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 教会の中で動きを止めていた鳩たちが再び飛び立ち、白い羽が舞い落ちる中。先に火を噴いた銃口は、クララの持つベレッタ・ピューマの方だった。

 タンタンタン、と小気味の良い軽快な撃発音を奏で、しかし恐ろしいぐらいの早撃ちで9mmショート弾が三点バースト射撃かってぐらいで三発同時に撃ち放たれる。

「早い……!」

 だが、それにハリーも負けじと反応する。クララの放った三発がロングコートの裾を軽く掠めながらもギリギリの所で横っ飛びに回避したハリーは、そのまま宙を飛ぶ格好のままで手持ちのUSPコンパクトを続けざまに連射し、応戦。

「あはっ、良い反応だ!」

 しかし、クララはそれをまるで読んでいたかのような先読みの動きで軽々と避けてしまう。トントン、トンと軽快な靴音を立てながら教会の床を蹴り、まるでダンスの類でも踊っているかのようなヒラリヒラリとした動きで、ハリーの撃ち放つ9mmパラベラム弾を次々と回避していく。踊り狂うみたいな彼女の動きは、とても鉄火場の中に身を置いているとは思えないほどに美しく、それでいて指の先まで澄んでいた。

(相変わらずだな、やっぱり変わらない)

 ドサッと背中から派手に床へと着地しつつ、そんなクララの舞踊めいた動きを見たハリーは思わず内心でそんなことを呟いていた。

 昔から、クララの戦い方はこうだった。最初の頃はあまりの美しさに見とれもしたものだが、流石に今となってはそこまでの大仰な反応はしない。が、確かに認めざるを得なかった。クララ・ムラサメの無駄の無さと、そしてそれに伴う確かな腕前を。

 腕の立つ戦士は、得てして踊るように戦うという。クララ・ムラサメという女は正にその類で、彼女の背中を見ても尚生き残った数少ない幸運な奴からは、クララは"踊りながら死を振り撒く"なんて風に言われ恐れられていたそうだ。きっと、後ろにAC/DCのハード・ロックでも流してやれば似合うだろう。

 そんな昔のことを思い出しながらも、しかしハリーは目の前の戦いから、強敵すぎるゴスロリ少女みたいな風貌の彼女から意識を逸らさない。一瞬でも何かに気を取られてしまえば、その時点で負けは確定するのだから。

「あったあった……!」

 と、ハリーは素早く床を這いつくばって移動しながらUSPコンパクトを一旦ホルスターに収め、床に転がっていた二挺のベレッタ・モデル92FSを再び拾い上げた。先程投げ捨てた奴で、弾が切れているからスライドは後ろに下がったままホールド・オープンしている。

 ハリーはそのホールド・オープンしたベレッタを拾い上げ、そして手近にあったまだ無事なベンチの裏に身を隠した。この程度の薄い木材程度では弾を防ぐことは出来ないが、多少の金属部品も混じっている。射線を遮るのと、非力な9mmショート弾が運良く金属部品に当たって弾けてくれるのを期待するとしよう。

 そうしながら、両手のベレッタから手早く空弾倉を叩き落とす。新しい弾倉を両手の二挺にセットし、スライドを前進させる。片側十五発の計三十発、今この瞬間を以て、ハリーの両腕は9mmパラベラムで死をバラ撒く殺戮兵器へと変わり果てた。

「とはいえ、相手があのクララじゃあな……」

 あまりに酷い状況過ぎて、独り言を呟くハリーは思わず苦笑いを浮かべてしまう。普通なら拳銃二挺もあれば大抵の状況は切り抜けてみせる自信があるハリーだが、しかし相手が自らの師たるクララともなれば、話はまるで変わってくる。

「本気でアイツを倒したけりゃ、せめて一個師団は用意せにゃ話にならんぜ」

 まあ、果たしてその程度の数で事足りるかどうかは分からないが……。

 ハリーは苦笑いの色を濃くする。それ程までの強敵なのだ、あのクララ・ムラサメという女は。

「隠れんぼは終わりさ! そろそろ出ておいでよ、ハリー!!」

 そうしていれば、そんなクララの声とともに9mmショート弾が一発飛んで来てベンチの木板を貫通し、ハリーの足元を小さく抉った。口振りこそ探しているような風だが、ああ言いながらもクララは間違いなくハリーの正確な位置を掴んでいることだろう。

