18話 モブ子Aの話

 扉を勢いよく開け入ってきた女性。いたって普通の彼女は、いたって普通に美人でした。髪は金髪、目は青。この世界では普通な色で、特にこれといった特徴はなくいのですが美人。

 ハルさんですらいっぱいいっぱいなのに、ここにきてさらに新キャラ登場。いえ、キャラはキャラでも私は彼女をメインキャラともサブキャラとも認めません。だって、名前が覚えられそうにないので。特徴がありませんし。

 彼女はそうですね、モブ子Aとでもしておきましょう。美人ですけどね。物語の進行にそこまで大きく関わりそうなにないので。勘です。


「なんか今不名誉なあだ名をつけられた気がする」


 鋭いですね。ですが認めなければそれは単なる妄想被害。こういう事に関しては、思考に関しては認めなければ罪にはならないのです。悪い子ですね私、知ってますけど。


 モブ子Aはアレンに迫りました。


「アレン! どういうこと? 私とは遊びだったの!?」


 テンプレ台詞でした。鬼気迫った形相で、本気で怒っていることもわかるのですが、いけません、テンプレ台詞過ぎてもはや茶番劇かなにかかと思えてきます。

 ……いけません、リアルに見たのは初めてで、笑ってしまいそうです。


 それに対してアレンはなんのことやら? と言った様子で、知りもせず冤罪をかけられた感じです。


「遊びもなにも、俺はお前と付き合いたいなんて一言も言ってない」


 と、言ってはいますが、正直なところ疑わしさはプンプンしてます。

 アレンが無類の女好き、女癖が悪いことは周知の事実です。私自身、アレンが協会で口説いているのを目撃していますので、そこに偽りはないはずです。でなければ、設定崩れもいいところです。


「なによ、しらばっくれる気!? 『綺麗な髪だ。かわいい。今度遊びに行こう』って言ってたじゃない!」


 被告人、有罪。

 やってますね、これは完全にやってしまっていますね。それは勘違いしてしまうのも無理はありません。

 というかそんな恥ずかしい台詞よく言えましたね。思いっきり口説いています。


「それどこがだ。普通に褒めているだけだろう」

「そ・れ・が! 口説いてるって言うの!」

「ほら、付き合いたいとは言ってないだろう」

「口説くのはほぼ同義よ!」


 これにつきましては、もう反論出来る気がしません。そうですよね、口説かれたらそう思いますよね。わかりますわかります。すごくよくわかります。

 私も口説かれることは多々ありましたし、今もありますから。ただ、私の場合相手の男性はロリコンが多いので断りますし、というか身の危険を感じることもしばしばですし、女性の場合はこれも怖いので(何が怖いって目が、はい)、丁寧に全て断っています。

 ああ、いえ、内心では断っていても利用価値ありと見れば、それは逃げ道を作りつつ搾取しますが。


 とりあえず私は言い寄る男はロクデナシ、這い寄る女性は美人局、と思うようにはしています。これ、騙されない為のコツですよ。演じる側だからわかることですね。


 そして、相手が本気かどうか判断する基準でもあります。


 もし悪い類の相手なら、ロクデナシか美人局なら、相手に妥協させる手段を取るでしょう。けっして自分を下げることなく、あくまで言いくるめようとします。気持ちのいい言葉で相手を酔わせることだけをするのです。


 しかし、もしそれが本気なら、相手に妥協はさせますが自分を下げる事もするでしょう。自分を卑下してでも手に入れたいと思うのは、逆に言えば相手をそれだけ尊重しているからです。気持ちのいい言葉で相手を酔わせるだけではなく、自分も酔う勢いなのです。


 それを今回このモブ子Aさんは判断出来なかっただけです。もっとも、誤解させたアレンに非がないわけがないですが。


「はっ、そんなの誤解した貴様が悪い」


 それをアレンが自覚しているはずもありませんが。


 はあ。どうしてこうも余計な邪魔ばかり入るのでしょうか? 今日は厄日でしたか?


