⒈ 神眼(4) 男に残された小さな家族
時刻は十五時二十分。病院帰りの悠人とそこで知り合った彼女の二人は、ゆったりとした足取りで心地良い
「この服、本当に貰ってしまって良いのか?
その、悪いから……足りないだろうけど、せめてもの私金を渡しておきたいからさ。端末、持っているだろう?」
車に
お金にあまり余裕が無いとはいえ、ご好意で用意してくれた服の代金ぐらいは払っておくべきだと、
だが、当の本人は気にしなくて良いと言って、びた一文も受け取ろうとはしないことへの申し訳なさに、彼なりに罪悪感を
「何度も言わせないで。これは私が勝手に用意しただけのことだから、そういうのは良いのよ」
「……俺としてはあまり気は進まないけど、そこまで言うのなら分かった。
それであんたは………そういや病院では、色々と混乱してしまって聞きそびれてしまったが、名前はなんて言うんだ?」
「私?
「それって実年齢的に食っているって話?……あっ、そういうつもりで言った訳じゃあ…………すみません、冗談が過ぎました」
失礼なことを言われて、どこか
そんなことをしていると、前方から悠人と同じような髪色をしたポニーテールの少女が何やらこっちに迫って来たかと思うと、その人物は突然彼に声を掛けてきた。
「兄さん、一体こんな所で何をしているのですか?いくら私が路線バスの料金をケチって歩いてここまで来たとはいえ、早々に退院が降りただなんて言いませんよね?」
彼女の名は
やはり共に大変な生活を送ってきた家族だからだろうか、もはや
「ほらよ、こいつが証拠だ」
悠人は紫乃に退院届を見せた。
「……冗談、だよね?」
「……そう言いたいのは分かる。俺自身、一番戸惑っているから。けど………確かに完治はしているんだよな。
それにしても――、見舞いの時ぐらいバスを使っても良かったんだぜ。
まあ、即日退院してちゃあ意味ないんだけど」
「そうだよ。もしバスに乗っていたらすれ違いになって、それこそお金の無駄遣いになっていたところだよ」
「分かった分かった。お前の判断は正しかった。これで良いんだろう」
「よろしい。……それはそうと兄さん、こちらの女の人は一体誰なんですか?」
そう言って、紫乃が指を指したのは
「彼女は保呂草未予さんと言ってな、なんでも俺が事故に
「よろしくね、妹さん」
未予は紫乃の方へと視線を落とし、にこやかな表情をした。
「そ、そうとは知らず、先ほどは兄さんの命の恩人に対して指を
勘違いをしてしまったと言わんばかりに、頭を下げる紫乃。
「何も頭を下げなくても良いのに。
けれど、年上を
そう言われ、紫乃は頭を下げるのをやめた。
「……でもまぁ、年上は年上でも紫乃には想像出来ないくらい年上………そう、なんたって彼女はおばさ……」
「何か言おうとしたかしら?」
ギロリとこちらを
「……いえ、何でもありません。えーっと………、あっ!そうだったっ!
すっかり制服が駄目になってしまったものだから、これじゃあ明日の通学に着ていけないなぁ……なんて。
――てな訳で俺は今から、学校の制服を仕立てている専門店の方にでも買いに行って来るとしますね~っと!」
未予の冷たい視線から遠ざかるように、退院したばかりとは思えない程のスピードで早足に
高校生の身で
そうして一人勝手に
さきの事故騒動から転じて、実に平和で
思えば、
それまで《しっかり者》という印象しか無かった兄さんだったが、
すっかり元気を無くしていた私を笑わせようとして打って出た、兄さんなりの気遣いが形となって出たものなのだろう。
たった一人、取り残された大切な
単なる生活面としての支えだけで無く、【紫乃】の『心のケア』になってやろうと――、必死に取り繕っていたところがあったのかもしれない。
それこそ意図せず、普段の会話の中で癖付いてしまう程に…………
「……ほんと、兄さんが生きててくれて良かった」
思わず、紫乃の口からそんな言葉が漏れ出る。
だが――、そんな
これから待っているのは、そう………地獄なのだから――――
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