未成年は18禁本を見ちゃいけない

「なんか、初対面なのにゴメンね。変な奴らで」

栞里ちゃんに椅子を勧めながら、ぼくは彼女をうかがった。

イベント自体にまだ慣れてない彼女は、左右のスペースを見回したり、テーブルの上の本を眺めたりと、落ち着かない様子。


「ううん。ちょっとびっくりしたけど…」

「しばらくここにいて、イベントの雰囲気に慣れるといいよ」

「うん」

「売り子っていっても、そんなに難しい事ないから。お客さんからお金受け取って、この紙袋に本を入れて渡すだけ。

あ、このノベルティとペーパーもいっしょに入れてね。こっちのポスカは1枚150円だけど、10枚以上まとめ買いした人には、1枚120円で計算するんだよ」


テーブルに並べられた本やグッズの値札を見せながら、ぼくはだいたいの流れを説明した。


「…これ。お兄ちゃんが描いた本?」


山積みになった本を一冊手に取って、栞里ちゃんは訊きながらパラパラめくる。


ヤバい!


それはR-18指定の、『リア恋plus_高瀬みく』触手系陵辱本。

今まで描いたヤツで、いちばん鬼畜度の高い本だ!

18歳未満の栞里ちゃんが見ちゃいけない!


「………」


栞里ちゃんは真っ赤になってパタンと本を閉じてテーブルに戻し、うつむいた。


「……エロい」


ひと言そうつぶやくと、ジトっととがめる様な視線でぼくを見る。反射的にぼくは謝る。


「ご、ごめん」

「…ま。いいけど」

「一応18禁本だから、栞里ちゃんは中身見ないで売ってね」

「…そうする」


なんか気まずい。

ぼくがこんなエロマンガを描いて売ってるのを、栞里ちゃんに知られるのって。

そう思いながらふと回りに目を向けると、何人かのオタクっぽい男が、このサークルスペースを遠巻きにして、様子を伺ってるのが見えた。


それだけじゃない。

近所のサークルの若い男の売り子たちも、お互いひそひそと話をしながら、盛んにこっちを気にしてる。


そりゃそうだ、、、

美少女系18禁サークルが並んでるこの島は、イベント会場の中でもいちばんディープなゾーンで、いかにも『ヲタク』といった風情の、冴えない若い男ばかりが集まってる。

そんな、掃き溜めの中に舞い降りた天使みたいに、栞里ちゃんはひとりキラキラ輝いてて、美少女オーラをムンムンと放ってる。

しかも、超レアな高瀬みくSSRコスチュームまで着てるのだ。回りから浮いて見えるのも当然だ。

そう言えばさっきから、ひとりもお客が来ない。

このサークルの前だけ、不自然に人が寄りついてこないのだ。


それもわかる気がする。

ぼくがバイトしてる本屋だって、たまに若い男がエロ本を買いにくるけど、レジに女の子がいない時を見計らって本を持ってくるもんな。

それも、必ずと言っていいほど、表紙を裏にして本を出す。

自分が日常的にエロマンガを描いてて、そういうのは慣れっこになってるせいで、エロ本を買うのが世間的にはすごく恥ずかしい事だってのを、すっかり忘れてた(笑)。


「きゃははは。なんかキモ~い。グロ~い。なに、このバレーボールみたいなデッカイおっぱい? ありえない~♪」


いきなり栞里ちゃんが笑い出した。

隣を見ると、ぼくのR18本を読んでるじゃないか!

こらこら。

未成年は読んじゃイカ~ン!


「『ふふふ。このヌルヌルとした感触がそそられるだろ?』

『やっ、やめてぇ。それ以上いじられると、気が変になっちゃうぅ』

『いいぞいいぞ。おまえのその淫靡いんびなからだの中に眠ってる快感を、全部吐き出すのだ』

『ん、、んん、いやぁ、、』

『さあ、みく。解放せよ!』

『ああああっ』

うわ〜、なんかすっごい」

「しっ、栞里ちゃん〜、、 声に出して読まないで!!」


自分の描いた漫画を朗読されるのが、こんなに恥ずかしい事だとは。

特にこんな美少女があっけらかんと。

まるで公開処刑。恥ずかしくて死にそう。。。


「ね。この『高瀬みく』って子、お兄ちゃんがさっき見せてくれた、恋愛ゲームの女の子でしょ?」


栞里ちゃんは好奇心たっぷりに本をめくりながら、触手が絡まり、白目になって喘ぎ声を出している全裸のキャラを指さす。

さっきの恥かしいのも忘れたみたいで、切り替えが早いっていうか、女の子って環境にすぐ順応する生き物なんだな。


「そ、そうだよ」

「え~~っ?! もしかして、今着てるこの服って、高瀬みくの服なの?」

「そっ、そうだけど…」

「む~、、、 あたし、ライバルのコスプレしちゃってたのかぁ~…

ん~~、、、 まあ、いいや。可愛いから許す」

「え? ライ…」

「ねえねえ。もしかしてお兄ちゃんも、こんなことしたいと思ってる?」

「えっ。そ、それは、、、」

「ったく。男の人ってみんなエッチなんだから」

「ごっ、ごめん。それより、さっきのライ…」

「あの、、、 こっ。これ、お願いします」

「あっ。いらっしゃいませ~」


『ライバルって、どういうこと?』


そう訊こうとした時、遠巻きに見守ってたオタクたちからついに勇者が現れ、テーブルの本を取り上げて栞里ちゃんに渡した。


「そっ、それって、みくちゃんのスーパーアイドルデート服ですね。すっ、すっごい似合ってます。可愛いっす」


嬉しそうに本を受け取った勇者オタクは、鼻の穴を広げて興奮気味に栞里ちゃんに話しかける。


「あ、ありがとうございます」

「あの。これ下さい」

「あ。ぼくにも」

「あの~。これいくらですか?」

「高瀬みくコス、すこぶる可愛いらしいでござるよ」

「萌え~っ! リ、リアル高校生ですか?」


勇者の登場を待っていたかの様に、ひとりが買い物をはじめると、一斉にお客が集まってきて、スペース前は一転して大混雑となった。

だれも、作者のぼくの事なんか目もくれない。

みんな、みくタンのコスプレをした栞里ちゃんから、本を渡してもらいたいらしい。


「買ってくれてありがとう。みくの恥ずかしいあそこ見られちゃうけど、嬉しいです。新刊も楽しみにしといてね」


栞里ちゃんもだんだんノッてきたのか、そんな営業トークまで織り交ぜる様になった。

ついには握手を求めてくるお客も出はじめて、そのうちみんな本を買ったあとに手を差し出す様になり、まるで某アイドルグループの握手会みたいになってしまった。


つづく

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