ネカマ姫プレイしていたら、イケメン騎士(女)が部屋に来た(連載版)

うみ

第1話 イケメン騎士の正体

 とあるネトゲのキャラ絵が気に入って萌え萌えしいロリキャラで遊び始めた頃、ピンチになってしまってイケメン騎士キャラに助けてもらったことがあったんだ。

 その騎士がRPロールプレイ――ゲーム内で演技をする――騎士キャラだったから俺も真似して姫役をやったら、いつのまにか姫こと俺を守る騎士団になってた。

 最初は何てことにってしまったんだと戸惑っていたんだけど、姫になり切ってゲームをやるのがすぐに楽しくなってきたんだよ。

 

 そして、社会人になって一人暮らしをし始めると日頃のストレスもあり、ますますネトゲの姫プレイにのめり込んでいく俺……

 今日から週末だしとウキウキした気分で仕事から帰って、肩が痛くなるほど重たい仕事用のショルダーバックを床に放り投げると、さっそくこたつ机の上にいつも置いているノートパソコンの電源を入れる。

 パソコンが立ち上がるまでの間に、冷蔵庫からビール、棚からスナック菓子を出してきてこたつに潜り込むといつものネトゲにログインした。


 今日は誰がログインしているかなあと思いながら、スーツを脱ぎ黒色のジャージへ着替える……ええと、どれどれ……ネトゲのフレンドリストを見ていたら、お、ユウがいるじゃないか。彼は最初に俺を助けてくれた騎士で、俺が姫プレイをやるきっかけになったイケメン騎士だ。

 俺のログインを見たユウから、早速テルチャットが入った。

 テルチャットとは、ゲーム内でフレンド登録を行った人どうしが利用できるチャットになる。このチャットは離れていても会話することができて、他人から内容を見られることがないという便利な機能なんだ。


『すまない、助けてくれないか』


 イケメン騎士のユウから、珍しくヘルプ依頼が来たようだ。どんなボスを倒しに行くんだろうか?


『どうしたの? すごーいボスを狩るのかなー?』


 俺はゲーム内だけで使う天真爛漫をイメージした女言葉でユウへ返すと、


『すまない、一晩泊めてくれないだろうか?』


 え、えええ。一体どうしたんだ? 「泊めてくれ」ってゲームじゃなくてリアル現実世界の話だよな?

 

『それって、どういう?』

『言葉の通りだよ。アイ。突然のことで戸惑うのは充分理解している。何とか考えてくれないだろうか?』


 彼に何があったのか分からないが、イケメン騎士のユウはかなり切羽詰まってるようだった。あ、アイというのは、俺がゲーム内で使用しているちょっとロリロリな魔女っ娘キャラなんだが……

 まあ、それはともかく、俺がどう返信すればいいのかと考えている間にも彼からのチャットは続く。


『大丈夫、君のことは分かってるから安心して欲しい。ゲームの誰にだって、君のことは秘密にするとも』

『え?』


 え? 戸惑う俺だったが、それを打ち消すように部屋のチャイムが鳴る。

 まさか、ユウがここへ来たっていうのか? どうやってこの場所が分かったんだろう。いやいや、宅配便か何かだって。

 そう思いながらも、俺はチャットを続ける。

 

『まさか、ユウ?』

『ああ、突然で本当にすまない』


 マジかよお。何でユウが俺の住所を知っていたのかとか非常に気になるけど、このままストーキングとかされたら困るしなあ。

 きっと彼も俺が男だって知ったらガッカリして帰ってくれるはずだ。この際、ネカマだとバレてもいいや。いやむしろ、ネカマで良かった俺……俺が本当に女の子で、いくらゲームで親しかったとはいえ、突然知らせても無い家の住所を特定して、ベルが鳴らされたら恐怖しかないだろ……

 俺は男だから、その点まだ何とかなる。

 

 俺は扉のチェーンをかけてから、少しだけ扉を開く――

 

――扉の外に立っていたのは……女の子だった。

 彼女はつやのある長い黒髪で、俺の肩ぐらいの背をした小柄な二十歳過ぎくらいの女の子だった。少し厚めの唇に鼻筋が通り、薄い眉、大きな瞳に丸い輪郭……美人というよりは可愛らしい顔をしている。

 服装はというと、厚手の白の腰下くらいのコートに、黒のカーディガン、ふわっとした感じの薄青色の膝上スカートに、厚手の黒色のタイツ。足元は短いこげ茶色のブーツを履いていた。