 ままならないことばかりで嫌になってしまいますが、それを言っていても仕方ないと割り切りましょう。

 さしあたってまずは、


「とりあえず落ち着「アレン様!? どういうことですの」いて話したいですね……」


 私の話を遮ったのはアレンでも、ハルさんでも、モブ子Aでもありませんでした。またまたお店の扉を勢いよく開けて入ってきた、新キャラです。モブ子Bです。


 私は現実逃避気味に扉の安否を確認しにいきました。開いて閉じて、開いて閉じて。うん、壊れてはいませんね。大丈夫そうです。


「あ」


 そんな私の奇行は、恥ずかしながら外にいた人に見られていました。店の外で待機していた護衛の皆さんも心配な様子でこちらを見ています。「ご心配なく」の微笑んでから私はそっと扉を閉めました。


 というか護衛の皆さん、あっさりと突破されてますけど。モブ子ズが普通に入ってきていますけど。

 それともエルバードさんの判断でしょうか。エルバードさんならそこらへんの情事は知っていそうですし、何か思惑があってのことでしょうか?


 と、現実逃避するネタも尽きてきましたし、現実を見据えるとしましょう。

 叫ぶ彼女達に提案をしました。


「とりあえず、落ち着いてお話しませんか?」

「フィアナ、気にすることはないんだぞ」

「いえ。アレンさんはしっかりと受け止めるべきです。見直すべきです」

「そうか?」

「はい」


 ここでモブ子ズをいなすのは簡単です。こちらには護衛というある種の強制手段がありますから。ですがそれだとこの後の邪魔をされかねません。

 不安因子は取り除けるうちに取り除けるだけ取り除くべきなのです。

 噛みそうです。


「さあ、そちらの席を借りましょう。あなた達も座ってください」

「はあ? なんで私があんたの指図を受けなくちゃいけないわけ?」

「そうですわ」

「ヒステリックに叫んでも仕方ないがないですし、普通に迷惑です。それとも外にいる護衛の方に強制退場させられることがお望みですか?」

「くっ」

「仕方ないですわね」


 苦渋の選択といった様子ではありましたが、ひとまず納得はしていただけたようです。よかった。これでまだ叫ぶようなら私にはどうしようもないことでした。私が相手に出来るのは人ですから。


 それよりも、かって言ってしまいましたが。


「ハルさんすいません。かってなことを」

「いいのいいの。原因はアレンだし、面白そうだから」


 ネタにされそうです。近所のおばさんを思い出しました。


「とりあえず水でも持ってくるよ」

「ありがとうございます」


 ふう。一仕事終えたという感じですかね。いいえ、終えるというか下準備が終わっただけで、これからが本番でした。エクストラステージ続きとは、とんだクソゲーもあったものです。

 ですがそんな心情を出すなとなく、私は清楚ですから、


「さ、お話しましょ「アレンさん!」 ……うか」


 本当に、一気に登場し過ぎだって! あとわたしの台詞奪い過ぎ!



 ***



 外からは見えない位置。お店の穏やかだ静かな雰囲気とは裏腹に、そこだけ険悪な雰囲気が漂っていました。


 モブ子Cが加わったことで五人となりました。

 五人席はありませんので他から椅子を持ってきて、モブ子ズには並んでる座ってもらいました。少々窮屈そうではありますが、そこは我慢してもらうしかありません。

 ……あ、強気なモブ子Aが足を組んで幅をとってます。モブ子Bも反対側で上品に座っています。そんな二人の間で弱気なモブ子Cは肩身を狭そうにしていました。


 そんなモブ子ズの対面に、私はもちろんアレンと並んで座っていました。こちらは余裕があります。まあ、綺麗に座っていますから余計な幅を使うことないですが。

 しかし、


「なんであの子が隣なのよ」

「私が隣がよかったですわ」

「いいなぁ」

「あ、あはは……」

「……」


 モブ子Aには睨まれ、モブ子Bには妬まれ、モブ子Cには羨ましがられました。それぞれの視線を浴びているので、非常に居心地が悪いです。


 この席順を決める際、もちろん揉めに揉めました。誰もがアレンの隣に座ろうとしましたから。あ、私は例外ですよ。そんな清楚じゃないことするわけがないじゃないですか。


 筆頭はモブ子AとB。アレンが座ると両隣を陣取ろと椅子を寄せました。それに二人は満足。ジリジリと、アレンに近寄りつつ互いに牽制し合う。

 これまたテンプレな光景がそこにありました。


 モブ子Cは仕方がなさそうに反対側に座りました。私も空いてる席に。私は特にこだわりはありませんから。


 さて、ようやくお話し合いが始まるかという瞬間、アレンがモブ子AとBの接近を躱し席を立ちました。すると反対側に来てモブ子Cに退くように言いました。当然モブ子Cは席を譲り(威圧に耐えられるなかったようです)、アレン座っていた席へと移りました。


