第6話 食堂
学校に帰ってきて片づけが終わると、報告書を書いている先輩を残して俺たち一年の四人は寮へ戻ることになった。
学校敷地内のもっとも南東側に位置し、二つ並んでいる横に長い木造二階建ての寮は、本校舎正面の車寄せになっている広場を越え、講堂の前を過ぎ、正門へと向う並木道から途中で逸れて、やっと見えてくるところにあった。
手前の女子寮前で穂見月と霞と別れ、奥にある男子寮まで行けばようやく到着である。
部屋は二人一部屋で、一年は一階だ。壁には箪笥と寝台が、窓際には机が、部屋中央で対称になるよう置かれている。そしてもちろん、俺の相方は長三郎だ。
「夕飯まで時間あるし、洗濯へ行ってくるよ」
俺がそう言うと、長三郎も一緒に行くと言う。
生徒はみな寮生活だから先輩方に気を使うことはあるけれど、浴場や洗濯室が混んでいる事はあまりない。それはひとつの寮に、三十六人しかいないからだ。学校の広さや設備の充実度に比べて本当に生徒が少ない。
それから夕飯までの時間というのは、食堂の営業時間のことだ。朝、昼、夜と営業時間は決まっているけど、料理は配膳所で自分の好きな物を選んで食べられるし、座席もそのときどきで自由に座ってよかった。食堂は食堂棟にあり、わざわざ講堂と本校舎の間を抜けて行かなければならないのは不自由であったが、寮にないことで利点もあった。
洗濯も終わり、長三郎と食堂に行けばその利点がこれだ。
「やあやあ、思ったより混んでるね。それはさて置き、一緒に食べようじゃないか」
後ろからの声は霞である。
そう初日の時も、お友達効果で霞が一緒にと誘ってくれたのだ。そして霞の後ろには、そのあとに同室だと教えられる穂見月が隠れるように立っていたのであった。
――――――
「彼女は同室の
霞が穂見月のことを紹介し、俺も長三郎のことを紹介する。
「彼は
「ども
「伊丹です、よろしく。ところで
「いや、学科が同じだからってだけなんだけど、一緒でいいよね?」
「ああ、俺はいいけど。仁科さんもいいのかな」
「はい、よろしくお願いします」
――――――
あの時長三郎が、わざわざ穂見月に確認したくなった気持ちは分かる。霞から誘ってきたとはいえ、穂見月の表情があまりに暗かったからだ。そりゃ、同席でいいのか聞きたくもなるだろうというぐらい。
しかし部隊が同じだと分かってからは、時間が会えば四人は一緒に食べているし、名前で呼び合っている。穂見月は暗いままだが、少しはマシになってきたと思う。まあ、霞にはこの点では感謝だな。
席に座ると俺は、世間話を頑張ることにした。
「部屋に戻ってから時間あったから洗濯してたけど、洗濯室とか浴室って人数の割りに余裕あるよね? 女子寮もそうなのかな?」
「机の照明は裸電球で可愛くないし、箪笥についてる鏡も小さくて見づらいとことか、そういうのが気になるよね、穂見月?」
霞も話を合わせてくれている。どうやら寮は外からの見た目だけでなく、中の仕様も同じようだ。
「そうだね、鏡は大きい方がいいかな」
俺は、穂見月のまともな答えが聞けてうれしかった。
そして油断した。
「霞は、小さい鏡でも全身写るんじゃないの」
「ムムムムッ、チュー!!」
霞は怒っているのか頬を膨らませ鳴いている。
「そんなことより、入学式の日に学校が車で行った送迎で、隼人と穂見月は一緒になったそうじゃないか?」
「それは越後から信濃経由で学校に戻る車だったからね。それがどうかしたの、霞?」
「わかった……」
霞はまぶたを半分落とし口を横に引っ張るようにして、どちらも一文字のようにすると、こちらにその冷めた表情を向ける。
「穂見月が暗いのは、車という密室で何かあったからなんだな?」
変態だと言わんばかりの霞だが、穂見月が両手を小さく振り否定してくれる。
「違う違う。こっちの、しかも昔の話なの。隼人君は関係ない。だけど距離を置きたいの」
そう言うと、霞はつまらなそうにするので疑いは晴れたようである。
しかし、穂見月が申し訳なさそうにしてしまったので、霞が気にしてか変なことを言い出す。
「穂見月は悪くないよ。それにあたいの感は当たっているから、気をつけた方がいい」
「うん?」
穂見月は首を傾げているが、なんてことを言うんだこいつは。
俺は慌ててかぶせるように話す。
「隣同士の国だからいろいろあるけど、伊賀と山城も隣なのに長三郎と霞は喧嘩したりしないよね」
「それは伊賀が、おじゃるに相手をされてないだけなのさ、アハ」
霞の言い方に、今度は長三郎が不機嫌になってしまう。
「あんなやつらと一緒にするな」
「まあまあ長三郎。それより席が埋まってきたから場所空けないと、そろそろ先輩たちに睨まれるよ」
四人とも食べ終わっていたので、俺は話を無理やり切り上げて寮へ戻るよう差し向けた。
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