第8話 最初の依頼人
「よくぞ聞いてくれました! 実は連れてきたのよ、依頼人を」
「依頼人?」
「だから言ったじゃない。記憶探偵同好会として活動していく。ならばその目的は? 簡単なことでしょう。記憶に秘められた謎を解く。探偵としてね。見過ごせないでしょ?」
「確かにそれはそうかもしれないが……」
「あ、あの……ほんとうに分かるんですか? 私の、知りたいことが」
明里の背後にはおどおどした様子の女子学生が立っていた。少し膝を曲げているが、それでも身長は明里より少し小さいくらい。ツインテールのおさげをして、丸い眼鏡をかけた女子学生は年下のようにも見える。
「ええ。安心して。ここは記憶探偵同好会よ。記憶に関する謎なら何でもござれ! まあ、記憶探偵は私で、あとの二人はただの助手よ。ワトソンくん的立ち位置と思って貰って良いわ」
「……ワトソン博士が二人も居るんですか? まあ、いいです。取敢えず依頼なんですが、」
「ああ。取敢えず座って! ……何をしているのよ、いいからさっさと席を用意しなさい。ワトソン」
俺の方を見てそう言ったが、まさかワトソンって俺のことか。
「あんた以外に誰がいるのよ。本名で呼んでも良いけど、ワトソンの方が呼びやすいわよ」
「はあ……。分かったよ、分かりましたよ。椅子を二脚用意すれば良いですね?」
「分かれば結構」
ここは元々倉庫になっていたからか、パイプ椅子が大量に保管されている。
だから二脚くらいどうってことはない。
依頼人と明里がテーブルを間にして向かい合うように腰掛けたタイミングで、舞が二人にペットボトルのお茶を差し出した。
「お湯を沸かせないので、ペットボトルのお茶で申し訳ないですけれどね」
そう一言付け足して、彼女はそそくさと自席に戻る。
「ありがとうね、ええと」
「舞です。登坂舞」
「舞、ね。覚えたわ」
そんなやりとりはそれとして。
「……それじゃ、改めて話を聞かせて貰える?」
「はい」
そうして彼女は、自らのことについて話し始めた。
彼女の名前は岬恵里。二年生といっていた。ということは先輩になる。まさかこんな早く先輩に出会うとは思いもしなかったが、それはそれで良いイベントだということにしておこう。
彼女は中学生までペットの犬を飼っていたらしい。だが、いつしか何処かに居なくなってしまったのだとか。両親に話をしても聞いてくれないし、どうして自分が居なくなってしまったときのエピソードを覚えていないのかも理解できないのだという。
記憶を操作する技術は既に開発されている。とはいえそれは有線で出来るだけに過ぎないと言われていたはずだ。そうならばBMI端子が存在しない彼女に記憶操作を行うことは不可能である。だから、それは考えられない――彼女はそう言っていた。
彼女の望みは、何故ペットが居なくなってしまったのか。そのときの『記憶』を探りたい、ということだ。一年以上悩んでいたが、記憶探偵の存在を知って居ても立ってもいられなくなったらしい。
「……成程ね。それなら簡単なことよ。記憶の鍵を解き放てば良い」
「記憶の……鍵?」
「そう。記憶の鍵とは結構解くのに難しいのよ。だから簡単にはできない。機械とか、使う必要があるの。でも安心して。既に持ってきているから」
明里は立ち上がると、いつの間にか部室に置かれていた黒い鞄をテーブルの上に置いた。
チャックを開けると、そこにはノートパソコンが入っていた。ノートパソコンの持ち込みって、学生規約で問題ないんだったっけ?
「あんた、そんな細かいこと気にしていたらやってられないわよ?」
ノートパソコンをテーブルに置き、さらに何かを取り出した。それはヘッドセットのようなものだった。二本のコードが伸びており、USB端子とACアダプタがそれぞれ接続されている。ACアダプタはコンセントに差して、USB端子はノートパソコンに接続し、ノートパソコンの電源を入れる。
しばらくするとノートパソコンが起動し、デスクトップに置かれているショートカットをクリックする。すると、ウインドウが表示され、そこには小さく『NO DATA』と書かれている。それと同時にヘッドセットにある一筋のLEDが青く点灯した。どうやらアプリケーションを起動することで、このヘッドセットも起動するらしい。……にしても、これはいったい何だ?
「あ、これを装着してちょうだい」
ヘッドセットを岬先輩に手渡す明里。いきなりそんなことを言いだして装着するわけがないと思うのだけれど、それは気にしていないのか。
「あの……これは?」
そして、案の定岬先輩はそのヘッドセットについて質問をする。
ヘッドセットを一瞥した明里は、わかりきったような表情をして、
「それはHCH。簡単に言えばヘッドセットから微弱な電流を送って、それによって外部から記憶領域を確認することが出来るシステムのことね。あ、一応言っておくけれど、確認するだけで干渉は出来ない。そこは教えておかないとね」
そんなシステム、聞いたことも無いぞ。
「まあ開発されたばかりのシステムだからね。これくらいないと記憶探偵なんて名乗れないわよ」
「……分かりました。着けます」
岬先輩は幾つかの疑問を残していたようだが(なぜそう言えるかというと、表情があまりすっきりしていなかったからだ)、取敢えず明里に身を委ねることにしたらしい。HCHと呼ばれるヘッドセットを頭につける。
するとパソコンに表示されていたウインドウに変化が現れ、『認識中です』と記載された簡易的なポップアップウインドウが表示される。
「はい。それじゃ始めるわよ。先ずは目を瞑って大きく深呼吸して、身体を落ち着かせて」
思ったが明里はずっとこの先輩に対して敬語を使っていない。
まあ、今は些細なことかもしれないし、ここで突っ込みを入れるのも野暮だ。
そこに関しては、取敢えず今の状態においては何も言わないことにしておこう。
明里に指示された通り、岬先輩は目を瞑りゆっくりと深呼吸をする。
すると、今まで真っ暗だったウインドウがゆっくりと色を見せ始めていった。
「うん。問題無さそうね。取敢えずそのまま落ち着いた様子でいてね。今から私たちがあなたの記憶領域を確認して、鍵がかかっている場所を探すから」
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