第6話 狼男の探偵事務所─2

「──なんてね、じゃないわよぉぉぉぉッ!!」


 私は叫びながら、ネロの胸ぐらを掴んでおもいっきり揺すった。

「どうなっての!? どうなってんのよこの世界は!? 人らしい人が殆どいないじゃない!! なんで皆アンタみたいな変な姿しているのよ!? ハロウィンにはまだ早いでしょーが!!」

「ちょ……ちょっとタンマ!! 揺するな!! 酔うから揺するな!! ってばばばばばば」


 そのネロの言葉を聞いた私は、思わずパッと手を離した。いきなり支えを失ったネロは尻餅をつく。「ぐぎゅ!!」という呻き声が聴こえたけど、気にしないでおこう。

 しばらくゼーゼー言っていたネロは、息を整えてこう話す。



「えっとね……この辺りは人間の数の方が少ないんだよ。国の中心部やエタトスの方へ行けば、人間の数が多くなるんだけど。知らないの?」

 私が首を横に振ったのを見て、ネロは口元に手を置いた。

「ふむ……商店街のことはともかく、エルフやオーク、僕らみたいな獣人にも驚いた上に、君の見慣れない服装や持ち物から考えると……」


 その時私は、自分がようやく私用のジャージを着こんでコンビニに弁当を買いに行っていた事を思い出した。

「そういえば、君みたいな服装の絵を見たことがある……確かあれは……」

 私には目も暮れず、何やらブツブツとネロは呟いている。端から見ればイッチャッテるヤバい奴だ。


 そんなにネロの呟きがふと途切れ、私に視線を向ける。

「な……なに?」

「君……君が意識を失うまでいた店って、この場所にあった?」

「……違う、と思う。こんな賑わって無かったし、道路もアスファルトだったから」

「なるほど……」


 ネロは何か納得したような顔をしているが、私には少しも理解できない。困惑してる私に、ネロはこう言った。

「ひょっとしたら……君は?」






「……へ?」

 思わぬ単語に、私はポカンと口を開けた。

 異世界? 今こいつ異世界って言ったか? 異世界ってあれだよね、エルフとかオークとかがいて、ラノベやゲームによく使われる、作品によっては何でもありの便利な世界──って、今私がいる状況がまさにそれじゃない。


「少し前に、異世界と呼ばれる所へ転生する主人公の小説を読んだことがある。荒唐無稽で馬鹿馬鹿しかったけど、異世界に転生するというアイディアは面白いと思った。ひょっとしたら、君もその類いなんじゃないかと思ってね」

「転生……私が? いやいや、私まだ死んでないし。それに転生ってあれでしょ? 赤ん坊の頃から始まるんでしょ? 知らないけど」

 それに転生って……と続けて言おうとしたが、ネロの真剣な目に圧倒されて、私は黙りこんだ。


「僕も信じられないよ。でも、今はそう考える事しか出来ないんだ。初めは記憶喪失かと思ったけど、にしては君の記憶はハッキリしているしね。それに僕らを見た君の反応も、演技とは思えなかった……でも、君が『こことは違うどこか』から来たと仮定したら、色々辻褄が合うんだよ」

 あんまりネロが力強く言うもんだから、私も「そうなのか」と思ってしまう。しかし、やはりまだ理解が追いつかない。

 本当に──私は異世界転生ってやつをしてしまったのか? だとすれば私は死んだってことだ。死んだのか? 私は本当に死んでしまったのか?



 私の頭がボーッとする。たぶんそれは、照りつける太陽のせいだけでは無いだろう。

「……ともかくもう一度事務所に入ろう。もう少しじっくり話をして──」

 ネロがそう言った瞬間だった。




「おい探偵!! 暇か!? なら手伝え!!」

 そんな声が、私の背後から聴こえてきた。


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