⒎ 目茶(4) 熱

「色々あったが、もうあんたを守る動物はいない。その神眼しんがんさらうだけだ」


 もはや近辺にいた動物達は、野生本能のままに自分が生き延びることを一番に考え、悠人と季世恵の二人の存在を少なからず脅威と見たのか――


 辺りには、虫の一匹も姿を見せなくなった状況に、奴はただただ呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


 だが状況が不利になったことでヤケになる訳でもなく、むしろ清々すがすがしいまでに高笑いを上げる彼女。


「アハハハハハハハハッ!」


「何が可笑しい?」


「いや何、お二人と出会う前に何か――武器になるようなものを探していたと、言っていたでしょう?」


「それがなんだって言うんだ?」


「実はここに、丁度いい武器があるんだよ」


 そう言って奴が瓦礫がれきの山から取り出してきたのは、一本の先のとがった鉄パイプである。


 この時――、何処どこか奴の目が一瞬光ったような気がした。


「さっきから、少年だけが能力を使ってないようだけど、もしかしたら戦闘向けな能力じゃないから使ってこないのかなぁ?」


「………」


「もしそうだとしたら、闘いようによってはまだチャンスがあるんじゃない?」


「……最後の悪あがきでもするのか?」


「最後の悪あがきだと?そんな考え無しだと思うな!」


 ……事実正直な話、ずっと前から奴の目力を吸収し、手っ取り早く厄介な動物たちを追い払いたく思っていた悠人。


 しかしそれが今まで行動に移せずにいたのは、他でも無い――


 常に視界の前を、彼女が従える〈動物達〉が邪魔をして影になってしまい、中々思うように彼女の神眼を捉えることが出来ずにいたからである。


 隙を見つけてどうにか奴が開眼したところを捉えようと、人知れず頑張ってはいたものの――、


 目まぐるしく色々なことが展開していったこともあり………


 情け無い話――、翻弄され続けていたことがここまで足を引きずってしまった要因である。


 それはそうと、啖呵を切った彼女だが――、


 やっていることは乱暴に先の尖った鉄パイプを振り回し、厄介な悠人のこぶしを叩き潰そうと奮闘しているのか、単純に振り回しているだけのこと。


 そんな攻撃では彼のたぐまれなる【動体視力】と【反射神経】をもってして、通用しないことは最もであり――


 実に危なげ無く、一回一回のスイングを避け続けていく。


 もはや意味が無いと踏んでか奴はすぐに行動を切り替え――、今度は標的を変えて季世恵を叩き潰しに突撃していった。


「季世恵さん、危ない!」


 彼の注意もむなしく、季世恵は慌てて内ポケットから何か道具を取り出そうとしたが、ファスナーの中に入った爆発物ごと先の尖った鉄パイプで腹を刺された。


 直後――、その衝撃で爆発が発生し、季世恵の身体は激しく燃えた。


 それに引き替え、奴は爆風による衝撃で大きく吹っ飛ばされ、上手いこと爆破から逃れる。


「ぎぃいいぃぁあああああああああぁぁぁ――ッ!痛い、痛いよぉおおおおおおおおぉぉぉ――ッ!」


 激しく、苦しみもがき続ける彼女。


「嘘だろ……そんなことって………」


「アハハハッ、こりゃあ面白い展開になってきたじゃないか」


 これは一刻も早く彼女を海に入れなければ、最悪さいあくの場合………


 季世恵の肉片は一つ残らず、そうであっては折角の神眼者の治癒能力を持ってしても、何一つ残らなければ意味が無い。


 死あるのみだ。


 だがこの火をどうにかしなければ、とてもじゃないが彼女をかかえて海まで運ぶことは不可能。


 と……ここで、彼はあることを考え出す。


 ほぼ不死身ってだけで、あの斬月とか言う神眼者は何故なぜ――、NEMTD-PCを着用しなくとも今の環境に適応てきおう出来ていたというのだろうか?


 あの時は何も考えず、不死身ならこの世界のことわりすらも捻じ曲げてどんな環境下であっても生きていけるのかとただただ思ってしまったが、それは違う。


 単純な話だった。


 神眼者は元々、死人が蘇生した存在。


 それが何を意味するのか?