 そんな一連の流れを見ていたモブ子AとBは慌てて席を移ろうと立ちかけました。しかし、それを予知していたアレンが口を開きました。


「俺はフィアナの隣がいい」


 その言葉には勝てなかったようで、二人は納得はしませんでしたが、何かに抑え付けられたようにググッとすわりました。


 これが、最高に居心地の悪い空間の作られ方です。


「で、何を話すのよ」

「そうですわね。そこがいまいちわかりません」

「あのぉ、私は状況が掴めないんですけども」

「そうですね。そこは私も考えてはいませんでした」

「はぁ!?」

「どういうことですの!?」

「皆さんもわかってなかったんですか!?」


 いえ、先程はやや勢いで言ってしまったところがありましたから、そこのところを考えるのを忘れていました。しかし、まあ話すことは自ずと定まってきますよね。


「とりあえず。皆さま方がどんな状況でどう口説かれたのかを聞かせてください」

「おいフィアナ、俺は口説いてなんて」

「相手がそう感じてしまったそれはもう問題なんです」

「わかった」


 素直なのはいいことですね。


 ……あの皆さん? そう視線を強めるのはやめてください。たしかにちょっといい感じでしたけど、そこはまあ、差ということですよ。格の差です。


「こほんっ。では、モブ子Aさーーではなく、あなたからお願いします」

「言いかけた言葉が気になるけど、いいわ。私から話してあげる」


 このモブ子Aさん、若干目がきつめで口調もきつめです。そんなモブ子Aさんのお話を聞くとしましょう。


「私がアレンに最初に口説かれたのは半年前よ」

「かなり前なのですね」

「そうね。けどよく覚えているわ。

 あの日はよく晴れた日だった」


 あれ? そんなところから話し始めるのですか?


「私、出かけることが好きだからその日も街をぶらついていたの。もちろんお仕事はお休みの日よ」

「あの、もう少しまとめてお話できませんか?」

「いいから聞きなさいよ」


 時間、かかりそうですね……。


「そうしたら口説かれたの」


 急展開っ!? え、モブ子Aまさかの口下手。あれだけ自信満々に聞きなさいって言っていたのに、肝心の出会いが端折られます。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいまし。出会いがわかりませんわ。どこでどうしてそんなことになったのかわかりませんと」