 一方の俺はというと、黒色に白のストライプの入ったジャージ姿だ……


「君は?」

「……わ、私は……」


 黒髪ロングの女の子はポケットからスマホを取り出すと、もう一方の手で扉の向こうにある机の上に乗った俺のノートパソコンを指す。

 どうしたものか……パソコンの前に座ると扉が閉まってしまうから少し戸惑ったけど、彼女が示す通り俺はノートパソコンの前へ座る。

 どれどれ――

 

『君が男だと分かっていたのだよ。君は私のことを男だと思っていただろう?』

『う、うん』


 イケメン騎士ユウはあんな可愛い女の子だったのか! 俺は驚きで叫び声をあげそうになるが、慌てて口を塞ぎ再び扉の前へ。

 今度は扉のチェーンをかけずに扉を開く。

 

 やはり、扉の外には黒髪ロングの白いコートを着た可愛らしい女の子が立っている。

 本当にユウなのか……俺は茫然ぼうぜんと彼女の顔を見つめると、彼女は目を伏せスマホをいじりだす。


「ユウなのか……?」

「……う、うん……」


 俺の言葉に彼女は消え入りそうな声で肯定すると、うつむいたままパソコンを指す。

 うーん、扉の前とパソコンを行ったり来たりするのもあれだし、こんな可愛い女の子だったら……まあ家に入れてもいいかー。

 

「俺は一人暮らしなんだけどそれでもよければ……パソコンと行き来するのもあれだし、どうぞ」


 俺が中へ入るように促すと、彼女はペコリとお辞儀をして玄関に入って来るが、それ以上先に進もうとせずその場で立ったままだ。

 俺には彼女が警戒しているのか何なのか真意を推し量ることはできないけど、まずはノートパソコンを見るかな。

 

『行き場がないんだ。君を頼りたい……』


 だあああ、そんな殺し文句をお。いや、分かってる。俺だって分かっているよ。いくら見た目がアイドルのような可愛らしい女の子だったとしても、素性も知れないし後から怖い人が来たり、壺を買わされたりするかもしれない。

 でもさ、でもな。

 彼女からのチャットを見た俺が振り返ると、唇をギュッと震わせて下を向く彼女の顔が目に入るんだよ。このまま見捨てておけなくなるのが男ってもんだよ!


「俺だって男なんだし、下心とか……」


 彼女の方から断ってくれないかなと思って考えた結果の発言だったが、いくらなんでもこの発言はないだろ……我ながらダメだな……俺。

 だー、ダメだ。これじゃあ。チャットならちゃんと伝えることができるはずだ。文字なら焦らないし、恥ずかしくもならない。

 俺は焦りながらキーボードを叩こうとするが、後ろから彼女が俺を呼びかける。


「……あ、あの、アイさん、わ、わたし……」

「あー、そんな顔しないでくれよ。今晩だけだからね!」


 うああ、彼女を泊めると言ってしまったあ。。

 だってさあ、うつむいてギュッとスマホを握りしめて、肩を震わせられたら断れないよ。 俺は彼女へ靴を脱いで中に入るよう促し、座布団の上に座ってもらう。

 彼女は座布団の上に正座するとしょっていたリュックを膝の上へ置く。

 ふう。パソコンはもういいだろと思い画面に目をやると、チャットに彼女からの返信があった。

 

『私も、その、だな。少しは下心がないわけでは無い』


 え?  俺はぺたんと座る彼女へ振り返る。


「……よ、よろしくお願いしま、す」


 彼女は赤面し、両手をモジモジさせながら蚊の鳴くような声でそう呟いた。

 と、とりあえず俺も座ろう。俺はこたつに座る彼女の対面へあぐらをかいて座り、横目でチラリと彼女を見やる。

 彼女は両手でスマホを握りしめたまま、少しうつむいて長いまつ毛を震わせていた。

 …………い、いざ初対面の可愛い女の子と二人きりになると何をしゃべっていいのか分からなくなるってえ。な、何かしゃべらないとって思いながら沈黙が続いてしまう。

 

「さ、寒いね……」

「……は、はい……」


 だあああ。これじゃあ会話が続かねえだろお。しっかりしろ、俺え。

 

「コタツ、暖かいよ」

「……う、うん……」


 ユウはリュックを脇に置いて、コタツ布団を膝にかける……そしてまたしても沈黙。

 そうじゃねえ、そうじゃねえだろお。俺ええ。

 俺は首を左右に振って自分の頬を軽く叩くと、彼女へ顔を向ける。


「ユウ、リアルでは、はじめまして。俺の名前は……」

「……し、知ってます……」

「お、俺のことしってるの?」

「……う、うん……わ、私は五日市いつかいち由宇ゆうです……藍人先輩」


 俺の名前は山岸藍人やまぎしあいとと言うのだけど、知っているというユウこと由宇ゆうの言葉通り、彼女は俺の名前を告げた。

 しかし、先輩かあ。こんな大きな目をした可愛らしい女の子が俺の学校にいただろうか?

