第4話 森の攻略
配信開始からゲーム内時間で三日目、つまり、わたしが<アルテシア界>に来て、二日目。わたしは正規ルートである東エリアの森に来ていた。何をしているかと言えば、採取だ。
わたしはルリとアカネと出会った後は、適当に食料や着替えを買い、宿をとった。食べ物はアイテム欄に入れてしまえば冷めたり痛んだりしないらしく、また、空腹度と渇水度が空にならなければいいだけなのでたくさんは必要なかった。服は初期のものがいかにも駆け出しといった感じだったので、店を見た時に迷わず買った。
しかし、やはり、体感時間で一日過ごせば眠気は感じるので夜は休む必要があり、また、空腹度と渇水度が一晩でどのくらい減るのかは知らなかったので寝る前に食事をしてから寝た。
で、その間に何をしていたかと言えば。
「[剣・一閃]」
「[短剣・隠刃]」
お、二人がちょうど戦闘を終えたようだ。
「ふぅ。……ルナさん、この周辺はだいたい狩れたと思います。生体感知の範囲内にはいないですね」
アカネが報告をくれる。「生体感知」は「索敵スキル」の技のひとつだ。一定範囲内のモンスターの存在を教えてくれるものらしい。そして、この報告の意味は、わたしの採取が終われば移動する、という意味だった。
「うん、おつかれさま。もう少し待ってて」
わたしは二人の戦闘に巻き込まれるおそれがあったために採取できなかったポイントへと移動する。森の中なのでどうしても開けた場所を主戦場にしたいのだ。
「はーい。……ふふ。でも、まさか、初戦闘から鉄装備でできるなんてね。びっくりだよね」
「あはは……。まあね。でも、まさか、錬金術スキルだけで武器が作れちゃうなんて、びっくりだよね」
ルリは剣を眺めて、楽しそうに言った。アカネは短剣をみつめて苦笑している。
そう。昨日、宿で二人の装備を作っていたのだった。わたしのスキルレベルでは「できそこないツルハシもどき」しか作れなかったのだが、得ていたスキルポイントで「魔力操作補助スキル」と「動作補助スキル」を取得したところ、それなりの形にはなった。後者はDEXのステータス補正が目当てだ。
スキルポイントというのは、取得しているスキルのスキルレベルが上がるともらえるポイントで、これを消費することで新しいスキルを得ることができる。取得にかかるスキルポイントは初期の五個から十個までは低く抑えられていて、それ以降は徐々に重くなっていく。取得可能なスキルは、現在表示されているものの他に、条件によって解放され、新たに追加されていくものもあるので、無駄遣いは厳禁。必要かどうかきちんと吟味してから取得する必要がある。
新たにスキルを取った後は、道中拾っていた薬草を片っ端から[錬金術・錬成]で掛け合わせ、いくつか失敗しながらも「中級薬草」と「中級魔草」を量産した。ちなみに前者がHP回復効果を持ち、後者がMP回復効果を有している。使うときは、アイテム欄から消費するか、具現化してすりつぶすかする。もちろん食べてもいいが、苦いのでおすすめしない。
そうして、スキルレベルを上げたところ、[錬金術・集中]を覚えたので、再度、鉄装備にチャレンジする……と、今度は上手くできた。鋳造でも鍛造でもない、完全一体化した剣。……まあ、生産者があれなので、購入したものとは比較しないで欲しい。さすがに本職の「鍛冶スキル」製には劣る。
「……よし。じゃあ、移動しようか」
わたしは採取を終え、二人に告げる。この森では毒持ちのモンスターが多い。よく遭うのはチョウとハチ。それよりもエンカウント率はやや下がるが、ネズミとフラワーも毒を使う。また、毒は使わないがオオカミも稀に出てくる。オオカミは基本一体で現れるが、敏捷性が高く、攻撃力もあるのでなかなか厄介な相手だ。
また、VRという特性上、モンスターと対面するとかなりの恐怖がある。二人が言うには武器スキルにある「心得」のお蔭で大分軽減はされているらしいが、「隠密スキル」と「投擲スキル」にある心得では軽減されている気がしない。やはり、戦闘は任せておいた方がよさそうだ。
「あ、もうお昼ですね。どこかで休憩しますか」
ふいにアカネが訊いてきた。わたしもメニューを開いて時間を確認する。と、確かに正午をとっくに回っていた。ついでに空腹度と渇水度を確認する……が、あまり減っていない。まあ、当たり前ではある。戦闘にはほとんど参加していないのだから。
「うーん。二人が必要ならって感じかな。まあ、一応、食事はしておこうか。空になってからじゃ遅いからね」
「はい!」
「はーい」
わたしは二人の空腹度と渇水度を懸念し提案する。そして、それに二人は元気よく答えてくれる。……うん。なんていうか、不思議な感じ。わたしはただの護衛対象の状態なのに。
そんなわたしの心情などお構いなしに二人による森の攻略は続けられていく。自画自賛ではないが、順調に進める理由はやはり、わたしの作る「毒消し」のお蔭という面がある。
