第7話「鈍足の日常」
なぜ、死ななければならなかったのか?
苦しさなど、気づかずに
隠し通せていたのか
周囲の目は? 誰も気にしてもいなかったのか?
死
恐れなどなかったのか
なぜ、私は止めなかったのか?
会社人である私
休憩時間のトイレで鏡に映る自分の姿を眺めてみた
うっすらと口の周りに髭が残り、ヘルペスが出ていた
身体は、昨日と変わりなく映り
顔のシミや、ビタミン不足からくる肌の症状、眼はドライアイに
洗面台で手が止まった
「私は、こうやって疲れてゆくために生まれたのだろうか?」
孤独と、暗さと、パソコンの明かり
自分の部屋というものに帰った
でも、今日は何かが起きていい日
そんな予感がする日
私が生まれた日だから
こうして立ち返って、自分を奮い立たせる
だが、人生は変われない
私がかつて経験したものと同じまま
私が変えるべき時は、まだ先にある
自分と同じ境遇の身で
降下してきたものは居るのだろうか?
あの時と同じ場所を選び、あの時と同じ内容を線でなぞるように
タイミングも変えずに
神業ではなく、組み立てられてゆく日常があり
異なる視点の違う自分が中にいるだけ
見てきたもの全てを振り返り見てはきた
その時には分からなかった隠された事情みたいなことも
本当のことも、誤解してきたことも
納得することができたから
これは、これで良かったのだ
ただ、彼は死んだ
知っていたままに
彼の死はそのまま
回転するような遠近感と
識別された言葉にならない感覚とか
触れるための絆を得ることだとか
アルコールで感度が悪くなってゆくことだとか
歩き疲れた人々が集まる宿場のようなものが
人々の底にあり
ただ、誰かと唇を重ねるとき、
あとで、唇に残った感覚はなんだろうか?と考える
「これは、タンポポだね」
と、小さな身体の頃に近所の女の子が教えてくれた
でも記憶では、それはタンポポではなかった
私はそのとき「タンポポなんだ」と言って、肯定した
その女の子の世界観を修正しなかった
誤解された認識を改め直すことは、私は良しと思わなかった
「タンポポが好きなの?」と私が尋ねたら
「そうなの、タンポポ大好きなの!」
近所の空き地で、子供背丈では埋まりそうな草木が生える場所
タンポポではない茎をくるくると回しながら
タンポポの綿毛よりも柔らかい、表情を女の子が浮かべて
なぜか、唇にキスをされた
それもまた、タンポポの綿毛よりも柔らかに感じた
「なぜ、私は生まれてきたのだろうか?」と再び、考えた
「時期が来るまでは、自己主張を抑えて
余計なことをしてはならない。
君が取るべき行動は、来るべき時の一瞬の中で決まる。」
黒塗りの車で運ばれる時、中年の男が私に警告を与えた
会社の8階
会議のために暖房を入れ、テーブルや椅子を並べて、人を待った
窓ガラスは街からの眺めを一望できる並びになっている
窓に近づき、下を覗く
薄暗い地面
電信柱の街灯
赤みを帯びて照らされるアスファルト
吸い込まれてゆく感覚
想像してみた
そこに打ち付けられて
自分の骨がバラバラになる感覚
少し窓から離れた
窓から遠ざかり
もう一度、振り返って見た
窓ガラスの外の薄暗さ
窓を開けたら
その勢いのままに
どのようなスピードで
降下する間、何を考えるだろうかと
何が思い浮かぶだろうかと
後悔するのだろうか
誰か心配してくれるだろうか
悲しんでくれる人はいるのだろうか
噂で消える
そんな事故処理
ただ それだけの出来事
「同じことを繰り返してはならない」
地上の上では判らない気持ちがある
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