「なによ。まとめてって言うからまとめたのに」


 まさかの私のせいでした。


「じゃあそこから話すわよ」


 そして素直です。


「その日ぶらついてたのは、たしかここら辺だったわ。何か面白いものはないかなぁってね。それで見て回ってたんだけど、スリにあってのよ。財布はポケットに入れてたわ。

 運良くスリに気付けてんだけど、私の財布を持ってスリの男が逃げたの。私は追いかけたわ」


 話が緊迫してきました。あれ? これっていわゆる恋バナに近いものだと思っていたのですが、いつのまにかスリ撃退劇に変わっています。


「人混みなんて気にしないで走るわ、細くて入り組んだ住居区にまで逃げるわで、本当に大変だったわ。それで裏路地を抜けて大通りに出たのね、そのスリ。

 ああ、もう限界ねって思って大通りに私も追って出たらスリが倒されてたのよ」

「それがアレンさんなんですね」

「そっ。お腹にキックかパンチしたのかは知らないけど、アレンの前でお腹をを抑えて倒れていたわ。

 それでアレンは息をきらしてる私に気がついて、何か納得したみたいだった。明らかに女物の財布だったからね。

 近くにいた護衛さんだったかな、それに何か指示してから、呻いているスリから財布を取って、私に渡してくれたの」


 やっと恋バナっぽくなってきました。しかしあれですね、アレンはつくづく少女漫画の王子様みたいな事をしているんですね。


「『これはお前のか?』って聞かれたわ。

 私は汗を拭いながら頷いたの。息も整ってなかったから、返事するのが無理だったの。

 そしたらアレンは執事さんに飲み物を用意させてくれたわ。

 私もアレンの事は知っていたの。領主様の跡取りだーってくらいにだけど。でも、だからそんなの恐れ多いって断ろうとしたんだけど。

『気にするな。女性がそうも乱れていては、品位が問われる』って断るのを断られたわ」


 想像出来る光景です。アレンはそういう見た目や言動の厳しさを、市民にも求める節がありますから。


「しばらくして憲兵が来てからは事情を話して、経緯も話した。アレンも色々と話していて、10分くらいはかかった。それで、憲兵がスリ男を連れて行くまではそこにいたわ」

「よかったですね、スリも捕まって財布も戻ってきて」

「そうね。

 で、ありがとうございますありがとうございますって頭を下げて立ち去ろうとしたら、少しご飯にしないかって言われたの。

 いや、さすがの私も貴族様と一緒するなんて緊張するから断ろうとしたのに、またそれを断られたのよ。

 結局、ここの近くにある食事処に入ったわ」


 ここまで聞いてもアレンは傍観するのみでした。何か申し開きや訂正はないんでしょうか。なんとも余裕のある態度です。なんならさっきから話を聞いているのかも若干怪しい気がしますが、そこはさすがに大丈夫だと信じましょう。


「お昼時だったし、私も走ったあとだったからお腹が空いていたの。くぅ〜ってお腹がなっちゃったわ」

「くぅ〜なんてかわいい音じゃなくて、もっと濁った音だったろう」

「やっと口を開いたらそれ!? 細かいことはいいでしょう。そもそも、かわいい音でしたしー」


 まあ、私もモブ子Aの意見に同意します。アレンは何故そうめんどくさいことになるようなことを言うのでしょうか?


「話を戻すわよ。

 ガチガチに緊張した私もご飯を食べ始めたらある程度は和らいだの。少しだけどアレンたもなせるようになっていたし、楽しかったわ。

 結局そのまま食べ終えて帰ろうかという時に言われたの。

『綺麗な髪だ。かわいい。今度遊びに行こう』」


 問題の台詞ですね。うーん、話の流れからしても、詳しく聞いてもそれは、


「これが口説いていないっていうなら、口説くのって何よ?」

「そうですね。確かに、口説いてはいますね……」

「フィアナまでそう言うのか?」

「私はあくまで第三者の視点から言ってるだけですよアレンさん」

「よくわかってるじゃないフィアナさん? 」

「呼び捨てで構いませんよ」

「ならフィアナね。続きに行って大丈夫かしら?」

「まだ続くんですか?」


 てっきり終わりかと思っていました。最初に言っていた台詞までたどり着いたわけですし。


「当たり前でしょう。だった一回口説かれだけでここまで来ないわよ」

「それもそうですね」

「でしょう。じゃあ話すわよ。

 アレンに誘われた通りにそのあと一緒に遊びに行ったの。何回もね。呼び方も今みたくなっていったし。

 けど、ここ最近はそれがまったくない。なくなったのよ。

 そしたらなに? 別の女の人とデートしてるって。聞いた時私はびっくりしたわよ。だからこうして来たの。ことの真相を知るために」


 どうやらモブ子Aさんはそれなりに親しい仲だったようです。だからここまで怒って、こうして勢いそのままに乗り込んで来たわけですか。


「これに対してアレンさんは何かありますか?」

「ある」

「この場に及んでまだあるの?」

「まあまあ。落ち着いてください。相手の意見を聞くことも大切ですよ」

「わかったわよ。あなたにたしなめられるのは癪だけど」

「じゃあアレンさん、どうぞ」

「そもそも俺はお前を口説いていない。女性を褒めるのは紳士として当然のことだからな」


 それは、そうと言われてしまうとそうかもしれません。特にアレンの場合はそれが地でもあるでしょうから。


「食事をしたのは」

「それはお前がふらふらしていたからだ。そんな女性を放り捨てることはしない」

「じゃあ、遊びに行ったのは何よ」

「食事で気が合ったから遊びに誘ったまでだ。話は盛り上がっていただろう」

「それは、そうだけど……」

「そもそも本気で口説くなら、遊びに行こうなんてことは言わない」

「そんな……」

「……わかっただろう。俺はあくまで友人として接していただけだ」


 モブ子A撃沈。彼女は拳をキュッと握りました。悔しそうというか恥ずかしそうというか、情けないという表情です。

 そんな彼女に打って変わるようにモブ子Bが次なる裁判に名乗りを上げました。


「では、次は私の番ですわね」


 さて、何故か彼女はもう撃沈しそうな気がします。とりあえず聞いてみましょう。

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