毒消しは、森のどこにでも生えている「薬草」と「毒草」を掛け合わせるとできあがる。毒持ちのモンスターから毒がドロップすることは稀なので、基本的に毒草で作っていた。モンスター由来の毒でも試してみてはいたのだが、同じ毒消しができあがるだけだった。「鑑定スキル」では多少の違いがみられたが、実用上ほぼ違いがないことが判明したので、他の用途を求めて触らずにいる。
「あ、ここがいいかもしれません」
少し進むとアカネが言った。そこは森の途中にあった少し開けた場所。オートマッピングされたマップを見るに、完全攻略には、まだ、もうしばらくかかりそうだ。
わたしはアイテム欄を開き合成を始めようとすると、
ピコン。
軽い電子音とともに、ウィンドウが開いた。内容はアカネからアイテムが贈られたというもの。中を見ると相も変わらず「チョウの鱗粉」、「ハチの毒針」、「ネズミの尾」、「食肉花の種」、「オオカミの毛皮」等々。どう使ったらいいのかわからない素材ばかり。そんな中、少し気になるものがあった。
「……しびれ粉?」
この森で麻痺を使ってくるモンスターがいただろうか、と考える……が、記憶にない。もちろん、わたしは戦闘にあまり参加していないので、把握漏れがあったところで不思議でもなんでもないのだが。
そんなわたしの疑問に答えるようにアカネが口を開く。
「ああ、たぶんそれはレアモンスターのドロップですね。一度だけ雰囲気の違うバタフライが出たので、そいつだと思います」
「あ! それって、あの赤いきらきらしたアレ?」
「うん、それそれ」
二人はきちんと戦闘していたから思い当たるものがあるらしい。わたしはそんなものを見た記憶はない。おいてけぼりをくらった気がして毒消しの補充と、「回復ポーション」と「マナポーション」を黙々と作り始める。ポーション類は、中級薬草と中級魔草をそれぞれ「純水」と合成したらできた。保存の容器はそこそこの値がしたが、再利用が可能なので長期的には安い買い物と言えるだろう。
そうして、ある程度、作り終えたら三等分して出発する。
「ほんと、フィールドで生産できるってずるいですよね」
アカネが周囲を警戒しながら、口を開く。どうやら、生体感知の範囲内に、モンスターはいないらしい。
「ねー。使ってるはずなのにむしろ増えてくんだもん。びっくりだよー」
ルリは特に気にした様子はなく、のんきそうにそれに答える。わたしはポーションなんてまだ一度も使ったことがない。なので増える以外に選択肢はなかったのだが、どうやら、ルリもポーション類が溜まり始めているらしい。
「まあ、薬草だらけだしね。次の街に着いたら、中級に手を出したいね」
スレッドを見る限り、生産組が中級ポーションの作成に成功し、販売しているらしい。また、上位の攻略組はすでに次の街で活動をしている様子。別にトップになりたいわけではないので急ぐつもりはないのだが、最初の街は人が多いのでとっとと次の街に移動したい。そういう思いがあった。
「次の街、ですか……。たしか、このフィールドのボスはイノシシでしたね。なんか、マンモスとかいうコメントもありましたが……」
「うん、そうだね。イノシシらしいよ。ただ、大きすぎてイノシシじゃないって言ってるだけで……」
アカネの言葉をわたしは肯定する。わたしも攻略情報はチェックしていた。
「イノシシなのにイノシシじゃない、ですか? なんだかややこしいです。それって、ほんとにイノシシです?」
ルリがもっともなことを言う。たしかにそれはわたしも思った。けれど。
「うん、まあ……。モンスターネームが『バーサクボア』だから、イノシシでしょう」
「それは……イノシシですね」
「うん? どういうことです?」
アカネはわかったらしいが、ルリは首を傾げている。
ボスの名前の「バーサクボア」とは「狂ったイノシシ」という意味だ。猪突猛進という言葉の通り、まっすぐに突進してきて、交通事故を引き起こすらしい。まともに食らえば即退場という一撃必殺の凶悪な特技だ。
しかしながら、落ち着いて対処すれば躱せる上に、特技を使った後は大きな隙になるため、攻略はさほど難しくはないとのこと。ただ、やはり、レベル制でないことから、戦力比較が難しいという問題も抱えていた。
それをルリに伝えると何とも言えない表情をした。一番危ない位置にいるのが彼女なのだから当然の反応とも言える。ただ、「盾スキル」を使えばダメージは受けなかったらしいが、跳ね飛ばされたとのことなので、今回は避けるよりないとは思うが。
「ルリ、左前方から二体来るよ。構えて」
「うん! わかった」
おっと、おしゃべりはおしまいの様子。わたしもぼちぼち薬草採取を始めるとしましょうか。
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