22話 萌ゆる

 目的ーー協会に対する税金の待遇を元に戻すこと。

 方法ーーアレンに籠絡、つまりは萌えさせること。きっと俺の能力『萌え』の二つ目の効果『虜』が発動し、アレンの一時的なコントロールが出来る。そうすれば撤回させることも出来るだろう。


 しかし、それだけでは根本的な解決にならないことに俺は気がついていた。

 もし仮に、萌えさせることが出来てコントロールをするとしよう。その時に俺が下す指令はもちろん「税金の撤廃」。そうすればその通りにアレンはしてくれるだろう。

 だがそのあとは? コントロールは一時的なもので、解けてしまったらどうにも出来ない。そうすればきっとアレンはもう一度税金を課してくる。


 だから根本的な解決が必要だった。


 アレンがどうして冒険者協会に税金を課したいのか、その理由を知る必要があった。


 そして俺はアレンに関わりのある人達に話を聞いてわかった。だから、長い長い調査パートは終えて、解決パートに入ろう。



 ***



 モブ子ズと別れ店を出た私とアレンはその後適当にぶらつきました。いえ、歩いている時のアレンはどの店がどんななのか、どの店がお気に入りなのか、そういったことを楽しそうに話してくれました。


 ですが、楽しい時間もここまでです。


「アレンさん。私、行きたい場所があるんです」

「どこだ?」

「秘密です」


 ふふ、と笑いながら言いました。女の子が秘密というと、こういう場合は少しどきりとしてしまうらしいです。ソースは私の同級生です、惚れっぽいです。

 しかしこの理論、なかなか有効なのは実証済みですから、アレンにも問題なく通じます。


「なら、黙ってついて行こう」

「訊かないんですか?」

「無粋というものだ」


 返し方が男子高校生ーーもっと言えば日本男児とは一味違います。余裕があり、女性の遊び心を理解した上で尊重するとは……。


 今度は私がリードする番です。


 やはり適当に話しながら、私とアレンは私の目的地に向かいました。

 中心部に七大迷宮の一つセレント大迷宮を構えるこの都市には、四方に城壁外へと出ることが出来る城門があります。そのうち一つ、北門は富裕層ーー上級市民専用となりつつある門なので、私が出ることが出来るのは三つ。私が向かっているのは、西門でした。


 ハルさんのお店は西地区に位置しており、しかし割と中心部よりでした。ですから西門までは少し距離がありました。

 私はアレンがリードしているように見せかけて、実のところ外縁部に近づくように「わあ」「気になります」などと適当に嘯きました。

 その成果、歩いて5分で西門といった位置まだ近づけました。


 私の提案で明らかに西門へと近づく最中、アレンは少しずつ言葉を失っていきました。その余裕がなくなっていったのです。


「フィアナ、こっちなのか?」

「はい」


 問いかけてきましたが、私は簡単に答えました。


「フィアナ」

「もう少しです」


 門が見え始めて、明らかに動揺を見せ始めました。アレンの顔は少し青くなっていて、ここにはない何かを感じているようです。しかしそれもすぐに現実へと引き戻されます。


「……」

「あと一歩です」


 門で、城壁の境目で、私とアレンは止まりました。

 アレンは今にも暗い過去に呑まれそうな、そんな焦燥感に苛まれているようです。額に汗がじわりと滲んでおり、その苦しさが表立っていました。


 後ろにいる護衛さんとエルバードさんは近づいてこようと一歩踏み出しました。しかし私はそれを許すまいと、大丈夫だという意思をエルバードに向けました。すると了承してくれたのかエルバードさんはこくりと頷き、そして礼をしました。


 きっとエルバードさんには伝わったのでしょう。どういう意図を持ってここに来たのか。


「行きましょうアレンさん」

「……」


 私が手を引き門外に出ようとすると、アレンはそれまでとは違い動きません。杭を打ったようにその場から一歩も動かないのです。

 繋いでいる手からは震えが感じられます。


「アレンさん」

「無理だ、ここから先には行けない」


 いつも自信に溢れているアレンから、弱々しくか細い声が私に届きました。しかし逆に、繋いだアレンの右手には力がこもっていて離すつもりはなさそうでした。

 ですが、視線を落とすアレンに私ははっきり告げます。


「行けます」


 そして、


「アレンさんが門外に出られないのは、私がいるからですよね」


 核心を突きました。


 アレンの手にはさらに力がこもり、少し痛くなってきました。ですが、私に返すその声はやはり今にも消えそうなものでした。


「なんのことだ?」

「アシュレイさんが亡くなられたのは、この先ですね」

「っ!」


 昨日作戦を立てる時にリディアさんに聞いておいたのです。アシュレイさんの事故が起きたのはどの方角なのか。

 当時に近づければ近づけるほど、いいのです。これが布石となります。


「知っていたのか」

「はい。耳にしたんです」

「なら、なんで俺をここに連れてきたっ! この先に、母さんが、亡くなった場所がッ……」


 さあ、ここからが勝負どころです。


「いつまで、過去に囚われているんですか」


 強く言います。


「なに?」

「どうして、今を見ようとしないんですか」


 責め立てます。


「フィアナ、おまえはっ……」


 アレンに怒りが込み上がっているのが手に取るようにわかります。それはそうでしょう。決して触れられたくないものに触れられているのですから。けど、それでも私はやめません。