 一度は死んだ身を経験した………となれば、言い換えればそれは――


 既に神眼者の肉体というのは、人間としての神経の活動が


 つまりは、感覚神経も同じこと。


 けれども、完全に神眼者の肉体には――その感覚が失った訳では


 お腹に掌底しょうていを喰らえば痛いし、精神操作で他人の身体を通じて眼球を抜き取られた時なんかは………かなりの激痛を味わったものだ。


 それに食事をする時もこれまで通り、味を感じ取れていた――ということは、嗅覚も味覚も備わっていることになる。


 だが………いや待てと、ここで些細なことで頭が回る。


 爆発したあの瞬間――、季世恵は『痛い』とは叫んでいたが、『』とは一言も言っていなかった。


 思えば、二日前に朝食でツナタマを作って妹の紫乃と食事をとった際、作ってそう経ってないというのに………冷めたように熱を感じられなかった。


 味覚はあるのに温かさは感じられない。


 あの感覚が幻で無いのだとしたら………


「これでおあいこだぞ、季世恵」


 そう言って、火だるまの彼女をかかえた悠人。


(やっぱり俺が思った通り、が感じられない。これなら!)


 彼は急いで海まで運ぶと何故なぜか一緒に入水した。


 熱さは感じられずとも、悠人の着ていた服に引火していたのだ。


「だっ……大丈夫か。おいッ――、季世恵っ!どうなんだよッ!」


 彼がどんなに声を掛けても全く反応が無い彼女。


 よく見れば爆発によって出来た、細かな金具や破片が彼女の治癒を邪魔しており、見ていて気持ちの良いものではない肉片から丁寧に一つ一つそれらを取り除いていった。


 それから少しして、わずかに彼女の口から空気を吸っている音が途切れ途切れに聞こえてきた。


 ひとまず生きていることが確認出来たことで、ほっと一安心する悠人。


 ゆっくりと彼女を引き上げ、平らなところに移動させると、彼は奴をにらみつけた。


「お前は絶対許さねぇ。あいつのためにもその目は頂いていくぞ」


「熱いねぇ、少年。それよりも私にばっかり目がいっていて良いのか?」


「何を言って……あ、れっ?」


 急に力が抜ける。この感覚は一体………


「足元を見てみなよ」


 彼はおもむろに視線を下に下げると、何やらアリの大群が彼の足元に押し寄せていた。


 アリが出てくる先に目を向けると、そこには何故なぜか地中を掘った跡がある。


「……これ、は?」


 よく見るとそれは一般的な黒では無く、胸部の体色が赤褐色、腹部が暗色でどこかつやのある特徴的なアリであった。


「馬鹿がッ!あんな鉄パイプ如きが【武器】な訳無いだろうが。どこのヤンキーだよ、そりゃあ。

 こんななまくら瓦礫がれきを退かした先に転がっていただけのガラクタがっ!所詮はお前らの目を引く為、こいつの存在に目が行かないよう、適当に暴れ回っていただけに過ぎないんだよ!

 さっきは多くの動物たちで注意を引き付け、そのかんに穴を掘っていた訳だ。何も土の上で生息しているのが動物の全てじゃあ無いだろう?

 ぷぷッ、おかげで丁度良い視線誘導時間稼ぎになったよ。……けどまさか、あんなもの一つで一人戦線離脱爆発オチとは思わぬ勝算が転がり込んだものだ」


「て、てめぇ………」


 どうやら奴の言う【武器】とは、戦力増強と言う意味であったことに今になって気付かされた。


「私の本当の【武器】は――、この『動物ヒアリ』さァっ!