 

五日市いつかいちさんは俺と同じ学校なのかな?」

「……由宇ゆうです。藍人先輩……」

「あ、う、うん……由宇……」


 うおお、いきなり下の名前で呼ぶとか恥ずかしいってばあ。あ、そうか由宇じゃなくてユウだと思えば大丈夫だ。そうだ、キャラクター名のユウ。おっけい。

 俺が動揺しているのと同じように彼女も自分で言ったことが恥ずかしかったのか耳まで真っ赤にして下を向いてしまった。

 そんな彼女の様子を見てしまった俺は、ますます悶えてしまって頭を両手でガシガシとかきながらどうにか気持ちを落ち着けようとする。

 

「……私は藍人先輩の三つ下なんです……先輩が高等部の三年生の時に先輩が『ローズ』をやっていると知って……」

「な、なるほど……」


 由宇が言うには、俺達のやっているゲーム……ローデシアファンタジーオンライン――通称「ローズ」でアイが山岸藍人だと当初彼女は知らなかったそうだ。

 それが、たまたま混雑する電車で俺の隣に立った彼女は、俺がいじっているスマホの画面を見たことで、俺がアイだと気が付いたという。ま、まあ、あの頃の俺はスマホから「ローズ」のチャットをしょっちゅう使っていたからなあ。

 「ローズ」はスマホからでもプレイできるオンラインゲームなんだけど、まともにゲームをしようとしたらスマホからだと厳しい。でも、チャットをする程度ならスマホからでも不自由を感じることなく行うことが可能だ。

 ええと、話を戻すと、俺がアイだと分かった由宇はゲーム内の関係を崩したくなくて、俺へ直接話かけることをしなかった。

 だから、彼女だけが俺のことを知っていたというわけかあ。

 

「……こ、これ……」

「ん、お、俺の写真?」

「……う、うん。見てもらったら、今のお話を信じてくれるかなって……」

「べ、別に信じないわけじゃあ……」

「……藍人先輩ならそう言うと思いました……」


 ポッと顔を赤らめてそんなこと言われても、こ、困るんだけど……由宇のスマホに映る俺は、高校の時の制服を着ている。うーん、文化祭の時かなあこれ。何か呼び込みをしているシーンのようだ。

 いやあ、懐かしい……って違う違う。俺のことを知っていながらずっと黙ったまま五年経過している由宇が、なんでここに来て俺を訪ねて来たことを聞かないとだよ。

 

「由宇、何か困っていることがあるの?」

「……う、うん……先輩にとても迷惑をかけてしまって……わ、私……」

「あ、あああ。お、落ち着いて、お、お、お、落ち着いてえええ」


 急に泣き出しそうな由宇に俺はあたふたして、何を言っているのか分からなくなってしまった。こんな時どうすりゃいいんだよお。

 俺は立ち上がると、彼女の背中に手を当てようと思って彼女の傍に座るが、彼女に触れていいものか悩み止まってしまう。

 

「……藍人せんぱあい……」

 

 俺を呼ぶ彼女の声は、泣いていることでうまく発音ができていない。か、可愛いじゃねえかよお。俺は思わず彼女の背に手を当てるとそっと撫でる。

 すると、あろうことか彼女は俺へヒシとすがりつき、胸へ顔をうずめたのだ!