「やるしかない、ってか……!」

 意を決し、ハリーは背にしたベンチを蹴って大きく飛び上がり、遂にクララの前にその姿を晒す。

「うおおおおおっ!!」

 前のめりに飛びながら、眼下でこちらを見上げてくるクララに対し、ハリーはその両手に持ったベレッタを雄叫びとともに撃ちまくる。

「やっと出てきたね、ハリーっ!!」

 そうすれば、クララは飛んでくるハリーを見上げつつ、空から大量に降ってくる9mmパラベラム弾の嵐をタンタンタン、と軽快なステップで回避。適当なベンチを踏み台に飛び、背中を海老反りにして逆さ宙返りするような奇抜な格好で宙に舞えば、今度はその右手に持ったベレッタ・ピューマで反撃を仕掛けてくる。

「っ!!」

 ハリーはそれを、空中で何とか身を捩ることで紙一重ながらギリギリ回避してみせた。頭のすぐ後ろを掠めたクララの弾が、ハリーの黒い髪を軽く宙に舞わせる。

「っと!」

「うぐっ!?」

 飛んでいたのは、僅か数秒にも満たない時間だった。クララはそのままくるりと背中から一回転して軽快に着地し、ハリーの方は背中から叩き付けられ、後方の方のベンチを叩き壊しながらも何とか無事に床へ背中を着く。

「油断禁物さ、ハリーっ!!」

 とすれば、ベンチを叩き壊したハリーが着地して間も無く、クララが間髪入れずに走り込んで距離を詰めてくる。ベレッタ・ピューマから空弾倉を放り捨て、ほぼ同時に新しい弾倉を叩き込みホールド・オープンしたスライドを戻して再装填し。ものの数秒で再装填を終えたベレッタ・ピューマを構えながら、クララがハリー目掛けて一気に距離を詰めて来ていた。

「ッ!!」

 咄嗟にハリーは着地で壊した奴の前にあったベンチを両脚で強く蹴り、その勢いを使って背中で床を大きく滑る。滑りながら両手のベレッタを構えれば、向かい来るクララに向かって弾を全部撃ち尽くさんぐらいの勢いで撃ちまくった。

「おおおおおっ!!!」

 一心不乱に引鉄を引きまくり、背中で床を滑るハリーの周りで熱い空薬莢が舞い踊る。タタタン、と凄まじい勢いで至近距離から撃ち放たれる9mmパラベラム弾の雨に、流石のクララも避けられまいとハリーは思っていた。

「ふふっ……!」

 しかし、クララはそれをいとも簡単に、しかも楽しげに微笑みながら右へ左へと小さく飛び、全て紙一重で回避してしまう。まるで、最初から銃弾の軌道が見えているかのように。超音速のスピードで迫り来る幾多もの銃弾の動きが、スローモーションで見えているかのように……。

「嘘だろ!?」

 これには、流石のハリーも絶句した。

 絶句しながら、しかし次の一手は打たせて貰う。弾切れでホールド・オープンした二挺のベレッタをクララに向かって投げつけつつ、彼女が一瞬だけそのベレッタに気を取られた瞬間を利用し真横へと転がり、バッと身体のバネを効かせて起き上がる。

(銃を抜いている暇は無い!!)

 そう判断したハリーは、すぐさまクララに向かい身を低く飛び込み、逆にこちらから距離を詰める。

「格闘戦か、良いねっ!!」

 すると、クララは何故か自分のベレッタ・ピューマをホルスターに収め。そして素手の格好になればファイティング・ポーズなんか取ってみせ、向かい来るハリーに対し迎撃態勢を取った。

