第17話 飛んでいく髭、可愛いは正義

「お姉ちゃん、あそぼ?」


 開幕おねだりである。

 今日も今日とて学校で運動会の練習を終えた私は、リビングでテレビを見ながら麦茶を飲んでいました。

 数日前に任命された団長という役目もあり、皆の前で立って第一声を叫んだりするので少しお疲れ気味です。


 そしてそこに現れた、いや顕現した我らが妹メグちゃん。

 その手に抱えられている箱には大きな樽と黒い髭を着けた海賊さんが吹っ飛ばされている写真が載っており、どうやら今日はこれで遊びたいようです。

 いいでしょう! メグちゃんの為ならお姉ちゃん疲れなんて吹き飛ばしちゃう!


 あ。因みに我が家にはこういった卓上ゲームが多く置いてあり、休日には花ちゃんの家族も入って、皆でよく遊んでいます。

 私たちが楽しく遊んでいるのを見て、どちらの家族とも父親が意気揚々と新しいゲームを買ってくる為、現在では押入れがパンパンになっていたり。

 お母さんは少し怒っていたけど、私たちの笑顔を見て引っ込めてくれているので大丈夫でしょう。

 ……お父さん、感謝してね? でも毎週買って来るのはもうそう?


「いいよ。それやるの?」

「うん!」

「それじゃあ箱をテーブルに置いて、準備しよっか?」

「わかった!」


 タッタと軽やかにテーブルへと走ってきたメグちゃんは、置いた箱からせっせと樽を取り出しました。

 私はメグちゃんが樽に髭の海賊さんを設置している間に、樽に突き刺す剣を取り出しては取りやすいように並べておきます。

 今思うと結構グロテスクな光景だよね、人のいる樽に剣を刺していくなんて。

 まぁそれで空を飛べるんだから、髭の海賊さんも本望なのかも。いや違うか。


「よし、準備完了!」

「かんりょー!」

「メグちゃん、どっちからやる?」

「じゃあお姉ちゃんからで!」

「了解!」


 さて、確かこのゲームは髭の海賊さんを回しときに当たりの穴が決まるはず。

 とは言っても私はコツも何も知らないし、メグちゃんと一緒にやる時にそんな余計なことは考えなくていいのです。

 子供心で楽しみましょう。とりあえず最初は適当に一本!


「……セーフだね。じゃあメグちゃんの番だよ」

「うーんと、ここだ!」

「お、メグちゃんもセーフだね。なかなかやるね!」

「えへへ」

「ふふふ、そうだね。じゃあ次は私……ここ!」

「お姉ちゃんもなかなか!」


 お互いにドヤ顔で褒め合う私たち。

 家事の合間なのかお母さんが椅子に座って、にっこり笑顔で私たちを眺めています。


「でしょ? なんたってメグちゃんのお姉ちゃんだからね!」

「次は、こっち!」

「じゃあ私はここで!」

「うみゅー、ここだ!」


 うみゅーって可愛いなもうっ!

 撫でて抱き締めたくなる衝動に耐えながら、次の剣を拾います。


「うーん、そろそろ危なくなってきたなぁ。ここは大丈夫かな?」

「おー! お姉ちゃんすごい!」

「えっへん! プロですから!」


 なんのプロかは知らないけど。


「さぁメグちゃん次どうぞ!」

「うん! えーっと、じゃあここなら、うわっ!?」


 メグちゃんの刺した剣の痛みに思わず空を飛ぶ髭の海賊さん。

 あぁ、遂に役目を果たしてしまわれたのですね。

 心なしか髭の海賊さんの表情が晴れやかに見えますが、気のせい気のせい。

 ……刺されて飛ばされて晴れやかって、変態さんじゃないか。


「負けちゃったー」

「残念だったね。もう一回やる?」

「うん!」


 すまないね髭の海賊さん。まだ私の天使が遊び足りていないので。

 ……もう一度犠牲になってくれ。

 心なしか悲しい表情の髭の海賊さんをメグちゃんに渡し、もう一度樽にセットしてもらう。


「じゃあ次はメグちゃんにやってね」

「うん! ここだ!」


 それから勝ったり負けたりと繰り返し、勝負は三勝三敗へと縺れ込みました。

 もうすぐ晩御飯の時間になってしまうのでこれが最終ゲームになります。

 天使が床から運んできた髭の海賊を樽に突き刺し、私はこの伝説の剣を手に取りましょう。

 いや、プラスチックだけど。


「それじゃあ、いくよ?」

「うん! 頑張ってお姉ちゃん!」


 ゴクリと喉を鳴らし、慎重に狙いを見定める。

 なぁに、まだ一本目。

 こんな序盤に当たる確立はとても低い。

 穴は十個以上あるのですから、流石にこんな早い段階に当てる人なんているわけ。

 それに、メグちゃんとのこの楽しい戦いをまだ終わらせるわけにはいかないからね!

 さぁ私の剣よ、今こそ私に力を!


「ここッ!」

「……あ」

「あ」


 無残にも空を飛んでいく髭の海賊さん。

 やめて髭の海賊さん、そんな目で私を見ないで。

 跳んでいく海賊さんの『何フラグ立ててるんだよ』という顔を呆然と二人で眺めた後、メグちゃんと目を合わせるとどちらからともなく笑い始めた。


「お姉ちゃん、面白い!」

「あはは、まさか一発目でやっちゃうとは。ごめんねメグちゃん」

「すごかった! さすがお姉ちゃん!」


 今日学んだことは心の中で呟いた言葉でもフラグは立つ、ということでした。

 まぁ何はともあれ、メグちゃんが笑ってくれてるから良かった!

 さぁもうすぐ運動会だし、天使に癒されたこの身体で明日も練習頑張るぞ! オー!

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