第12話 直面

「……あら、どうしてかしら。何かあった?」

「何かあった、というより見ていていたたまれないよ。はっきり言ってしまえば。お前には記憶探偵として真実を突き詰めたい……いや、突き詰めるべきだと思っているのかもしれないが、それは大きな間違いじゃないのか?」

「間違い、ですって?」


 どうやら俺のその言葉が明里の機嫌を損ねるには十分過ぎたらしい。明里の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが見て取れた。明里に言ったその言葉は、間違いだったのだろうか。口は災いの元とは言うが、確かに今災いを生み出そうとしている。けれど、それは俺にとっては間違いでは無いと思っている。明里の追及を受けてどんどん表情が暗くなる岬先輩を見て何もしないなんて出来るわけがなかった。

 明里はずっと頬を膨らませていたが、これ以上沈黙を保つことが出来なかったのだろう。堰を切って、話を始めた。


「……一応言っておくけれど、私は依頼人を責めるつもりはないわよ? あくまでも私は真実を述べているだけに過ぎない。たとえその真実がどれ程残酷なものであろうとも……記憶は記憶。本来ならば掘り返したくない結論に至るかもしれないけれどね」

「だがな、明里」

「いいんです」


 俺がさらに追撃をしようとしたところを、岬先輩が制した。

 岬先輩は泣きそうな表情になっていた――もしかしたらもう少し泣いていたのかもしれない。にも関わらず、岬先輩はそこで言葉を制した。助けようとしていた、俺の言葉を制したのだ。


「……思い出しました。思い出しましたよ。あなたの言ってくれたことで。……確かに、私の飼っていたニーアは死んでいました。そして、私はそれから逃げ続けていたんです。ずっと泣いていて、ずっと悲しくて……。そしていつしか私はその記憶を閉じ込めていたんです」

「辛いことに関して記憶を封印することは、よくある話よ。それは誰にだってある。別に恥ずべきことではない」


 明里の言葉はどこか優しく聞こえた。

 明里はずっと叱責しているような感じだったから、ずっと怒っているのではないか――なんて思っていたが、普通に考えればほんとうに淡々と事実を述べているだけに過ぎなかったのだ。


「……ニーア、ごめんね……。ずっと、忘れていて……」

「生きとし生けるものには必ず死というのは逃れられない運命。だから仕方がないことなのだけれど……でも悲しむのも仕方ないこと。それほどに、あなたはそのニーアという犬を愛していたのだから」


 良いことも言うじゃないか、と思ったが茶々を入れられるような雰囲気ではなかったので言わないでおいた。



 ◇◇◇



 あの後。

 岬先輩は瞼を腫らす程泣いていた。犬の死に向き合ったことについて、感情が爆発したのかもしれない。もし仮にこの状況で誰か入ってきたら俺たちが岬先輩を泣かせたんじゃないかなんて疑惑をかけられるかもしれない、なんてことを考えていたがそんなことは杞憂だった。

 岬先輩はすっと立ち上がると、財布を取り出した。


「ごめんなさい。お金は受け取らないつもりなの」

「……あら、そうなんですか」


 明里の言葉に驚いたような表情を示す岬先輩。そしてそれは俺も同じだった。確か学生どうしの金銭のやりとりは規約で禁止されている。だからそれを貫くためのことなのだろうけれど、まさかほんとうに守り抜くとは思っていなかったからだ。

 岬先輩は少し考えていたが、手をぽんと叩くと、財布から一枚の紙切れを取り出した。


「……これは?」

「お金はだめなんですよね? だったら、これはどうかしら」


 明里はその紙切れを受け取る。俺はその明里が持っている紙を見つめていた。

 それはクーポンだった。近所に出来た食べ放題専門店の割引券のように見える。


「貰ったはいいものの使う機会がなかなか無くて……、ほら、一人で食べ放題って少し抵抗があるでしょう? それなら五人までならつかえるから、皆さんでどうかな……って」

「明里。確かにそれなら金銭じゃなさそうだが、どうだ? 依頼人に免じてそれで受け取ってやったらどうだ?」


 俺の助言を聞いて明里は笑みを浮かべる。


「……そうね。それじゃ、これで。有難く受け取ることにするわ」

「良かった。それでは、私は失礼しますね。ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました!」


 ぺこりと一礼をすると、岬先輩は部室を後にするのだった。

 扉を閉めたのを見て、俺はどっと疲れが出た。初めての記憶探偵同好会としての活動に疲れが出たのかもしれない。俺は椅子に腰掛け、明里を見る。

 明里は初めての依頼が上手くいったことが表情から隠しきれておらず、まだ笑みを浮かべている。

 そして舞はどうすれば良いか明里をじっと見ていたが――俺が見ていることに気付いて、視線を俺に移した。


「……取敢えず、座りなよ」


 俺は舞に座るよう促す。

 舞はそれを聞いて椅子に腰掛ける。

 そして、明里はその言葉を聞いて漸く舞のことを思い出したようだった。


「そうだった! あなた、新しく入ったのよね。さっきは色々あったから名前しか聞いていないけれど、色々とあなたのことを教えてくれないかしら」


 その後は、明里と舞の面接――正確には明里による一方的な問答が始まるのだった。



 ――こうして、記憶探偵同好会の初めての依頼は大成功に終わるのだった。



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