第20話 運動会と応援合戦と伝説と

 白い鉢巻を巻き、体操服のシャツの裾をハーフパンツから出します。

 九重先生は学ランを着て下さいと言っていたけれど、どうやら用意が出来なかったみたいでこの前凹んでいました。

 一年生ですが応援団長ですので、ちょっとだけ皆とは違うラフな感じにして応援団長という貫禄をどうにか見せたいと思います!

 赤組の応援団長は六年生の男の子だったから、舐められないようにしないとね。


「さぁ皆! 準備はいいですか?」


 入場門前で待機している全生徒の半分を目の前に私は声を上げます。

 皆に一声掛けて上げてくださいと言われて九重先生に肩車されているから、威厳もあったもんじゃないけどね。

 九重先生が肩車する時、物凄く嬉しそうに目をキラキラ輝かせていたけれど、気にしないでおきました。

 肩車の上から見渡す白組の皆の顔は、やる気に満ちていてとても気合が入っていることがよく分かります。

 というか目がギラギラしている。ちょっと怖いよ?


 因みに、こうなっているのには理由があります。

 そう、あれは応援合戦の練習が始まって数日経った頃の話――。


「おいおい、白組の団長はかわいい女の子じゃんかよ!」

「本当だー! 可愛いー!」

「あんなのが団長なんて、俺達の勝ちは決まったもんじゃん」


 あの日、白組が運動場で練習をしていると、遠くで練習をしていた赤組が近付いてきてこんな言葉を投げかけてきたのです。

 紅組男子からは私が団長であることに対する煽りを。

 紅組女子からは私に対する黄色い声援を。

 残念ながら赤組の女の子たちからも白い目で見られていることに気が付かない男の子たちの言葉に、白組の六年生たちも反論していました。


「お前らの団長より頼りになるんだぞ!」

「千佳ちゃんの悪口言ったの誰よ!」

「可愛いは正義!」

「いてこますぞー!」


 はい、ちょっと待って。ストップ。

 ……湖月ちゃん、何の考えも無しに相手を攻撃するのはやめようね?

 ん? いてこますぞってテレビで言ってたって?

 ちゃちゃいれなんちゃらっていう番組ね、東京で観れるのあれ?


 こほん。ともあれ湖月ちゃんママがよく関西地方の番組を見てるのは知ってるけど、その言葉は普通に喧嘩売っちゃうから使わないようにね?

 はい、どうどう。


 湖月ちゃんを宥めている内に騒ぎを聞きつけた先生たちが来て、その場は収まりました。

 私は湖月ちゃんの教育に集中していた為騒ぎがどう鎮火したのか知らないんだけど、その日からより練習に力が入り、目がギラギラとし始めたのが記憶に残っています。

 私の掛け声に対していつもの二倍は大きな声で返事をされてびっくりしたものです。

 私も雰囲気に当てられて精神年齢甲斐もなく、より大きな声を出して練習に励んじゃったよ。

 その日は声がガラガラになったけどね。


 ――そんなこんながありまして、赤組には絶対負けたくないと皆が心を一つにしているのです。

 紅組男子が私に言ってた言葉は気にしなくていからね? とは言ったのですが、誰も聞く耳を持ってはくれませんでした。

 ……あれ? 私、団長なんだよね? 話聞いてよ?


「これまで練習してきた力を、赤組に見せてやろうね!」

「おー!」

「千佳ちゃんに続けー!」

「頑張れ団長ー!」


 待てお前ら、まだそんなに大声出さなくていいぞ。

 本番まで取っておいてください。お願いだから。


「それでは只今より、午後の部を始めます。プログラム九番、全校生徒による応援合戦です。選手入場」


 勢いよく掛かりだした音楽に合わせて私を先頭に入場します。

 あ、九重先生には降ろしてもらいました。もう皆に一声掛けたからね。

 バラバラと入場してくる赤組に比べ、まるで軍隊のような綺麗な隊列の白組。

 いや、逆に怖いよ!? 何これ!? 練習の時こんなんだっけ!?


「それでは赤組からスタートです」

「いくぞ皆ー!」

「おー!」


 応援合戦のルールは簡単です。

 頑張れ○組ー! と団長が言った後に全員でおー! と叫ぶ。

 それをデシベル計を持った先生が測定して、より大きな値を出した方が勝ちというルールになります。

 チャンスは二回だけ、どれだけ皆の心を一つに出来るが勝利の鍵ですよ!


「それでは白組お願いします」


 赤組の応援が終わり、私たち白組の番がやってきました。

 むむっ! 気分が高揚してきた!


「皆さん。私たちは何日も練習を重ねてきました。あの練習の日々を思い出して、全力でいきましょう! 頑張れ! 白組!」

「おぉぉぉー!!!!!」


 耳が壊れるんじゃないかと思うほどの轟音。

 肌をビリつかせるような皆の、数百人の掛け声が一つになって運動場を超え、空へと吸い込まれていきます。

 私は一人勝利を確信し、ニヒルにニヤリと笑いました。

 決まった。私たち白組の勝利だ!


「――せーの!」


 ……あれ? これは私の声ではありません。

 聞き覚えのあるこの声は……確か私が団長に決まる原因を作った六年生の女の子の声だった気がします。

 あの日と同じように嫌な感じを捉え、冷や汗が額を垂れていきました。


「俺たちの」

「私たちの」

「団長を」

「千佳ちゃんを」

「馬鹿にするなー!!」


 ――この年の白組の記録は来年から十年以上経っても抜かれることの無い、永遠に語られることになる学校の伝説、その一つとなりました。

 その伝説と共に、この小学校では毎年の応援団長を女の子にすることになったそうです。

 その制度を作った先生の言葉をここに記しておきます。


『女の子の為なら、皆は心を一つに出来るんですよ!』


 数年後、このことを知った伝説と呼ばれた女性が当時の担任である女性教師に文句を言いに来たとか来なかったとか。

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