第8話

               ゴキブリの恩返し

 盗人は台所で一匹のゴキブリを見つけたのだった。すぐに殺すことも考えたが盗人はこう考えて思いとどまった。

「こんなちっぽけな虫にも命が宿っている。そう簡単に殺してもいいものか。それに俺の今の境遇はこのゴキブリと何が違うのか。思えば哀れなものよ。今日のところは逃がしてやろう。」

 箒で表に掃き出した。


 翌日盗人の家を尋ねる者があった。一人の若い女だった。女は上から下まで焦げ茶色の着物をまとっていた。

「訳あって私は身を寄せる所のないものでございます。どうか私をここに泊めて下さいませ。そのお礼としましては身をすり減らし、体が平たくなるまで働くつもりです。」

 盗人の方でも別に断るいわれはない。女は居つくことになった。


 女は実によく働いた。実際女の動きは素早かった。しかも仕事をこなすのに手が四本はあるのではないかと思えるくらいの働きぶりだった。盗人は満足した。そして女に愛情すら感じたのだった。しかしある気掛かりな一点が盗人を引きとどめた。

「あなたは私の作ったものを全く口にしません。熟れ切った果物や虫の卵料理はお口に合いませんか?」

 しだいに盗人は疑念を抱くようになった。

「俺はもしかすると魔性のものに憑りつかれているのではないか?」

 心当たりがない訳ではない。疑念を解消すべく盗人は一つの策を思いついた。


 翌日女の姿はなかった。やはりそうだったのか。ゴキブリホイホイの中に茶色い影が見えた。




                日本昔ばなし

 昔々、あるところにお婆さんがいて、お爺さんはいる所にはいるのですがいないところにはいませんでした。このおばあさんにはお爺さんがいなかったので借りて済ませることにしていました(この時代ではお爺さんとはいいのを借りてくるものだったのです)。ところでこのお婆さんにはどうやら息子が一人いたようです(「あ、俺だけどさ。会社の金を使い込んでしまって至急七百万円必要なんだ」)。しかし実際にいたのは娘だけでした(「あっ、これもらって帰るから。これも」)。


 ある日のこと、お婆さんは安売りの話を聞きつけてすぐに駆け込みました。

 またある日のこと、お婆さんは気分がすぐれなかったので一人のお爺さんを借りてきました。お爺さんは山にしばかれに、お婆さんは町に命の洗濯に行きました。お爺さんの遺体は「ここ掘れ、わんわん!」と啼く犬によって発見されたということです。お爺さんの保険金は満額お婆さんに支払われ、お婆さんの気分は良くなりました。

 別のある日、お婆さんは違うお爺さんを借りてきたのですが、お爺さんは「植木に花を咲かせましょう!」と言って植木の世話ばかりしていたので返却しに行き、その帰りに桃を買って来たのでした。そしてその桃を割ってみると中から現れたのがこれが何とまぁ、いい男!お婆さんは完全に惚れ込んでしまいました。そしてその若者と二人で鬼ヶ島に鬼を退治に行く夢を語り合いながら黍団子を食べて平和に暮らし、極楽往生したということです。めでたし、めでたし。

 お婆さんの家は今は取り壊され敷地跡には三軒の家が建ってるとか。

 

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