第三章 第25話
裂け目の中は白い靄に包まれていた。まるで雲の中に突っ込んだかのようである。
方角も距離もまるで分からない。
このまま歩いていいのかと、迷っていると、後ろから、紋兵衛の声が聞こえてきた。
「行先はわしが設定してある。臆せず先に進むがよい」
「ここはどういう場所ですか?」
「空間のひずみの中じゃよ。君太君の世界でいえば、ワープの途中というところじゃな。このまま歩き続ければ、わしが行きたいと願っておるところに抜け出ることができるはずじゃ」
靄に包まれて、朧気だったが、後ろから、紋兵衛がついてきている様子がわずかに見えた。
「刀で空間を斬ってワープですか……?」
「例えば、他人の家の中に入りたいと考える。そんな時は玄関から入るのが普通じゃろう?」
「ええ。泥棒でもない限り」
「ところが、玄関まで行くのが面倒じゃから、目の前にある家の壁に穴を開けて、潜り込もうというのが、今、わしが使っておる術――飛空の太刀――じゃよ」
「飛空の太刀ですか。ずいぶんと乱暴なんですね」
「さよう。家は、家は柱と梁と壁でできておろうのう。壁ならば、補修可能じゃが、柱や梁を斬ってしまうと下手すれば、家が傾きかねん。空間を切り裂くことも同じでのう。斬ってよい場所を心得ておらぬ者が、これをやろうとすると、空間がゆがんで、大惨事になりかねないのじゃよ。じゃから、この術は、免許を受けた者しか、使ってはならぬことになっておる」
「じゃあ、田沼伯父さんたちを殺した奴は、飛空の太刀の免許を受けていると」
「おそらく、免許を受けておろう。さすれば、奉行所に免許者名簿があるゆえ、犯人を絞り込める」
「無免許ということは?」
「飛空の太刀を無免許でやろうとする無謀な者はおるまい。空間のひずみの中に留まったまま、永遠に出られなくなってしまうこともあるし、とんでもない場所に出てしまうこともある」
「飛空の太刀を使える人は少ないんですか?」
「多くはないのう。こちらの世界でいえば、飛行機のパイロットのようなものじゃな」
しばらく歩くと白い靄が晴れて、どこかの部屋に出た。アパートの玄関のような場所……。
「あっ、ここ、僕の部屋です」
「そなたの許可を得ずに、入ってしまってすまぬのう。じゃが、何分、時間がないゆえのう」
廊下と言っても、畳一枚分の空間でドアを開ければ、部屋の中を一瞥できる。段ボールが数個置いてあるだけのがらんとした部屋だ。
紋兵衛は、一瞥しただけで、「よい部屋じゃ」とつぶやいた。
「何もない部屋ですけど……」
お茶を用意しなければいけないかと思ったところで、お客様用の茶碗などないことに気づいた。それどころか、ヤカンさえない。
コンビニまで、お茶を買いに一走りするべきかと、君太が、おろおろしていると、紋兵衛は、大刀を鞘ごと抜き取って、畳にじかに正座した。座布団さえないのだ。
「無駄なものがないというのは良いことじゃよ。落ち着くしのう」
そう言って、紋兵衛は君太にも座るように促してきた。
「あの……。何もおもてなしができなくて……」
「おう。気にせんでよいぞ。わしが、勝手に押し掛けたのじゃからのう」
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