恋とかできるわけがない
茉莉 佳
1st stage
目覚めたら美少女がとんでもない
真夏のコミケ会場は、マンガ好きのぼくでも、あまり行きたくない場所だ。
会場のキャパを超える程に押し寄せた人間で人いきれがして、そこに刷りたてのインクと、オタクな男どもの
客でごったがえし、会場がヒートアップしてくると、ホールの上空には冷房の寒気とヲタクの熱気がぶつかりあって、水蒸気、いわゆる『コミケ雲』まで発生する始末。
コミケ歴8年の自分でさえも、『同人誌を売る』って目的がなけりゃ遠慮したいくらいで、パンピー(一般人)の耐えられる場所じゃない。
開場の時間が近づくと、『通路にいる方は避けてください』という、スタッフへのアナウンスが流れてくる。ゲートが開くと同時に、いっせいに客がホールになだれ込んでくるからだ。
『会場内では走らない』という厳しいルールがあるので、昔のように走って人気サークルへ突進する光景は見られなくなったが、かわりに必死の形相で、みんな競歩のように早足で歩いてくる。
その光景は、まるで人間津波。
飲み込まれたらひとたまりもない。
とにかくみんな、お目当てのサークルで、エロにまみれた同人誌を買い漁りたいのだ。
人気サークルの本は、あっという間に売り切れる。欲しけりゃ少しでも早くサークルにたどり着くしかない。
なかでも、ひときわ人気があって競争率も激しいサークルは、混乱を避けるため、壁際に配置される。
いわゆる、『壁サークル』ってやつだ。
壁サークルの前には長蛇の列ができ、山の様に積まれた同人誌がみるみる減って、売り子は汗だくになって本を渡し、お客から受け取ったお金を、
コミケは年に2回あるので、わずか2日で一年分を稼ぐ計算だ。
原稿を描いたり本を作ったりという手間はあるものの、自分の欲望をぶちまけたエロいマンガを描いて、それで稼ぐ事を覚えたら、フツーのサラリーマンなんてやってらんない。
もちろん商業誌からのお誘いもあるけど、あちらはオリジナルのストーリー勝負しなきゃいけないから、まず世界観を構築するのに手間暇かかるし、画力と話の構成力もないとやっていくことはできない。
『人のふんどしで相撲を取る』と
「相変わらず大手さんは凄いよな~」
壁サークルの長い行列を眺めながら、隣で売り子を手伝っているヨシキがつぶやいた。
彼はイラストも描くが、メインはコスプレイヤー目当てのカメコだ。
いかにも『ヲタク』といった、腹が緩んだだらしない体型でブサイクなぼくと違い、ヨシキは顔もスタイルもよくて、女の子とのコミュニケーションスキルも高く、ぼくの知る限り、カノジョが絶えたことなく、写真の腕は神クラス。
『ヲタク』という共通点以外、なにもかもがぼくと正反対で、同性の敵を作りやすいタイプだ。
「まあね。でもうちのサークルも最近売れてきてるから、次は『お誕生席』くらいになれるだろ」
たくさんのポスターを丸めて突っ込んだリュックを背負った男性客に、昨日刷り上がったばかりの、『リア恋plus』の『高瀬みく』エロパロディ本と、お釣りの小銭を渡しながら、ぼくは息巻いた。
ぼくの参加ジャンルは、美少女ゲームのエロ二次創作。
今人気の恋愛シュミレーションゲーム、『リア恋plus』のキャラクター、『高瀬みく』の、ちょい鬼畜入った18禁ストーリーとイラストがメインだ。
だけど、、、
ぼくの心の中には、満ち足りないなにかが、いつももやもやと渦巻いてる。
そりゃ、今描いてるギャルゲーのキャラには、自分的にも萌えてて、そのキャラがエロいシチュエーションで
オリジナルな作品を、いつかは描いてみたいという想いが、頭をもたげてきたのだ、、、
「今日はお祝いだ! パ~ッとやろうぜ!」
コミケが終わった夜、売り上げ新記録達成のお祝いに、ぼくとヨシキは浮かれて街に繰り出した。
何軒か居酒屋をはしごして、ベロベロに酔って、ヨシキは途中で合流した、美咲麗奈というコスプレイヤーの女の子と、『個撮』と称してホテル街に消えていき、ぼくはどこをどう帰ったかわからないけど、とにかく自分のワンルームマンションにたどり着いてベッドに潜り込み、そのままボロ切れの様に眠った、、、
、、、と思っていた。
「うう…」
二日酔いで頭が痛い。カーテン越しに入ってくる日射しが目に滲みる。
「今… 何時だ?」
今日は昼からバイトが入ってる。
ベッドの横の目覚まし時計を取ろうと、ぼくは腕を伸ばす。
“ムニュ”
ん?
なんだ?
この柔らかくて暖かな感触は、、、
「え、、、 ええ~~~っ!!」
寝返りを打って、その物体を確かめたぼくは、予期しない出来事にびっくりして、ベッドから転げ落ちた。
寝ぼけた目をこすって、それほど大きくもない目を見開いて、もう一度『それ』を見る。
間違いない!
おっ、女の子が、、、 隣で眠ってる!
「な、、、ななな…」
『なんで知らない女の子がぼくのベッドで寝てるんだ?!』
と言いたいのだが、あまりのショックにパニクってて、言葉にならない。
こんなシチュエーションは、マンガやライトノベルじゃよくあるパターンなんだけど、それが実際に自分の身に起きると、えらく面食らうもんだ。
気持ちを落ち着かせる様に、ぼくは何回か大きく息を吸うと、改めて少女を見た。
まだ中学生くらいだろうか?
仄かなピンクに色づいたふっくらとした頬に、ぷにっとした可愛らしい唇が、あどけなさを残してる。
閉じられた瞳は睫毛が長く反ってて、とっても綺麗で、美少女の予感。
肩ぐらいの長さの髪は深い栗色でサラサラしてて、ハイライトがつやつやと輝いてる。
ほっそりとしたうなじが髪の隙間からのぞき、肩から腰、太ももに続くラインは、なまめかしい曲線を描き、えらく官能的だ。
ぼくのTシャツ一枚で丸まって眠ってるんだけど、シャツの裾からは白いパンツが覗いて、すらりと長い脚が露わになってる。
う~ん、、、
心臓がバクバクしてくる。
エロ画像なんて散々ネットで見てるけど、実際に間近で見る女の子のからだは、なんともいえない艶っぽさで、迫力がある。
仄かに体温を感じるところが、余計に生々しい。
未だかつてリアル女子と付き合った事がないぼくには、刺激的な光景だ。
「う、、、ん」
こちらに寝返りを打ったあと、彼女はゆっくりと目を
陽に透けてキラキラと反射する茶色の瞳が、、、 はあ… ふっ、ふつくしい。
まだなにか夢を見てるかの様に、彼女は焦点の定まらない視線をこちらに向け、かすかに微笑んだ。
天使?
それはオーバーな表現かもしれないが、マジでぼくはそう感じた。
トップライトの光が彼女の後ろから射し込み、髪にエンジェルリングを作ってる。
そんな視覚効果だけじゃない。
純粋で無垢な天使みたいな笑顔を、ぼくはその時、確かに彼女の中に見たのだ。
萌え絵とかの二次元じゃ、その美しさは表現できない。
つづく
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