8話 花園の後に

 お茶会は続いた。アレンとは様々な話題に花を咲かせた。街のこと、自身の自慢話、跡継ぎについて、自慢話。

 数時間にもわたって話せばさすがに疲れるもので、私は休憩を挟むことにした。


「あの、お手洗いはどちらに」

「部屋を出て右に進むと右手にございます」

「ありがとうございます。少し失礼しますね」


 私は席を立った。疲れたなんだ言っているけど、普通にトイレに行きたかった。


 部屋を出て言われた通りに歩くとトイレがあった。

 この世界のトイレはそこそこといった具合で、魔道具なるものを応用して水洗トイレに近いものになっている。衛生的に問題はなく、そこは安心出来た。本当に、切実に。

 どうやらこの屋敷では男女兼用トイレとなっているようで、扉を開けて入るとあら不思議、地球での私の部屋より少し狭いくらいだ。


「はぁ、疲れた……」


 私はとりあえず用をたす。あ、下世話な話ですが変化は解いていませんから、女性のままです。失礼しましたっ!

 まあ、こんなおかしな話をしてしまうあたり、俺も気疲れしているのだろう。口調も戻ってるし。


 しかし、


「どうしたら『虜』が使えるんだ?」


『虜』。俺の能力『萌え』の二つある効果のうち一つ。一つはご存知、対象の理想の萌えへと変化する『理想変化』。これは問題なく使える。現にアレンへの接触はこれを用いているのだから。

 そしてもう一つが『虜』だ。これは萌えさせた対象を一時的にコントロールするというもの。が、使った事がない。というかそれ以前に、使い方がわからないのだ。

 何? 萌えさせたらって。曖昧すぎるだろう。

 それに萌えさせる事なら結構してるはず、だ。だって協会での仕事でロリコン共(ロリコン化させた奴もいる)を相手に、ロリコンホイホイとかつて同級生に名付けられた技を披露していたのだから。うん。


 それなのにだ。まるで、これっぽっちも、微小にも。『虜』を使える兆候がないっ! どうしたら使えるんだよ。繰り返すけど、萌えさせたらってどこからが? 深度が足りなかったってこと?だとしたらこれは思ったよりも、長期戦になってしまう。時間をかけていられないのに。これ以上、どうしたら心をつかめる?


「んっ。考えてても仕方ない。とりあえず今は少しでもアレンの情報を引き出そう」


 お手洗いを借りるには少々長居し過ぎた気もするが、そこはまあ女性の嗜みと誤魔化せばいいか。


「たどり着けたようで何よりでございます」

「もう驚きませんよ、エルバードさん」

「そうでございますか。いえ、そんなつもりはございません」


 トイレを出るとエルバードさんが待ち構えていた。いやね、ぶっちゃけ少し驚いたよ?だって、


「こう目の前で待たれると、恥ずかしいのですが」


 女性がトイレにいるとき前で待つとか、普通にありえないんですけど。乙女の秘密の花園だぞ。


「それは失礼いたしました」

「それで、私に何か用があるのではないですか?」


 それはそうだ。わざわざ主人から離れて俺のところに来るということは、アレンのいる場所では言えない事を話したいという事。でなければアレンから離れてトイレに向かった客人に話には来ない。


「……」


 エルバードさんは面食らったような表情を一瞬見せ、次には懐かしい思いを馳せたように口を開いた。


「似ているのは容姿や性格だけではなく、聡明なところもでございますか」

「アシュレイさんのお話ですか」

「左様でございます」

「お話聞きますよ」

「本当に、アシュレイ様と話しているようです」


 エルバードさんは私を近くにあった部屋へと招き入れた。そこはどうやら客人室のようで、座る場所もあった。エルバードさんのエスコートで私が席に着くと、エルバードさんも対面の椅子に座った。