 どうしていいかオロオロする俺をよそに、彼女は途切れ途切れになりながらも呟く。

 

「わ、私……藍人先輩に内緒で……ごめんなさい!」

「な、何の事やら……俺は何も困ってないけど……」


 ゲーム内で由宇が何かをやっていたのかもしれないけど、俺にはとりたてて何か起こったことは無い。だから、謝罪されても何がなんやら意味が……

 そんなことより、すがりつく彼女の髪から漂ういい匂いが気になって仕方無いんだよお。

 

「由宇、落ち着いてから話をしてくれたらいいから、今無理に話さなくていいんだよ」

「……せ、先輩……」


 俺の言葉に顔をあげる由宇。し、しかし彼女の息が俺の顎辺りに感じられ、大きな目には涙の跡があって上目遣いで俺をじっと見つめるものだからどうにかなってしまいそうだああ。

 分かってる。彼女が悲しい気持ちで俺の胸を借りたことくらい……で、でもこれは……

 そんなことを考えながらも、俺は彼女の頭と背中をそっと撫でていると、ようやく彼女が泣き止んで落ち着いてきた。

 し、しかし、落ち着いてきたのはいいが、俺の胸から顔を離した彼女と俺が見つめ合ったまま……ハッとしたように由宇が俺の腕からスルリと抜けると耳まで真っ赤にして、ペタンと座りなおしボソリと呟く。


「……す、すいません……」

「い、いや……ゆ、由宇、夕飯は食べた?」


 なんとか空気を変えようと、俺は頭を下に向けたままの由宇に問いかける。


「……い、いえ。先輩は?」

「まだ食べてないよ」

「……そ、それなら……」


 由宇は持ってきたリュックのチャックを開くと、中からスーパーのビニール袋を取り出す。見たところ、ネギや白菜などの食材が入っているようだな。

 

「……キッチンをお借りしていいでしょうか?」

「あ、うん」

「……簡単なものしか作れませんけど、お鍋でもいいですか?」

「う、うん」

「……先輩はゲームか、お、お風呂にでも入って待っててください」

「き、キッチンはその扉を出たところだから」

「……はい」


 由宇は「お風呂」のところで少しだけ頬を染めると、食材の入ったビニール袋を持って部屋のドアを開けて、キッチンへ歩いて行く。

 俺の家はワンルームマンションなんだけど、入口の扉を入ると玄関と廊下があり奥に俺が今いる部屋に続く扉があるんだ。

 廊下の左側に洗濯機を置くためのスペースがあり、右側に風呂とトイレのドアがある。

 そして、洗濯機の隣はマンションにあるような洗面所があって……この洗面所を見て俺は、このワンルームマンションに決めたんだよなあ。

 で、キッチンだけど、洗面所の隣に小さなコンロと流し台が備え付けられているってわけだ。

 

「……あ、あの……」


 閉じたドアが開き、由宇が顔だけを出して俺に声をかける。

 

「ん?」


 内心、女の子が俺の部屋のキッチンに立つことへドキドキしていた俺は、悟られないようにと思って返事をしたけど、少し声が上ずってしまった……

 

「……ほ、包丁とか……使ってもいいですか?」

「もちろん!」


 あー、動揺しすぎて抜けていた。だって、キッチンの場所を教えるだけで、何も説明してないものな……使って良いのか悪いかさえも。

 俺は立ち上がるとキッチンの前まで歩き、由宇へ何処に何があるか解説をおこ、な、う……

 えっと、由宇は白いコートを着ていたが、家に入った後脱いでいる。なので、今は黒のカーディガンの下に白のラウンドネックのシャツを着ている。

 それはまあいいんだ。まず俺はひざ下辺りの高さの棚の中にある鍋の位置を教えてから、壁に立てかけてあるフライパンを指で示した。で、俺は今立っていて、彼女は腰を降ろし鍋をとろうとガサゴソしているんだ。

 分かるだろう、俺の目に今何が映っているのかなんて……そう、しゃがんだ彼女のラウンドネック隙間から下着が見えてるのだ……見てはいけないと慌てて視線はそらしたけど、見えてしまったものは仕方ない。うん、仕方ないよな。

 ちなみに白だ。ははは。

 

 俺は焼きついた彼女のブラジャーの形が忘れられないままコタツに戻り、フウと息を吐く。

 電源が入ったままのノートパソコンへ手をつけるけど、キッチンからトントンと響き始めた何かを切る音が気になって仕方ない。

 あーいっそ、由宇の隣に立って料理を手伝おうかなあ。そうすれば気も落ち着くし……いやでも、とか考えているうちに由宇が扉から顔を出す。


「……先輩、できました……」

「ありがとう」


 俺は由宇と一緒に湯気をたてるお鍋や食器をコタツの上に運ぶと、彼女と向かいあわせに座った。

 んー、おいしそうないい匂いが漂っているけど、思いつめた表情で鍋から具を掬う彼女の顔が気になって仕方ないんだけど……さっき俺に話をしようとしたことを考えているんだろうなあ。

 

