もう二度と会えないかもしれない
その時、視界の片隅の雑踏の中から、じっとこちらを見つめてる人影に気がついた。
何気なくそちらを見て、今度こそぼくの心臓は止まった。
栞里ちゃん!?
ぼくは目を凝らす。
間違いない!
栞里ちゃんがそこにいて、こちらをじっと見つめてるのだ!
「しっ、栞里ちゃんっ!」
我を忘れて、ぼくは椅子から立ち上がり、大きな声で彼女を呼んだ。
ヨシキも麗奈ちゃんも、思わずぼくの視線の先を追う。
栞里ちゃんは一瞬戸惑った様だったが、目を逸らしてクルリと背を向けると、人ごみの中に紛れていった。
「追いかけろよ!」
呆然と立ちすくんでたぼくは、ヨシキの一喝で我に返った。
そうだ。
これが最後のチャンスかもしれない!
今を逃したら、もう二度と栞里ちゃんに会えないかもしれない。
「すまんっ。ヨシキちょっと頼むっ」
そう言い残して、ぼくはサークルスペースを飛び出し、栞里ちゃんが消えていった方へ走っていった。
会場の端のコスプレ撮影スペースの隅で、ぼくは栞里ちゃんを見つけた。
奇抜で色とりどりのアニメやゲームの衣装を纏った女の子たちが、いっしょに写真を撮りあって騒いでたり、胸の谷間やお尻が露わになったきわどい衣装のレイヤーに、カメコ達が群がってたり、ごっつい一眼レフに向かって剣を差し出して、ポーズをキメてたりしてるレイヤーたちの向こうに、彼女はいた。
「栞里ちゃん!」
人ごみをかき分けて息を切らしながら走り寄り、ぼくは声をかけた。
ロリータっぽいピンクのカットソーに超ミニのプリーツスカートという、キラキラしたコスプレまがいのカッコで、栞里ちゃんは会場の壁にもたれかかってうつむいてる。
これはぼくが買ってあげた服じゃない。
髪はツインテールにしてるけど、長さが足りずに箒の毛先みたいに跳ねてるのが、なんだか可愛い。
栞里ちゃんはうつむいたまま、小さな声で応えた。
「こんにちは…」
「こっ、こんにちは。久し振り、、、ってのも、なんだか変かな」
「…」
「イベント、来てくれたんだ」
息を弾ませて、ぼくは言ったが、栞里ちゃんは相変わらずうつむいたまま、素っ気なく答える。
「…別に。お兄ちゃんに会いに来たわけじゃない、から」
「あ、、、 ああ…」
「イベント、興味あったし、行くって約束してたし…」
「ああ。でも嬉しいよ。栞里ちゃんが来てくれて。だけど、よくここで開催されてるって分かったね。今日も他のとこでイベントやってるんだけど、ぼく、話したっけ?」
「ネットで調べた」
「そっか。もう会場の中、見た?」
「ちょっと回ってみたけど、よくわかんなくて」
「案内しようか?」
「…怒ってない?」
歩き出そうとしたぼくに、栞里ちゃんは探る様に言った。
「え? なにを? 別になにも怒ったりしてないけど… どうして?」
「原宿に行った時、あたし、いきなりキレて帰っちゃったから…」
「ああ。でもあれは、ぼくが悪かったんだし」
「あたし、、、 パニクってて」
「え?」
「なんか、わけわかんなくなって、頭煮えたぎっちゃって…」
「どっ、どうして?」
「お兄ちゃんとは、カレカノとかじゃないし、だれとつきあってたって構わないんだけど… なんか、隣でこそこそ電話されたりするのがイヤで…」
「ああ。あの時の。 …ちょっと待って」
ぼくはポケットからiPhoneを取り出し、『リア恋plus』を立ち上げて、栞里ちゃんに画面を見せた。
「あの時電話で話してたのは、この子なんだよ。いい?」
そう言って、ぼくは画面の高瀬みくに話しかけた。
「こんにちは。みくちゃん」
『ミノルくん。こんにちは』
「元気だった?」
『わたしは元気、よ。ミノルくん、は?」
「今日も暑いね」
『今の気温は、32.5度、よ。暑いはずだよね』
「じゃあ、またね」
『もうおしまい? もっとお話し、したかったな』
電話を切って、ぼくは栞里ちゃんを見た。彼女はただ、画面のなかで微笑んでいる3D画像のみくタンを、呆然と見つめているだけだった。
「ってわけで、電話の相手はこのゲームの、バーチャルカノジョなんだよ」
「…」
「あの時はごめんね。ぼくってほら、ディープなオタクだから、栞里ちゃんといる時もゲームやめられなくって」
「…最悪」
「ごっ、ごめん」
「さっきの、おっぱい大きい可愛い女の人は…」
「え? あ。あぁ、麗奈ちゃん? ただの知り合いのコスプレイヤーさんだよ」
「…つきあってるわけじゃないの?」
「えっ? ないない! つっ、つきあったりしてないよ。全然!」
後ろめたさが心のなかをかすめて、ぼくは全否定する。栞里ちゃんはため息を漏らし、つぶやいた。
「、、、なんか。あたし… バカみたい」
「え?」
「もういい!」
栞里ちゃんはすねる様にそっぽをむく。
とその時、アニメのTシャツを着て度の強いメガネをかけた、いかにも『オタクカメコ』といった感じの脂ギッシュな小太りの男が、額の汗をハンカチで拭いながらこちらに寄ってきて叫んだ。
「萌え~っ! とっ、撮らせて下さ~い!」
「えっ?」
男はそう言うと、驚いてる栞里ちゃんの返事も待たずにしゃがみ込み、いきなりローアングルからごっつい一眼レフカメラを、栞里ちゃんに向けた。
「えっ? なっ、なに?」
なにがなんだかわからず、栞里ちゃんは戸惑ってる。
こんな低い位置から写真撮られれば、パンツも丸見えになっちゃうじゃないか。
ぼくは思わず栞里ちゃんとカメコの間に割って入り、レンズに手を差し出しながら言った。
「やっ、やめて下さい! この子、レイヤーじゃないんです!」
「ええっ? すっ、すみません;」
カメコはびっくりして撮影をやめ、あやまりながら逃げる様に去っていく。
ぼくは栞里ちゃんの様子を伺った。いきなりあんな変な事されて、さぞかし気味悪がってるんじゃないのか?
「びっくりした~!」
栞里ちゃんはそう言って目を丸くしてぼくを見ると、いきなり笑い出した。
「あははははは。なに? あの人? あれがカメコ? 変なの。なんかキモい世界~。あはははは」
そう言ってひとしきり笑うと、ぼくを見てからかう様に言う。
「お兄ちゃんの方が、ずっとまともだね」
「へ? あんなカメコと較べられても、ちっとも嬉しくないんだけど」
「それもそっか」
「は、はは」
「…ありがと」
「え?」
「かばってくれて。なんか、、、 嬉しかった」
そう言って、栞里ちゃんはちょっぴり頬を赤らめる。
もしかして、今のでポイント稼いだのか?
やった!
つづく
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