第17話 畏怖

 次の日。正確には放課後が始まって少しした時間だっただろうか。記憶探偵同好会のドアがノックされたので俺はどうぞと相槌を打った。別に鍵はかけていないし悪いことはしていないのだからノックなんてしなくても良いのだけれど。

 入ってきたのは、WWW部部長ともう一人おどおどした様子の少女――と言っても制服を着ているから同じ学生だな――だった。


「待たせてしまったようなら、申し訳ない。昨日伝えたことだが、」

「ああ。分かっているとも」


 明里は立ち上がり鞄からHCHを含めた機器を取り出す。


「……先ずは、自己紹介からしてもらっても良いかな?」


 おどおどした様子の少女は、それを聞いて肩を震わせる。……はっきり言って完全に警戒しているな。まあ、仕方ないといえば仕方ないよな。たとえ同級生とはいえ、はっきり言ってしまえばこの記憶探偵同好会は、ただの怪しい団体に過ぎない。ま、その組織と一緒くたにされても困るし、そもそも記憶探偵は明里だけで、俺と舞はただの取り巻き(というよりかは助手になるかな。実際助手になれるほどの行動をしているかはまた別として)になっているわけだけれど。


「……済まない。まさかこうなるとは思わなかったが。希未、きちんと挨拶しなさい。人見知りったって、一応同級生なんだ。同級生と仲良くしておくことは、高校生活をしていくうえでは重要だぞ?」

「それは知っているけれど……」

「記憶を改竄されたような機会はあるか?」

「え?」


 口を開いたのは明里だった。突然何を言い出すかと思えば、いきなり本題に入ってきたな。案の定といえば案の定ではあるけれど、はっきり言ってもう少し場を暖めてから発言するべきではないのだろうか。あまり気にしていない明里に対して、俺は戦々恐々としていた。

 明里の言葉を聞いて、しばらく希未は固まっていた。まあ、さっきの態度からしてそうなるのはなんとなく想像していたけれど。


「……希未ちゃん。気にしているのは分かるけれど、話してくれないと何も解決できないよ。今、明里ちゃん……いいや、ええと、なんて言えばいいかな。そうだね。ここでは『会長』と言えばいいかな。会長に従っておけば、あなたの不安も少しは解消できると思う。だから、教えてもらえないかな」


 こくり。

 舞の言葉が効果的だったのか。それはどうかははっきり言って分からなかったけれど、少しだけ希未が落ち着いたように見える。


「……ええと、夢を見るように、なったんです」

「夢?」


 それくらいだったら、誰だって起きることだ。

 正直そんなことを思っていた。しかしながら俺が考える以上に、その言葉は明里の推理に深く突き刺さるものがあった。


「……ふうん。成程ね。夢はもう一つの現実と言われている程だし、あなたのその言い方は間違っていないと思う。ただし、もう少し話を読めないと何とも言えないけれどね」

「夢は、もう一つの現実……? いったい何が言いたいの……?」

「私が言いたいのは、未だ未だある。さっきも言ったけれど、あなたが記憶を改竄された可能性がある、その機会は覚えていないということ? だとすれば、少し考えを改めないといけないのだけれど」

「……分からない」


 ここだけ見れば、詰んでいる。そうとしか思えない。けれど明里は記憶探偵だ。記憶を読み解くことのできる、探偵だ。だから明里には記憶を読み解いて、深層心理の内に広がっている謎を解決出来る、というわけだ。

 それが記憶探偵、沢宮明里の神髄といえるだろう。


「……もし、可能ならば、あなたの記憶を見せてもらうことは出来るかしら。それによって、あなたの記憶が改竄されたものなのかどうか、教えてあげることが出来る。あなたの不安も取り除くことが出来るかもしれない」

「……BMI端子に、何かを接続するんですか」

「勿論。そのためのBMI端子だからね」


 少しだけ丁寧に話をしているように見えるが、それは明里なりの気配りなのかもしれない。たぶん、だけれど。

 いずれにせよ、明里はあまり気にしていないようにも見えるし、普段の性格からして、そんな気遣いをしないようにも見えるのだけれど、それは彼女にとってあまり考えていないことなのかもしれない。ま、どこかのタイミングで話を聞くことになるかもしれないけれど。それはそれ、これはこれ、だ。

 それにしても、BMI端子の話をすると、途端にテンションが下がったように見える。もしかして何か隠し事でもあるんじゃないか、なんて思うのだけれど、それは外野の俺が何か決めつける、ということではない。さっさと話をつけてしまうに超したことはない。記憶探偵に面倒事は押しつけて、代わりに事務仕事は俺たちがこなす。それくらいのバランスが案外丁度良いのだ。そうそう、それくらいで良いのだよという脳内雑談を繰り広げるくらいには適当な塩梅になっていた。俺は相当明里に任せっきりになっていたのかもしれないし、それ以外に何が出来るのかということに繋がるわけだけれど。


「BMI端子にものを接続されたくない気持ちも分かるし、何かが入る気分を味わいたくないのも分かる。けれど、今の技術ではBMI端子を通して脳内を見るということが一番簡単で単純な方法だし、それでいてリーズナブル。BMI端子にヘッドマウント型の装置を接続することであなたの脳内を眺めることが出来るというわけ。それも第三者に。非常に簡単なこととは思わない? 技術の進歩とは、こういうことを言うのよね。まあ、あまり気にしたことのない人から見れば、知ったことではないと言い切ってしまうのだろうけれど」

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