「嘗めるなッ!!」

 そんなクララに対し、懐に飛び込んだハリーはまず右の重い一撃を鳩尾みぞおちに向けて一発放つ。

「ふっ……!」

 しかし、クララはそれを小さく飛び退くことで回避。ハリーは続けて二発、三発と打ち付けるが、それも全てバックステップで回避されてしまう。

「これで終わりかな?」

「まだまだァッ!!」

 叫びながら、ハリーは右足を大きく踏み込んで。そうしながら大きく振り上げた左脚で横薙ぎの蹴りを放つ。

「悪くないね」

 だが、これもクララの右腕甲で軽くあしらわれてしまう。すると――――。

「悪くないけれど」

 クララは一歩を大きく踏み出し、そしてガラ空きになったハリーの右足を自分の左足、その靴底で思い切り踏みつける。一歩も動かせないよう、強く踏みつける。

(動かない……しまったっ!!)

 相手の足を踏みつけて文字通り釘付けにし、その場から動けないようにする小技――――クララの得意技だ。ハリーはそれをすっかり失念していて、気付いたところで今更遅すぎる。

「すぐにそうやって大振りの一撃に持ち込む悪い癖は、まだまだ変わらないね」

 ニッ、とクララは小さく微笑み。そして、そんな可愛らしい微笑み顔からは想像も付かないぐらいに強烈な掌底での一撃を、ハリーの胸目掛けて撃ち放った。

「うぐ……っ!?」

 五臓六腑に染み渡るような重すぎる一撃が、二発、三発と続けて撃ち放たれる。

「筋は良いんだけれど、やっぱり師匠が何年も離れるとこんなものかな」

 呑気に世間話でもするかのように言葉を紡ぎながら、クララは続けざまに、今度は顎下への掌底を撃ち放つ。それをハリーは上手いこと首を逸らして衝撃こそ和らげたものの、しかし目の前にチカチカと星が瞬くぐらいの衝撃は貰ってしまった。切れた唇の端から、血が滴る。

「君と僕とでは経験値も、潜り抜けてきた修羅場の数も違いすぎるからね」

 尚もクララは言いながら、今度は左肘で軽い肘打ちをハリーの鳩尾へと叩き込んだ。

「だから――――」

 続けて腕を起こし、顎先へ裏拳を一撃。その頃には既にクララの足裏はハリーの左足から離れていたから、衝撃でハリーの身体が思い切り後方に吹っ飛んでいく。また別のベンチを砕きながら着地し、ゴロゴロと祭壇の近くまで転がったハリーがうつ伏せに床へと転がった。

「――――君は僕に負けても仕方が無い。当然のことなんだから、恥じる必要なんて無いんだよ?」

 激しく吹っ飛んだハリーのボロ雑巾みたいに転がる姿を遠目に眺めながら、クララがニコっと愛らしく微笑んだ。それこそ、まるで少女のように。

(っつ……。やっぱ強えや、クララは……)

 朦朧とする意識の中、ガンガンと痛む頭の中。しかしハリーはギリギリの所で意識は失わず、そんなことを思っていた。

 意識こそ失っていないが、失いそうなギリギリの所だ。とてもじゃないが、これ以上身体は動かせそうに無い。

「まあ、お遊びはこの辺にしようか」

 なんとか気合いで身体を起こそうとしたその途端、クララのそんな声が聞こえたかと思うと――――ハリーは、身体の数ヶ所にハンマーで殴られたみたいに重い、そして真っ赤に白熱化した火箸を叩き込まれたみたいに熱すぎる痛覚の悲鳴を感じた。

「ぐ……っ!?」

 今すぐにでも意識を失いそうなぐらいの痛みを感じるのは、背中の数ヶ所と脇腹、そして左太腿の外側。連続して響く乾いた銃声から、それがクララの手によるベレッタ・ピューマの神速の抜き撃ちで撃ち放たれた9mmショート弾によるものだと知る。

「もっと君と遊びたいところだけれど、残念ながら園崎和葉の確保が優先だ。丁度、お迎えも沢山来たみたいだしね……」

 クララがそんな妙なことを口走った直後、教会の外から大量の足音が雪崩込んでくるのがハリーの耳にも届いていた。

「…………」

 次々と押し寄せてくるそれは、決して警察のものではない。寧ろ、逆。何処からか湧いてきた"スタビリティ"の傭兵たちが、完全武装で十数人と押し寄せてきたのだ。

「――――ハリーっ!!」

 悲鳴にも似た呼び声が聞こえ、なんとかそちらの方へ視線を向けてみれば。その傭兵たちに両腕を掴まれ、引きずられるようにして和葉が連れ去られていくのが見えた。紅い瞳に溜めた涙が流れ落ちることも厭わずに、ただハリーの方へ必死に手を伸ばしながら、彼の名を呼んでいた。

