第六章 ヘリックの街
第24話 街の守護神
「な、なんか、疲れました……」
宿の部屋でぐったりと吐き出すようにアカネが言った。わたしもルリも同じような気持ちだった。
時は少しばかり遡る。
わたしたちは第五フィールドボスのルシフェルを倒し、意気揚々と第六フィールドの<ヘリックの街>へと足を踏み入れた。すると、すぐさま門番に呼び止められ、簡単な入国審査……ではないけれど、そんな感じのことをさせられた。
その後、街を歩いていたが、街並みは整然としていて、すれ違う人々は皆、きっちりと整った服装をしている。男性に至っては軍服と思しきものを着ている人が多くいた。
また、大通りに並ぶ屋台も一定間隔にきっちりと並んでいて、陳列されている商品も規格があるのだろうか、と思わせる程に同じものがならんでいた。
宿の人におそるおそる聞いてみると、理由がわかった。
この街は軍の治める街で、すべて軍規によって統治がなされている。そのため、街の雰囲気も規律が先行したものになりがちで、皆、軍人のように振舞うことを美徳としているのだそうだ。そのため、整然とした街並みや振る舞いが、随所で見られるようになったようだ。
……わたしからすれば、ただ息苦しいだけだが。自由に生きたいという思いは、変わらずにあるのだ、わたしには。
「……早めに次の街に行こうか。わたしにこの街の雰囲気は辛い」
わたしは希望を述べる。
「はい。そうしましょう。私も長居はしたくないですから」
「はい……。わたしもそうしたいです……」
二人もあまり良い印象をこの街に持っていないようだ。
こうして早めにこの街を出るという方針は決まったわけだが、肝心の次の行動が決まらない。というのも、わたしたちが攻略の最前線にいるため、情報が何もない。次に行けるエリアは、入ってきた西を除いて、北、南、東エリアの三つがある。つまり、勘だけで選べば三分の二の確率で外すことになる。確実に正解の道を選ぶには情報が必要だった。
というわけで、次の日、わたしはハンター協会を訪れていた。周囲のエリアの概観や出現するモンスターの特徴など、詳細な情報を職員さんから聞き出す。
得られた情報を簡単にまとめると、北は第五フィールドと同様にサバンナで、出遭えるモンスターも変わらず。東は川があり、そこから引かれた大規模な灌漑設備によって広大な畑が広がっている。街もそれによって支えられているとのこと。
南は古戦場で、かつてあった大規模な戦闘で荒廃した土地が広がっており、そこには、亡き戦士たちの遺体がそのままモンスターとなったゾンビ、骨がもととなったスケルトン、魂からスピリット、鎧を始めとした種々の武器、防具に魂が宿ることでモンスターとなったリビングアーマーなど、アンデッド系で溢れている。
そして、これがもっとも重要なことで、この南エリアを抜けた先に、あの第四フィールド東エリアから見えた海を臨む街があるらしい。なので、わたしたちは真っ直ぐ南エリアに向かいたいわけだが、物は試しで、ボスについて訊いてみた。
「フィールドボス、ですか? そのようなものは存じ上げないのですが……」
情報が得られないどころか、存在すら認知されていなかった。NPCたちはどうやって街を移動しているのだろう。というか、流通は存在しているのだろうか。いや、隣の街のことを知っているのだから、外部との交流はあるのだろう。思えば、フィールドで得られない茶葉を屋台で購入したことがあった。となると、どうやって?