 アレンの両手を、私の小さい両手で包み込みます。肝を据え、戸惑いから溢れる炎を捉え、優しく宥めるのです。


「私を見てください。その目で、今ここにいる私を見てください」


 落ち着けるように、穏やかな声で声をかけました。

 続けます。


「私は誰ですか?」

「フィアナ、だろう」

「はい。私はフィアナです。アレンさんのお母様、アシュレイさんではありません」

「そんな、当たり前のこと……」

「本当にそう言いきれますか?」


 首が痛い……。元のカナデの身長は低く普段から見上げる事には慣れてはいるのですが、割と近い距離で顔を見上げるとなると首が辛い……。

 そんな胸中から滲み出ているでしょう苦渋の表情も、おそらくアレンは違う風に捉えているはずです。

 きっと悲しさを堪えている、といった具合に見えることでしょう。


「アレンさんは私とアシュレイさんを重ねてはいませんか? 追憶、しているのではありませんか?」

「何を」

「私だけではないです。先程の三人もです」


 モブ子ズのことです。


「どなたもアシュレイさんに似ている部分がありました。そうですよね」

「ああ、確かにあの3人は似ているな」

「そして、私も。私は瓜二つと言っていいですよね?」

「ああ……」

「偶然ですか?」

「好みの女性が似通うのは仕方ないだろう」


 確かに、そうです。けど、


「そうですね。でも、アシュレイさんを重ねているのは何故ですか? 好みじゃなくて、アシュレイさんをそこに求めているのは。

 私が聞きたいのはそこです」


 その一点なのです。


「母さんを求めるのが、重ねるのがいけないっていうのかっ!?」

「そうは言っていません。今はただ、聞きたいんです」


 あくまで真摯に、冷静に。


 するとアレンはポツリと、溢しました。


「母さんが好きだった。尊敬できる人だった。なのにッ、あの時、急に亡くなって……」

「その時に出来た穴を埋めるためにですか?」

「違……くわないな。そうだ、言われればそうだな」

「そうですか……」


 まあ、予想通り過ぎますね。アレン、貴族社会で生きていけるのですか?


「失望したか? 過去に縋る、情けない男だろう俺は」

「過去に縋る事は、情けないとは思いません。あなたは多くが薄れていく記憶の中で、大切な物を守り抜いて来たんです。

 それは尊敬できます」

「そう、なのか?」

「はい。それに、その尊敬できる人を重ねるのも、いけなくはありません。足りない物を補ってもらう相手に、求めちゃいけないわけがないんです」

「なら、何が駄目なんだ。何かが駄目なんだろう?」

「はじめに私は言いました。私を見てください、と。アシュレイさんを重ねるのは自由です。けど、そこにいる人を蔑ろにしてはいけません。それはその人に失礼ですし、その人を否定することになります」

「そうか。そうだな。ああ、それは最低だな」

「はい。アレンさんは最低です。でも、気がつけたのなら、これからやり直せばいいんです」


 そう言うとアレンはまた、そうだなと言いました。


「だから」


 私はそう言って駆け出しました。いきなりの事で、アレンはついてこられず距離が空きました。アレンは慌てて私のところに走り寄りました。


「何をしているっ!? ここは外だ、魔物だっているんだぞっ!? 死んだりしたらーー」

「アシュレイさんと同じですか? けど、私は死にませんでした。見てください」


 私は指をさしました。その方向には深い森の迷宮があり、かつてアシュレイさんを襲った魔物が棲み着いていた森です。

 そこからは、少し距離はありますが、喧騒激しく勇ましい音が聞こえてきてます。


「あれは……」


 アレンが見たのは、重装備に身を包んだ前衛や、弓と矢を確認する後衛、杖を握りしめた魔術師など。つまりそれはーー


「冒険者?」

「はい。そうですね。アシュレイさんを亡くして悔やんでいるのは、冒険者協会の方も一緒なみたいです」


 これは、私がアレンに見せたかったもので、きっとアレンの考えを変えてくれるもの。根本にものがあるなら、それを使わないてあはないです。


 実際、リディアさんに聞いたところ、定期的に街周辺の調査が指名依頼として協会から一部冒険者に出されるそうです。定住を決め込む冒険者も少なくは無く、そういった冒険者は喜んで引き受けるそう。


 もっとも、それがなくても緊急依頼として発注をする予定ではありましたが。支部長に無理を言うつもりではありましたが。そうならなくてよかったです。


「それに、街の人も一緒です。みんな、アシュレイさんを亡くして悔やんで、それでも進んでいるんです」

「……」


 アレンは森に入る前に準備を確認している冒険者を見ていました。その目には、先までの暗い色はなく、爛々とした輝きがありました。


 ここですっ。この感情が大きく揺らいでいるところに追撃を。


「もちろんアレンさんも。知ってますよ、魔術の練習をしているの」

「知ってたのか」

「はい」


 私は悪戯っぽく言いました。ここぞって言う時のそれは、効果倍増です。


 仕上げです。


「なあフィアナーー」

「アレンさん。私はひと時の幻です。あなたが幸せになる事を祈ります。好きですよ」

「フィアナ……っ!?」


 ちゅっ。私は不意にアレンの頬に口づけを施しました。

 その顔には初めて、と言っていい羞恥と歓喜と戸惑いが混濁としていて、それはつまり、『萌え』なのです。


 萌ゆる深愛もすぐに、私は『萌え』のもう一つの効果を使うのです。


「おやすみなさい、アレン」

「母、さん……」


 これにてアレン攻略の任、完了です。

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