E22 古民家VSプレハブ
♪ ふんふんふんーふんふんふん。
♪ ふんふんーふんふん。
ひなぎくは、るんるん気分で鼻歌まじりに考えていた。
問題は山積である。
温泉から、作品を守る方法は何が最適か。
黒樹の住まいをアトリエデイジーに併設するか。
私は黒樹と未婚なのに同居してもいいのか。
アトリエ内の企画、ワークショップの充実、これで、アトリエ新世紀と言えるのか。
更地と聞いていた、アトリエ候補地に古民家が建っていたが、これはどうするか。
鼻歌の映画音楽のフレーズが終わる頃、目の前のことから片付けようと決めた。
「問題が山積していますが、先ず、古民家について当たってみましょうか? プロフェッサー黒樹」
先程まで、体がほてっていたが、ふるるっと身を震わせた。
ここは、結構涼しい。
「そうだな、どうするか。このままでは、見学もできない。ちょっと、俺に任せてみ。旧友もいる市役所だ」
「そうですね。お願いいたします」
黒樹は、スマートフォンで、いつもの標準語で話していた。
ひなぎくは、自分で問合せをしようと思っていたが、向こうの市役所の方に合わせて言葉を使い分けられる黒樹が適任だったと思った。
何でも自分でやりたがりの所があるので、黒樹は郷に入っては郷に従えと増長気味のひなぎくをセーブした。
「ああ。うむ……。うむ。そうですな、分かりました」
通話を切った黒樹の顔は俯いていた。
悪い知らせか、ひなぎくを不安にさせた。
つい、恐る恐る伺った。
「どうでしたか? 市役所の反応は」
「電話先でも親切だったよ。うむむ。古民家ではあるな。持ち主ははっきりしているようだ」
もったいぶった黒樹は、心の中で、舌を出していた。
「保存されているのかしら?」
一番肝心なことなので、虫歯が痛むポーズで、傾げてしまった。
ひなぎくの関心の高さが伺えた。
「真逆だ。貸し出そうと思っているから、物件に出しているらしい。持ち主の方は、なんと市役所にお勤めの方で、ご自宅はお勤め先に近い所にいるらしい」
ひなぎくは、つらつらと述べる黒樹に、目を丸くした。
一気に解決して、嬉しくもあった。
「実情に詳しいですねー」
「ご本人が電話に出られてな。持ち主殿だ」
口髭をつんつんさせた。
「き、奇遇ですね」
ずりこけた。
虫歯の痛むポーズ解除だ。
「中には入れないが、ぐるりと見てみるか」
ひなぎくは、こくこくと頷いた。
「へー、中々。いい木材を使っているわいな。うむ」
黒樹は、太い柱をポンポンと叩く。
「ああん、いいわ。木登りしたいです。うずうずします」
ぷるんぷるんと胸を文字通り踊らせて、くりっとした瞳で訴えた。
「ひー、な、ぎっくさん! パンダみたいで面白いっすね。実はユニークな所もあるんっすか。随分とガッチリした人かと思っていたっす」
遠慮なく笑った和は、蓮花の背中をポンポンと叩いた。
「和、ひなぎくちゃんは、もっともっと面白いべーべちゃんだぞ」
ひなぎくは、頬を餅みたいにふくらませた。
黒樹の子ども扱いにはちょっと残念に思っている。
子どもでは大人と結婚できないからだ。
「そうなんっすか。蓮花姉さん、聞いたっすか? ひなぎくさんは、楽しい人らしいっすよ」
寒い中、ひょいひょいと身振りで楽しくさせてくれる。
小学生チームに、面白いとウケていた。
「そ、そうなのかも知れないわね」
蓮花は、恋の仕方について、ひなぎくとは価値観が合わないと思ったばかりだからいい気はしなかった。
百歩譲っての一言だ。
「蓮花もべーべちゃんだな。まだ、二十歳か……」
蓮花は生まれてから二十年も経つのか。
元妻と交際していた時、蓮花は五歳、和は二歳だった。
翌年、黒樹が三人目の夫となった時、六歳と三歳か。
時間は、あっと言う間に過ぎるものだなと感慨深くなっていた。
「虹花は大人だよ。もう、トウシューズ履いているもの」
ルルヴェと呼ばれる背伸びをして、くるりくるりと回った。
