
「……や、優しくお願いしますね……」
「初めてだからうまくできるか分かんないけど」
「……せ、先輩なら、平気です」
由宇は頰を上気させ、もじもじと目を伏せる。
由宇の部屋は俺の想像していた女の子の部屋って感じじゃあなかった。
可愛らしいカラフルなアイテムや家具は見渡す限り、クマのクッションくらいだ。他は白系で統一されたシンプルなものばかりだった。ローテーブル、小さなテレビ、大きな鏡がついた化粧台などなど。
「ユウ、そろそろ始めるぞ」
俺は大きく深呼吸し、じっとそれを見つめる由宇へ告げる。そんな真剣な顔をされると照れるって。
「……はい、奥へ来てください……」
「き、きつい、奥まで入らないかも……」
俺の動きに、ギシギシと音を立てる……。
「……わ、私は大丈夫ですから、一番奥まで……」
戸惑う俺に由宇ははにかんだ笑顔を見せそう言った。う、ううむ、やっちまうぞ。
落ち着けえ、落ち着け俺え。
そうだ、こういう時は素数を数えるんだ。一、二、三、五、七、九……九は素数じゃねえええ。ハアハア。
「な、なんとか入った」
「……う、嬉しいです……まさか私の部屋でこんなことをするなんて……」
由宇は俺の腕をキュッと掴み、耳まで真っ赤に染める。
これで窓は大丈夫だな。うん。
窓レールが思ったより狭くてさ、窓ストッパーがなかなか入らなくて焦ったよ。
話は少し戻るけど、俺と由宇はホームセンターで窓と扉の防犯グッズを買ってきたんだ。
その場で別れて夕方にキノと会うため、例のファミレスで集合と思っていたんだけど、彼女が「取り付け方が分かりません」と目を伏せるものだから……
俺が彼女の家にまで来たというわけだよ……初めて入る女子の住むワンルーム。ドキドキしながら部屋にはいったというわけなのだよ。ははは。
「……先輩、窓の上側と扉にもお願いします」
「了解。あ、これ、窓ストッパーの鍵だから無くさないようにね」
「……先輩、二つありますけど……どちらも同じなんですか?」
「ん、見た感じ同じに見えるけど、試してみようか」
俺は上側へも窓ストッパーを取り付けると、それに鍵を差し込み回してみる。うん、どっちも同じみたいだな。
「……せ、先輩、一つは先輩が持っててくれませんか……?」
「え?」
「……あ、あの、無くなっちゃうと困りますし……」
由宇は耳まで真っ赤に染めて、俺の手へそっと小さな鍵を乗せた。うわあ、うわあ、何この可愛い生物うう。
キュンキュンしてしまった俺は思わず彼女を抱きしめそうになって手を伸ばすけど、慌てて手を引く。
や、やばい。いきなりセクハラしてしまうところだったぜ……
俺は後ろ髪が引かれながらも、扉にストッパーを取り付け、彼女の元へ戻る。
「……先輩、ありがとうございました」
由宇はそう言って俺へ暖かいコーヒーの入ったマグカップを差し出してくる。
コップを受け取った俺はあぐらをかいてさきほど取り付けた窓ストッパーの出来具合を眺め……ん、化粧台かあ。彼女の部屋はそこまで女の子を感じさせるものではないけど、化粧台を見るとやっぱり女の子なんだなあとしみじみと思う。
そんな部屋に俺が……少し頬があかくなって誤魔化すように首を左右に振ると、化粧台の上に乗った写真立てが目に入る。
ん、あれ、これ――
――俺が高校生の時の写真じゃねえか。写真には校門付近でブレザーを着た眠そうな顔をした俺が写っていた。何もこんな顔をとらなくても……寝ぐせも酷いし、目も据わってる。
「……み、見ました?」
パッと写真立てをひっつかみ胸に抱く由宇。
「あ、うん……」
「……こ、これは、そういうのじゃないんです! た、たまたま……」
「そ、そうか、なんかごめん……」
「……せ、先輩、その顔、信じてませんよね!? 飾る写真が無くてたまたま先輩の写真が飾ってあっただけなんです!」
ど、どうやら俺は何か触れてはいけないものに触れてしまったようだ……あせあせと手を振る由宇が微笑ましくて思わず顔がにやけてしまった。
そんな俺の顔を見て、彼女はヒートアップしていく……「違う、違う」と言いながら、俺の背をポカポカと叩いた。
「ゆ、ユウ、分かったから、そろそろお昼でも食べに行こうか?」
「……う、うん……分かってくれればいいんです……」
子供っぽくぷうと頬を膨らませた後、由宇は写真立てを裏返して化粧台の上にそっと置く。
俺はポケットからスマホを取り出すと、まだ頬を膨らませている彼女の横顔をパシャリと。おー、よく撮れてるじゃないか。普段大人しい彼女のおどけた姿って新鮮で可愛い。
子供っぽい仕草ってグッとくるよな!
「……せ、先輩、何とってるんですか!」
「ん、ユウが可愛いなと思って……」
「……か、可愛い……」
由宇はポッと頬を染めて頭に手をやり、わなわなとペタン座りをして、うつむいたまま頭を振る。
思わず、思ったまんまを言ってしまった俺も今の発言に恥ずかしくなり、頭をぐしゃぐしゃと掻く。
一分経過、二分経過……三分経過……
だあああ、この沈黙に耐えられねええ。
「ゆ、ユウ?」
「……はい……」
「……外へ出ようか」
「……う、うん……で、でも先輩、一つお願いがあります……」
「なんだろう?」
「……と、撮るのは百歩譲って構いませんから、ちゃんとしたのを撮ってもらえませんか?」
「……う、うん……い、今から?」
「……あ、後で……で、お、お願いします……は、恥ずかしいんですよ……私だって……」
「そ、そうか、ははは」
やっばい、「恥ずかしい」とか言って顔が真っ赤になったらもう、俺がどうにかなってしまいそうだああ。
由宇のパワーは天井知らずだぜ! 俺にどうしろって言うんだよおお。俺の心の中の絶叫など知りもしない由宇は、すっと立ち上がると俺の手を引き外へ出るように促してきた。
◆◆◆
外に出た俺達は何を食べようかと駅前をウロウロする。
ん? 由宇が立ち止まって何かを見ているな。何だろう? ええと、ファーストフードかなあれは。
「由宇、ハンバーガー食べる?」
「……う、うん……」
ファーストフード店に入ると、由宇が何やらモジモジしてメニューを決められないでいた。
どうしたんだろう? でも、彼女の目線がメニューのどこに行っているのかは一目瞭然だ。
それは、ハッピーセット! 欲しいおもちゃでもあるんだろうか。見てみると、「牧場シリーズ」と書いていて、牛や牛乳、牛舎などのミニチュアが当たるみたいだな。
「すいませんー、ハッピーセットを二つください。えっと、飲み物はコーラで。由宇は?」
「……お、同じで……」
ハッピーセットを持ってテーブル席に座ると、由宇は恥ずかしそうに目を伏せたまま口を開いた。
「……こ、子供っぽいですよね……そ、そのシリーズがあと三種類で……」
「ううん、俺だってこういったガチャ的なものは割に好きだよ。ほれ」
俺は由宇に自分の分のおまけを渡すと、ハンバーガーの包みを開ける。
「……あ、ありがとうございます……」
「ユウが喜んでくれてよかったよ!」
「……せ、先輩……」
由宇はじっと俺を見つめた後、大事そうにおまけをカバンの中へ入れると、コーラーに口をつけた。
さて、食べたらキノが待つファミレスに向かうとしようかあ。
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