「おいしい、ありがとう、ユウ」

「……いえ……」


 俺は小鉢に入った水炊きを口につけた後、由宇にお礼を述べる。

 その時だけはにかむような笑顔で彼女は応じてくれるが、すぐにまた元の沈んだ表情に戻ってしまった。

 そのまま会話の止まってしまった俺達、はしばらく無言でモグモグと食べ続ける……こ、この空気は気まずい。

 

「……先輩、さっきのことなんですけど……」


 由宇は下を向いたまま呟く。

 

「うん、聞かせてくれるか?」


 俺は彼女がどうしたらうまく話す事ができるんだろうと考えて発言したけど、うまく言葉にならない……

 しかし、彼女は前を向き俺の目をじっと見据えて言葉を続ける。

 

「……あの、キノが……私の事を好きみたいで……」

「そ、そうなのか……」


 マジかよお。キノが由宇の事を。ちょっとショックだけど、キノは気の良い兄貴って感じのキャラクターで、職業は僧侶だ。「俺に任せておけ!」みたいな熱血なところがあるかと思ったら、周囲への気配りも欠かさなくて、俺達のグループに無くてはならない存在になっている。

 といってもこれはあくまでゲームの中のお話で、現実世界リアルのキノがどういう奴なのか俺は知らない。由宇は知っているのかな? 

 まあ、キノがゲームと同じような感じの男だったら……え、でも、男の騎士であるゲームのユウを好き? ちょっと分からなくなってきた……

 

「キノとユウはリアルの知り合いなのかな?」

「……いえ……お互い会ったこともありませんが……先輩の顔は知っています……」

「ええ? 話が見えてこないけど、どういうことなの?」

「……ごめんなさい、先輩! わ、私……女だと思われるのを戸惑ってしまって、キノに先輩の写真を送っちゃったんです……そしたら……」

「お、俺の写真かあ」

「……う、うん……元々ゲーム内で彼女は『ユウ』のことが好きだったんですけど、先輩の写真を見たらますますヒートアップして……」

「なるほどなあ。しかし、俺の写真で盛り上がるとか……とても複雑な気持ちだ……」


 正直に言って俺はイケメンじゃないし、いいとこ行って普通程度だと思う。特徴のないのが特徴と言われるくらい平凡な顔をしているのだ俺は……

 背だってそんな高くないし、高校の時は陸上部でそれなりに鍛えていたけど、大学に入ってからスポーツは全くだしなあ。大学から社会人になってと時を経た俺の身体は、とてもじゃいけど引き締まってるとは言えない。


「……そ、そんなことないです! せ、先輩は……そ、その……」


 言い淀む由宇の顔がどんどん赤くなって行って、両手を頬に当ててうつむいてしまった。頭から湯気が出そうだとはまさに今の彼女にピッタリの表現だと思う。

 

「ま、まあ、それはいい。誤解を解けば問題ないんじゃないのかな?」

「……そ、それが……私じゃなくて友人だと言っても引いてくれなくて……じゃあ、ユウとその友人と一緒に会いたいって……」

「なるほどなあ。それで困ってここまで来たのかあ。ユウは自分のことがキノに分かってもいいのかな?」

「……う、うん……ちゃんと会って、私がユウだと分かってもらいたいです……」


 思いつめて俺のところに来るくらいなんだもの。彼女は相当切羽つまっていたはずだ。

 でも、ここに泊まりたいというのは別の理由があると思う。俺に申し訳ないと思って、直接会いに来て謝りたいというところは理解できるんだけど、それだったら昼間に突然訪ねて来るなりしたらいいだけの話なんだよなあ。

 あ、近くのファミレスで会おうとかが普通だと思うかもしれない。でも、それだと俺は確実に行かないからねえ。俺はゲームはゲーム、リアル現実世界リアル現実世界で分けたいたちだから、プライベートのことはゲーム内で一切話をしていなかった。

 俺みたいなプレイヤーは他にも多数いて、由宇だってそんなプレイヤーがリアルに干渉して欲しくないことは、分かっているはずだからね。だから、突然訪ねて来るというのは、俺に会うための唯一の手段だと言っても過言ではない。

 話は戻るけど……わざわざ宿泊する理由は、彼女自身きっと何か大きな問題を抱えているんだと思うんだ。乗りかかった船だし、彼女とお近づきになれるのなら……協力したい気持ちは大きい。

 だってえ、由宇は可愛いんだもん……俺は大学生になって以来ずっと彼女がいなかったし……

 俺はポンと手を叩き、沈む彼女へ微笑みかける。

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