 私は目線で話すように促す、いや、いつでも構わないと優しく待った。そして、前置きもなくぽつりとエルバードさんは語り始めた。


「アシュレイ様は、本当にフィアナ様に似ておられました。清楚で、聡明で、茶目っ気がある。当時この屋敷に勤めていた使用人は皆アシュレイ様をお慕いしておりました」


 語られたのはアシュレイさんの話だった。


「まだ幼かったアレン様もそんなアシュレイ様が大好きで、お母さんお母さんと後ろを付いて回っていました。アシュレイ様はアレン様に色々な事をさせ、アレン様も素直に取り組む。微笑ましい日々でした」


 あのアレンが、ね。誰であってもかわいい時期はあるものなのだろうか。まあ俺は現在進行形でかわいいのだけれども。と、茶々を入れることは当然せず、目を離さず、かといって力み過ぎず、あくまでエルバードさんが話しやすいように体裁を整え続ける。エルバードさんが今、ほぼ初対面の俺に話してくれているのは、俺がアシュレイさんのようだからだ。これを崩す訳にはいかない。


「ですがある日、事件が起きました」


 そう言ったエルバードさんの顔は苦々しいものだった。


「アシュレイ様は出かけるのが好きでした。よく『新しい事が沢山学べますから』と、おっしゃっていたのをよく覚えています。

 ですのでその日も、アレン様を連れて隣街にまで出かけていました。事件が起きたのはその帰り道の事でした。

 当時の交通路は今よりも少し危険でした。というのも、魔物が度々出現してしまうからです。迷宮から逸れた魔物は、人の多くいる場所へと向かう習性があります。ただ、その可能性は極小さなものなのです。

 しかしアシュレイ様はその、極小さな可能性に命を奪われたのです。お察しの通り、逸れた魔物に襲われたのです」


 エルバードさんの手が硬く握られた。苦々しかった顔はだんだんと痛々しい顔へと変化した。止められない感情の滲む独白だ。


「私は、間に合わなかったのでございます。アシュレイ様が魔物に貫かれる瞬間にも、それを間近で見てしまったアレン様にも。

 私は、それを見ることしか出来なかったのです。執事でありながら、お仕えする身でありながら、間に合わなかった。

 アレン様が荒み始めたのはそれからでございます。変わったと言った方がいいでしょうか。とにかく、愛していた母を目の前で殺される瞬間を見たアレン様の心には、深く傷が付きました。

 そのせいか、アレン様は冒険者が好きではないのです。頭ではわかっていても、何故逸れの討伐をしていなかったのかと、冒険者を憎んでいます」


 そんなことがあったのか。だから冒険者協会に税金を納めさせるなんて嫌がらせに近い事をした。だから亡きの母親の面影を探して女性を口説いて回った。だから、理想の姿がアシュレイさんに酷似していた。


「そしてです。事件以来、ここまでアレン様が心を開いた人物もいません。フィアナ様だけなのです。フィアナ様なら、その傷を癒す事が出来るのではないかと、老人の儚い思いなのです」


 ですから、と続けて。


「アレン様を、救っていただけはしませんか」


 人を救う。とは、随分と大それたことだ。というか、それは傲慢で上から目線な行為じゃないのか。それに、俺に誰かを救うことなんてできるわけがない。

 俺はただかわいい、いや、超かわいいだけの男の娘だ。そう、それだけだ。チートなハーレム主人公みたく、正義感があるわけでも、冷徹な復讐心があるわけでも、偶然に助けられる強運の持ち主でも、悲運を乗り越える強さがあるわけでもない。

 俺は、ただ萌えさせることしか出来ない男だ。だけども、だからこそ、こと人を癒すことにかけてはチート主人公に負けるつもりはない。俺は無自覚に生きてきたつもりはないし、自分を理解しようと努力した。

 だから、ほんの少しの手助けをするくらいな俺にでも出来ると思うのだ。

 冬のように寒いアレンの心に春を感じさせるーー愛を萌えさせる。

 元より俺の目的はそれだけ。


「アレンさんは優しい方ですので、きっと大丈夫です」

「本当に、アシュレイ様のようでございます」



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