第25話 虚数課②

「……それにしても、その封筒を渡せば良いんだよな? 確か後は何とかしてくれるって」

「ええ。これを窓口の人に渡せば、後は何とかしてくれる……。そう言っていたけれど、まさか警察にもツテがあるなんてね。ま、それくらいあって当然か」

「……君たち、子供だけでどうしたんだい?」


 案の定、窓口のお姉さんにそんなことを言われた。

 明里はそれを聞いて封筒を手渡す。


「捜査零課の如月課長にご用があって来ました」


 いつもの横暴に近い態度とは違い、礼儀正しい彼女を見て、俺は目を丸くしたというか、どちらかと言えば、失笑をこらえていた。いつもはそんな態度しないだろうに、何をおべっか使っているのか、なんて。


「如月課長……。ああ、はい、少々お待ちください」


 窓口のお姉さんはそう言うと内線電話を取りだした。大方内線で呼び出すのだろう。

 少し連絡をした後、窓口のお姉さんは俺たちに視線を送る。


「今、如月課長と連絡が取れました。少々お待ちください。直ぐにやってくると思いますわ」

「おう! お前たちが博人の妹とそのメンバーだな! 話には聞いているぜ」


 早っ! と思ったがそれよりもその図体を確認しておく必要があった。

 身長二メートルは超えているだろうその大男は筋骨隆々とした感じで、スーツもピチピチだった。まるでどこかのレスラーと言われてもおかしくないレベルだった。

 男は俺たちのきょとんとした表情に目を配ると、


「何だ何だ? いったいどうしたって言うんだ。まさか俺の見た目が想像と遙かに違ったか? 一応言っておくが、警察ってのは、体力仕事なんだぜ。もし入る人が居るならば覚えておきな」

「いや、そういうことよりも……あなたが虚数課の人間というのは本当ですか?」

「おう。紛れもなく虚数課……正確には捜査零課の課長、つまりトップということだ。七面倒くさいことを見事に押しつけられたことにより、普段は日陰者と言われても仕方が無いスキルばかり習得した連中が集まる、通称『才能の墓場』。今はその墓場を記憶操作系の犯罪に特化した部署にリニューアルするべく、全員躍起になっているけれどな」

「つまり、時間が余った窓際族が集まった場所だ、と」

「おう、皮肉の効いたことを言ってくれるじゃないの、嬢ちゃん。さすがはあの博人の妹、ってか? あいつの家族はどいつも変わり者ってことだろうな」

「それで……兄さんから話は聞いている?」

「おう。一応連絡は聞いているぞ。ちょっとその封筒、貰うぜ」


 受付のお姉さんから封筒を受け取る如月課長。

 そして封筒の中身を一瞥すると、それをポケットに仕舞い込んだ。


「よし、内容は『憶えた』。取りあえずは場所に向かうまでの間、話と行こうぜ。何、別に難しい話をしたいわけじゃない。これから協力していくんだ。少しはお互いのことを知っておかないといけないだろう?」

「……一理あるわね。それは、確かにその通り」


 さっきから明里はどこか上から目線だ。

 博人――明里のお兄さんの知り合いだからそういう態度がとれるのかもしれないけれど、仮にも相手は警察――国家権力の人間だぞ? 何か変なことを言ったらそのまま威力業務妨害で逮捕されかねない。……あ、でも少年院送りか? いずれにせよ前科はつくけれど。

 通路を歩いてエレベーターホールを抜ける。エレベーターホールからエレベーターに乗り込むのかと思いきや、到着した先は非常階段だった。


「……警察庁なのに、階段を使うの?」

「地下二階だからな。普段は使われない倉庫にしか接続されていないんだよ。非常階段から行った方が楽だから、虚数課の人間はみんなこの非常階段を使う。これ、うちの常識なんだよ」

「……そんなものなのね」


 非常階段を降りて地下二階に到着。場所は薄暗かったが、外を出て直ぐに電気のスイッチがあったらしく、直ぐに電気は点灯した。それでも若干の薄暗さにはまだ変わりなかったけれど、それでも前に進むことは出来る。


「ところで、君たちはどういう関係性なんだ?」

「記憶探偵同好会という同好会に所属していまして」


 漸く俺が口を開く場面がやってきた。とはいえ一文だけ。非常にシンプルな説明だったけれど。少し首を捻っていたけれど、直ぐに納得してくれた様子だった。


「記憶探偵同好会……ね。またけったいな同好会を作ったものだ。一応法の範囲内ではあるが、ルールは守ってくれよ? 流石にここの迷惑にはならないことだ。それだけは言っておく」

「胸に秘めておきます」


 流石に若者のうちに警察にお世話になりたくはない。……いや、正確にはいつになっても警察のお世話になんてなりたくない、というのが実情か。いずれにせよ普通に生活していればその問題は起きないけれど、たまに落とし穴があるから厄介だ。特に今の状況ではその落とし穴がまるで地雷原のごとく存在しているのだから、慎重に前に進まなければならないだろう。

 しばらく通路を進んでいると、鉄扉が姿を見せた。そこには『101号室』と書かれた古い札が掲げられており、それを見た明里は嫌悪感を示す。


「101号室って……1984年の、あれ?」

「おっ、詳しいねえ。……ここのメンバーに、異常な程本が好きなやつが居てな。そいつが掲げたものだよ」

「……嫌な性格しているわね」


 明里が何を言っているのかさっぱり分からなかったけれど、とにかく俺たちは前に進むしかない。

 そうして俺たちはその鉄扉を開けて、中へ入っていくのだった。


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