そんな疑問は、助っ人によって簡単に解決されることとなった。
「随分、時間が掛かっているようだが、何かあったのか?」
そう言って、対応をしてくれていた職員さんの後ろから現れたのは、いかにもベテランといった見た目の職員さん。エリアとモンスターについての情報をいろいろと聞いていたので、随分と時間が掛かっていたのだが、それが気になって様子を見に来たようだ。
「いえ、トラブルとかではないのですが――」
それで、事情を至極簡潔に説明してくれる。そして、
「ふむ……フィールドボス、か。すまないが、お嬢さんたち、それがどういうものなのか説明してはくれまいか?」
ベテラン職員さんは、どうにも心当たりがあるらしい。そんな表情だった。
わたしは簡潔に説明する。と、
「なるほどな。やはり、お嬢さんたちは<アルテシア>だったか」
ベテラン職員さんは、勝手に納得した。受付職員さんは、疑問符がいっぱい浮かんでいそうな表情だ。役職ゆえか、年の功か。持っている情報量の差は大きかったようだ。
「え、えーと。なるほど、とは、どういうことなんですか?」
「ああ。<アルテシア>は俺たちと違って、街を出るには力を示さないといけない、というのを聞いたことがあってな」
当然のことながら、わたしたちも事情がさっぱり分からないので、受付職員さんと一緒にベテラン職員さんのお話を聞く。
まず、NPCが街から街へ移動する場合、ボス戦をすることはないらしい。そういうものが存在することすら知らない者がほとんどだろうとのこと。
ではなぜ、プレイヤーはボス戦をしなければならないのか。それは、フィールドボスの存在意義、つまり<アルテシア界>における位置づけを知る必要がある。ゲームにおける「超えるべき壁」とは違う見方をしなくてはいけない、ということだ。
では、世界にとって、NPCにとってのフィールドボスとはどんな存在なのか。一言で言ってしまえば、各街の守護神だ。<イグナシオの街>のバーサクボア、<ローウェルの街>のリカイニオン、<ハーヴィーの街>のブラックナイト、<ニネットの街>のヒキ、<ホクラニの街>のルシフェル。皆、等しく街で祀られている神だった。
そんな街の守護神たちと、なぜ、街を出る時に戦闘になるのだろうか。簡単に言えば、支持者を手放したくないからだ。
街の中にいる住人の数は信仰の規模と見ることもできる。街で生き、生産活動に勤しんでいれば、それは街の繁栄に繋がる。外へ出て行っても、それによって同じ数が入ってくれば問題ないし、それ以上に、その交流によって街に良い影響があることが期待できる。だから、もともと外に出ることが少ないNPCの行動には制限をかけることはしない。
けれど、プレイヤーは違う。街に留まることを知らず、街から街へ渡り歩く。どこかに留まることがあるとすれば、それになんらかの理由があるからで、局在することだって十分にありえる。そのため、街に留まらせたいと思えば、次に進むことを阻むしかないし、また、それだけのことをするメリットも存在する。現にヒキのいる<ニネットの街>はプレイヤーで溢れ返っている。
「守護神、でしたか」
わたしたちは思わぬ情報に驚きを隠せなかった。ただの邪魔者扱いだったボスが、実はそんな大それた存在だったとは。街にモンスターが入ってこないのも、このフィールドボス改め守護神たちのお蔭だというのだから、なんともいえない。
「そうなると、守護神たちと戦う私たちは、あまりいい印象がなかったりとか?」
アカネがおそるおそるといった感じで尋ねたが、
「いや、別にそんなことはないな」
あっけらかんと言ってのけた。
理由としては、まずそもそもとして、守護神たちはこの地に肉体を持つ存在ではなく、生死を超越した存在だということだ。なので、フィールドボスとして戦った守護神たちは仮初めの肉体、わたしたちの表現で言えばアバターを作成して、わたしたちの前に立ちはだかったことになる。つまり、アバターを倒したところで守護神たちには痛くも痒くもないわけだ。……心の方は別として。
そういうわけで、街の人々の認識は、守護神たちが仮初めの肉体を得て、<アルテシア>たちに試練を与えているというものになる。そのため、フィールドボスを破り試練を乗り越えていったことは称賛こそすれ、敵視するようなものにはならないそうだ。むしろ、ベテラン職員さんからすれば、<ニネットの街>の様子を聞いて、試練に敗れ死に戻りし続ける<アルテシア>たちを憐れむほどだという。
「そして、ここ<へリックの街>の守護神『マルス』様は軍神でもあられる。双槍の使い手で、聖獣のオオカミと聖鳥のキツツキを連れた姿で描かれることもあるな。戦って力を示すっつーなら、いると思っておいた方がいいだろうな」
ヒキの試練についての話題が出たので、ついでにこの街の守護神の試練についても訊いてみると、そんな答えが返ってきた。
……なるほど。ヒキのように、露払いがいる可能性があるわけか。まあ、あのゴーレムのように作り直しされないだけいいのかもしれないが……どうだろう。
「ああ、それと。お嬢さんたちの持ってる装備を見るとあまり必要な感じはしないが、なんか欲しいもんがあればここに行くといい。俺の知り合いの店でな、身内贔屓にはなるが、いい店だぜ。俺の紹介だと言えばいくらか負けてくれるはずだ」
……うーん。特に何か買う予定はないけれど、せっかくなので行ってみることにする。地図までくれたので、何かしら買わないといけない気がしてしまうのだけど。
そうして、わたしたちは対応してくれた職員さんたちに礼を言って、協会を後にした。
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