「ま、待て…………!!」

 それを食い止めようと、ハリーは最後のちからを振り絞って腰のUSPコンパクトを無理矢理に抜き放った。

「お手付きはよしなよ」

 しかし、和葉を捕らえ連れ去っていく傭兵の一人にハリーが狙いを付けた直後、小さな銃声と共に手の中からUSPコンパクトが吹き飛んでいった。

「くっ……!」

 痺れる右手をバタリとちからなく倒しながら、ハリーが睨み付ける。その視線の先、クララの右手に持つベレッタ・ピューマの銃口からは真新しい仄かな白煙が立ち上っていた。

「ハリー。君には悪いとは思うけれど、君の仕事は此処までだ。君の仕事は、失敗に終わって貰う」

「それが、クライアントの望みだからか……!?」

「うん」あっさりと頷くクララ。「だって、当然じゃないか。依頼主の意向に従い、仕事を為す。それが僕らの稼業だ。違うかい?」

「いいや……」

 逆に問いかけられれば、ハリーは首を横に振った。それは、確かに事実であったから。

「もし君が此処で彼女から、園崎和葉から手を引くというのなら、僕は君を見逃そう。可愛い弟子を自分の手で殺したくはないからね。何とかして、君を"スタビリティ"の眼から逃がしてみせるさ」

「……もし、断ったら?」

 身体のあちこちから血が流れ出て行くせいで、段々と冷えてきた、血の気の引いてきた顔で。しかし気丈に振る舞いながらハリーが問いかけてみると、

「…………」

 すると、クララは一度下ろしていた右腕を再び突き付け、ベレッタ・ピューマの銃口をハリーに向け直す。まるで、これが答えだと言わんばかりに。

「そうかい」

 師の手で銃口を突き付けられてしまえば、ハリーは諦めたみたく自嘲めいた笑みを浮かべる。

 それにクララが「分かってくれたかい?」とベレッタ・ピューマを握る腕を降ろしながら、安堵した表情で問いかければ。

「――――ヘッ、お断りだ」

 しかし、ハリーの回答はそんなものだった。

「ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。そして第三条、依頼内容と逸脱する仕事はしない。

 ――――命が惜しくてコイツに背いちまったら、折れるのは俺の魂の方かもだ」

 ニッ、と血の気の引いた蒼い顔の上で敢えて不敵な笑みを形作ってみせながら、ハリーは吐き捨てるようにクララに向かって言い放った。

 すると、クララは大きな溜息をつく。至極残念そうに、名残惜しそうに。ただ「……それが、君の答えなんだね」と呟きながら。

「……君は凄いよ、本当に凄い。あのウォードッグを此処まで痛めつけてみせるだなんて、流石は僕が見込んだだけのことはある。僕が、ムラサメの名を君に分け与えただけのことはある」

 小さな溜息と共に、クララは傍らに転がるウォードッグを一瞥しながら言い、そして続けた。

「本当に誇らしいよ、君が。君の師匠として、ハリー・ムラサメという君が、僕の弟子が心の底から誇らしい。流石は僕の一番弟子だ、ムラサメの名を受け継ぐに相応しかった」

 そう言いながらも、しかしクララはベレッタ・ピューマを構え直す。カチャリ、という小さな音を立てながら、所々が擦り切れた古めかしい小型拳銃が、スッとその銃口を己へと向けてくる。

「――――でも、弟子は所詮、弟子でしかない。師匠を超えることは出来ないんだ。……残念だけれどね」

 そして、一発の軽やかな銃声が教会に木霊した。鳩が一斉に飛び立つ中、その白い羽がひらひらと彼の傍に舞い落ちる中、小さな銃声が教会の中に木霊した――――。

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