第10話 花ちゃんは舌足らず可愛い

「ねえねー!」


 休日の朝。

 メグちゃんはまだ寝ているので、私はお母さんとお父さんと一緒にテレビを見ていました。

 朝のヒーローたちはとっくに出番を終え、バラエティー番組の中でやっている海外の観光地を紹介するコーナーをぼんやりと見ています。

 そんな中、窓越しに庭から花ちゃんの声が聴こえてきたので、私は立ち上がって掃き出し窓を開きます。


「どうしたの花ちゃん?」


 庭の向こうにある花ちゃんの家から花ちゃんが全速力で走ってくるのが見えたので、窓の外に置いてあるスリッパを履いて外に出ます。


 ――私の家と花ちゃんの家はすごく仲が良く、平日はいつも一緒に昼食を取るほどなので家族を通して兄弟姉妹のような関係です。

 そんな中、一回一回玄関から出て移動するのが面倒になった花ちゃんパパは、私のお父さんに相談して家の間にある柵を撤去することにしました。

 そのお陰で家の庭二つ分という大きな庭になり、花ちゃんも一人で私の家に来れるようになっています――


 まぁ、今は庭の向こうにニコニコした花ちゃんの両親がこちらを見ているのですが。


「あのねー、あららしくおもちゃかってもあったのー!」

「へぇ、よかったね。どんなおもちゃなの?」

「こえー!」


 これー! と言って差し出してきたのは、最近日曜の朝に放送しているアニメ『魔法少女ティアラ』のステッキ。

 かくいう私もメグちゃんと共に毎週見ています。

 ……今日はメグちゃんが二度寝して起きなかったけどね。


「まほーしょーじょいああー!」

「すごいね! まるで花ちゃんも魔法少女みたいだよ!」

「でしょー」


 ドヤ顔の花ちゃん、スーパー可愛い撫でたい抱き締めたい。

 私から離れた花ちゃんは、ステッキを掲げてポーズを取りました。

 お、これは変身シーンを再現かな?

 くっ、カメラを、お父さんカメラ!

 ……と思ったら向こうから花ちゃんパパがビデオカメラを回しているのを確認しました。

 花ちゃんパパのサムズアップに、私もサムズアップで返します。

 あ、やめろ、こっちを録るんじゃない。

 私はいいから花ちゃんを映すのだ!


「へんちん!」


 花ちゃんは変身の叫びと共にステッキを持った手を振り、その場で一回転。

 それはまるでフィギュアスケートのようにワンピースをはためかせて回りました。

 素晴らしい! ブラボー! 生まれてくれてグラシアス。


「ないてうひとお、すくーため!」


 頑張れ花ちゃん!

 お姉ちゃんが見てるよ!


「せかいのへーわをまもるためー!」


 天使! 天使だよ花ちゃん!

 私も守ってほしい!


「まほーしょーじょいああ、さんじょー!」


 よくできました! 花丸あげたい!

 私には花ちゃんが本当に変身しているように見えるよ!!


「ねえねーどうらっらー?」

「すごいね花ちゃん! 可愛いよ!」

「ありあとー!」

「ティアラの台詞もよく覚えてたね、えらいえらい」

「えへへー」


 いつも通り撫でてあげると目を線にしてにへらと笑う。

 そんな顔を見て私の表情も更に蕩けてしまいます。

 あぁ、後で撮ってる動画貰おう。

 リビングの家族共用パソコンで編集して永久保存しないとね!


「ねえねー」

「どうしたの?」

「はい!」


 そんな返事と同時に、私へと差し出されるステッキ。

 いやあの、ちょっと待って。


「ねえねもやろ!」

「いや、あの」

「だめ?」

「やります! やらせてください!」


 だから上目遣いは反則だってば。

 そんなこんなで私も変身シーンをやることになりました。

 いつの間にか庭に降りて近付いてきていた花ちゃんパパのビデオカメラに加え、私のお父さんも一眼レフカメラを持ってこちらを覗いている。

 やめて!

 ファインダー越しの視線やめて!


 しかし花ちゃんのおねだりに抗うこともできず私はステッキを天に掲げます。

 あぁ、この動画だけは後で消しとこう。

 変身シーンなんて黒歴史になっちゃうの確実だもん!

 そう思いながら、私は花ちゃんと同じ台詞を言おうとしました。

 ……そんなやりたくないという私の本性があったからか、私は。


「変身! 泣いてる人をすきゅうためっ……!」


 盛大に噛んでしまったのです。

 その後、顔を真っ赤にして庭に崩れ落ちる私がいたとかいなかったとか。


「ねえねかわいー!」

「やめて! 花ちゃんやめて!」

「あろでメグちゃんにもみせゆー!」

「やめてー!!」

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