 こんなっこい身体なりだからと獰猛どうもうさと攻撃性、それと奴の持つ強力な神経毒には逃れることは決して敵わない。人一人ぐらい簡単に殺せるくらいの殺傷力はこいつらにある。

 私の真の【武器】の正体が強力な能力を持った動物を従わせることだったと見抜けなかったことが全ての敗因さ!もう終わりなんだ。詰んでいるんだよ。ゲームオーバーなんだよ。君はさァァァァ――――――ッ!」


 『ヒアリ』-それは一時期日本で騒がれたこともある毒性を持った危険なアリ。


 刺されるとアルカロイド系の毒によって非常に激しい痛みを覚え、皮膚が水疱状すいほうじょうれると言われている。


 更にそのアリの恐ろしいところは驚異の繁殖力にある。


 女王アリは1日約二千個の卵を産むと言われ、彼はまさにその大群に襲われていた。


 そもそも死体の身体なら普通は毒なんて効かない筈なのに、どうしてこんな毒は食らうのか?


 先ほど彼が発見したようになんらかの形で感覚神経が完全に働いている訳ではない。


 ヒアリの毒の9割近くは「ピペリジンアルカロイド」という成分で出来ており、これは感覚神経にあるカプサイシン受容体と反応する。


 カプサイシンには感覚神経における辛味を感じさせる働きを持っており、味覚は神眼者になってからでも感じることが出来た。


 だからこそ、ヒアリの毒は彼に効いていたのだ。


「……アハッ、アハハッ、ハハハハハハッ!何も視界に映る範囲に動物がいないからと、周囲にどこにも動物がいやしないと何故断定出来るのかって話だよっ!目に映る範囲内だけで物事を図ってしまい油断したのだろう、少年?」


「……い、いや。真に油断していたの、は、てめぇの方だ、ぜ………………」


「何を言いいやが……………ッ!」


 奴は瞬く間にその異変に気付かされた。


 自分の足下を這うヒアリの姿を――


 彼は見逃さなかったのだ。


 奴が先の尖った鉄パイプを拾い上げる際、神眼をわずか数秒だけ開眼していたことを……………


 彼は吸収した奴の神眼を開眼すると、ヒアリの大群は一斉に奴に向かって前進を開始した。


「……ど、どうなってやがる。ど、退けッ!言うことが聞けないのか!き、貴様の仕業かァァ嗚呼嗚呼嗚呼あぁぁァァァ餓鬼ガキゃぁああああああああぁぁぁぁぁ――――――ッ!い、いやだ………や、やめろ、やめろやめろやめろッ………私に、私に寄るなぁぁぁああああああああああぁぁ――――――ッ!!」


 奴の身体に大量のヒアリが一斉いっせいにまとわりつくと、叫び声を最後に捕食されていくその者の姿が彼の目には映っていた。


「……けっ、ざまぁ見ろ…………人を馬鹿にした罰をあの世で悔やむんだな」


 奴らは仔牛こうしほどの大きな動物すらも餌食えじきにしてしまうのだから、こうしてマジマジとその食べっぷりを見ると今にも吐き出しそうな気分にもなった。


「やべぇ、もう力が入ら……」


 その光景を見届ける前にとうとう毒が全身にまで回ってきたのか、彼は意識を失い倒れたのであった。


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橘 季世恵の多彩な武器一覧

(七つ道具的なやつ) 彼女の場合は八つだけれども…………


・匂いが強烈な香水スプレー

催涙さいるいスプレー

・高電圧改造スタンガン

閃光弾せんこうだん

・フォールディングナイフ

・拾ったからの酒瓶

・引火性の強いアルコールが入った加圧式の霧吹き(即席の火炎放射器に使われる)

・ペイントボール(目に当てたら、最強)


フードのファスナーを開けると、内部にいくつかのベルト式ドリンクホルダーを忍ばせている(その中に常備、手作り閃光弾を装備している)



【季世恵の手作り閃光手榴弾】

[主な作り方]

アルミ缶の側面そくめんに何ヶ所か穴を開け、上下蓋じょうげふたをカットし、爆竹ばくちくにマグネシウムとゼリー状の着火剤を混ぜたものをアルミ缶の内部にテープで固定


使い方は内部に固定したものに火を付けてすぐに投げるだけ


特徴として断続的だんぞくてきに強い光を放つ。

視覚を奪う武器は、もっとも神眼者を相手に有効的な武器だと言えるだろう。


マグネシウムは理科室から勝手に略奪した。

本編では明言していなかったが、実は季世恵は紫乃と同じ学校に通っている中学生である。

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