「劉樹お兄ちゃんもいつも美味しいご飯を作ってくれるよ。大人だと思う」
虹花は自薦、澄花は他薦だった。
よく似た双子だが、内面が少し異なるようだ。
クローンのようでも個が確立しないので、これがいい形だろうとひなぎくは思った。
「いやあ、俺? 俺は、リセでは一匹狼の大人だったっすよ。単にモテないだけっすか? 髪型のせいっすかねー? 金髪短髪っす」
「もう、困ったわねー。誰か私のニードロップをいただきたいの?」
「木登りしたい、パンダちゃんのせいでしょ! ひなぎくちゃん」
黒樹は、ひなぎくへの突っ込みを生き甲斐にしている。
ニードロップは、大技である。
膝を上げただけで、チラリ。
「ピンクのパンティー! 『ガレ』もびっくり蝶の柄!」
再び突っ込むおじさま黒樹。
クリーム色のタイトスカートにひっかかりながらも唱える。
「あああん。黙っててよ。それに、『ガレ』は、シャルル・マルタン・エミール・ガレが正式な名よ。アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸が見事な作家ですよ。動植物の描写が美しいの」
「早口だな、ひなぎく! あー、すまん。思わず呼び捨てになってしまった。ひなぎくちゃんね、はいはい」
踊る、踊る、踊るプロフェッサー黒樹。
何も音楽がないのに、パンダマークのざあざあとする温泉の音の中、ステップを踏んだ。
そして、ひなぎくの手を取り、簡単なスロースロークイッククイックを綺麗な四拍子に揃えた。
ひなぎくも惚れた弱みか、これでお怒りも静まる。
ニーは、パンチラしただけで終わってしまった。
ドロップできなくて、落ち込みたいが、ニヤニヤって笑うのをこらえるのに、精一杯だった。
チャチャっとステップを止めた。
「はーい、本題です。木登りしませんから、古民家を一周して来ましょう」
明るい笑いが子ども達からこぼれた。
「古民家カフェとか、日本にありますよね。あれに近いムードがありますね」
「そうだな。ひなぎくちゃん。いい目をしているな」
ひなぎくが落ち着いて来て、黒樹は少しほっとした。
パリで常々指導していても、ひなぎくには実務が合うから、理詰めは厳しいのかも知れないと思っていた。
一つ一つ見ていた。
屋根は
入母屋だと、屋根の上部が
柱は、結構綺麗だ。
黒樹は、切り倒して使えるまで十年は必要だと言われる
台所や土台や根太などには、栗が使われている可能性があった。
多分、間取りは、この分だと部屋数が多そうだ。
ここの雨戸を戸袋にしまえば、長い縁側ができるだろう。
全く手入れをしていないと言う訳ではない。
それぞれに興味を持った所を見て回った。
「へえ? これが、カフェになるの? 劉樹お兄ちゃんは、お手伝いをしたいな」
前掛けを直す仕草は、小学生の男子とは思えなかった。
可哀想な生活をしていたのかなと、ひなぎくはしゃがみ込んで頭を撫でた。
照れ臭そうに劉樹が笑った。
「えへえー。ありがとうね。劉樹お兄ちゃん、何でもできそう。一番は何をしたいの? やはり、シェフかしら?」
「うん!」
劉樹の笑顔の後、ひなぎくは黒樹に振った。
「その前に、プロフェッサー黒樹にご相談なのですが、古民家とプレハブ住宅とどちらにお住まいになりたいですか?」
「ああ、その件か。質問されると思っとったよ」
教え子の考えること位は、黒樹も頭に入っていた。
「何を優先に考えるかなのですが」
「うむうむ」
黒樹は暫く小石を蹴ったりした後、必要性のある問いかけをした。
ひなぎくは、試練を乗り越えられるのか。
乗り越えられなければ、アトリエデイジーは白紙に戻る。
「ねえ、何を持っているの?」
「青いバラ」
誰かの声が、又、聞こえた……。
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