第30話 街は踊り、人は騒ぐ─1

「うわ~……凄い賑わいね」

 目の前の光景に圧倒され、思わず声を漏らしてしまう。

 今日は遂に、ルソーさんの店の閉店日。それを受けて商店街では、商店街全体による催し物が行われていた。


 具体的に言えば、店の一部商品を割引したり、ルソーさんに関連した商品を作っていたり……それルソーさんから見てどうなの? と聞きたくなるよう店も多い。

 まぁとりあえずお客さんは沢山来てるのだし、とりあえずの目標は達成された、という事で良いのだろうか。



「にしても、この商店街に人がこんなにいるなんて……」

「驚いたかい?」

 私の隣を歩くネロの言葉に、うんうんと頷く。

「まぁいつもは少し閑散としてるからね。でも周りには住宅も多いし、この先をずーっと進めば、大きな国道にも出る。決して人がいないわけでは無いんだよ」



 歩きながら説明するネロ。でも私は、正直その半分を聞き流していた。

 今日この日が、ルソーさんにとっての最後の開店日。この日が終わって明日になれば、ルソーさんの店は無くなってしまう。


 自分で選択したこととはいえ、それで本当に良かったのだろうか? もっと正しい選択はあったのでは無いのか? ルソーさんの子どもの話を聞いてから、ずっとそんな風に思っていた。

 だって──ルソーさんには、もう家族と呼べる人すらいないのに。



「……い……舞……」

「え? 何?」

「あぁやっと反応した。なんだい、急に難しい顔なんかしちゃって」

「う、うん…ちょっとね……」

「体調が優れないのか? なんなら……」

「そういうのじゃ無いから! 大丈夫だから!」


 訝しげな顔をするネロに、無理矢理笑顔を作って返事をする。

 今日のために、ネロは振興会の人達とも一緒に企画を立てて、必死に努力していた。

 ここで私が彼を困らせるのは、さすがにはばかれる。耐えるのは慣れてるのだから、変に心配させないようにしなければ。




「それで? まずこれからどうするの?」

「とりあえずルソーさんの所に顔を出そう。その後は商店街を好きに回っていい。ただ、お昼頃に僕は一旦噴水時計塔へ行く約束をしてるから、その時は別行動だ」

 噴水時計塔というのは、商店街の中心に設置されたモニュメントの事だ。時計塔から十字になるように、商店街の道は重なっている。


「約束? 誰と? 何しに?」

「それは秘密。知りたかったら、夕方頃にルソーさんの所を訪れると良いよ」

 ネロはそれ以上何も言わなかった。相変わらず変なところで、謎の多い奴だと思う。


 謎といえば……私はネロの家族の事を知らない。親は生きているのか、きょうだいはいるのか、ひょっとすると子どももいるのでは? なんて、考えると止まらなくなる。

 そもそもネロは一体いくつだ? 20代にしては言葉に重みがある気がするし、かといってお年寄りもピンとこない。というよりネロみたいな獣人って、一体いくつまで生きるんだろう。ルソーさんとかは長生きしてそうだけど。


 まぁ難しいことは考えても仕方ないか。この先しばらく一緒にいるんだし。寛大な気持ちで受け止めておきましょう。


 そう思ってネロに暖かい目を向けていたら、「どうしたニヤニヤして。気持ち悪い」と言われた。


 その瞬間ネロの膝にローキックをかました事で醜い小競り合いが勃発したんだけど、詳しい事はパスするね。






「あぁいらっしゃいネロちゃん、舞ちゃん。よく来てくれたわねぇ」

 店の裏口からノックをすると、すぐにルソーさんが出てきた。ルソーさんはしばらくニコニコして私達を見ていたが、すぐに奇妙な視線を向ける。


「二人とも……走ってきたの? ゼェゼェ言ってるけど」

「いや、走ってきた訳では……」

「……無いんだけどね……」

「そうなの? なら良いけど……」

「あぁ……それよりどうだ? とうとうこの日を向かえたが」


 幾分か息の整ったネロが、ルソーさんに尋ねる。かなり直球で少しひやひやしてしまった。

「そうねぇ……結構あっという間だったわね。今日で終わりなのかと思うと、やっぱり寂しいわ」

 

 ルソーさんの言葉に、私は言葉に詰まる。

 やはりルソーさんも、店を閉じるのは辛いんだ。何十年も、ルソーさんの生活の一部だった店を閉じるのは……


 ……あれ?

 そこまで考えて、私はまたしても違和感に襲われる。

 そういえば……そもそもルソーさんが店を閉じようとした切っ掛けって何だっけ?

 確か体調不良で入院して……それで、体力の限界とか考慮して店を閉じるんだっけ?


 あれ? でもやっぱりおかしい。

 だってルソーさんの店は──



 そこまで考えた瞬間、私の中で一つの推理が出来上がった。いや、ひょっとすると推理と呼ぶほどのものでも無いかもしれないけど……でも、仮説とは呼べそうなものだ。


「にしても、もう店の前に大勢の人がいるなぁ。これから挨拶するんだろ? 大丈夫か?」

 そんなネロの言葉で、私の意識は現実に引き戻される。


「大丈夫よ。大勢の人に向けて挨拶なんて、これが初めてって訳でも無いんだし」

「そうか、なら良いが……あぁそうそう忘れてた。これ」

 そう言ってネロはルソーさんに、携えていた紙袋を渡す。


「昨日舞と一緒に作ってみたんだ。自分としては中々の出来映えだと思ってる。良かったら食べてみてくれ」

 差し出した紙袋の中には、昨日ネロと一緒に焼いたクッキーが入っている。私の提案で、フレーバーティーのお茶っ葉を入れてみたクッキーだ。


「まぁまぁ丁寧にありがとう。大事に食べるわね。ところで、これからどうするの?」

「しばらくは二人で商店街をぶらつくよ。その後僕は用事があるから、そこからは別行動だ」

「そうなのね。あ、じゃあさ、舞ちゃんお昼からお店を手伝ってくれる?」

「お店を? でも、私床屋の仕事なんてしたことありませんよ?」

 そもそもバイト自体やったことが無いけど。




「髪を切るのは私がするわ。その周りのサポートをしてほしいの。引き受けてくれる?」

「ルソーさんにそう言われたら……分かりました、お手伝いします!」

「ふふっ……ありがとうね」



 これで私のお昼からの予定は埋まった。

 さっき思い付いた事は……その時に聞いてみようか。

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