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「そういえばさ、ハリーの趣味って何?」

 迂闊に和葉を外に連れ出すワケにもいかず、ただ事務所でだらりと緩やかなときを過ごし、そして時刻は陽が直上を通り過ぎた昼下がり。ハリーがいつものデスクに脚を掛けながら背もたれを大きく倒した椅子に腰掛けて愛銃のメンテナンスをしていると、だらりと傍のソファに寝っ転がる和葉が唐突にそんなことを訊いてきた。

「趣味?」USPコンパクトの分解したスライドに金属ブラシを当てながら、ハリーが困ったような顔を浮かべる。

「うん」ソファの肘掛けを枕代わりに、うーんと見上げるように前髪を垂れ下げながら顔を逆さにしてハリーの方を向く和葉。

「ひょっとしなくても、映画はそうだよね」

 衛星放送の映るテレビの方に一瞬紅い瞳の視線を向けながら和葉が言えば、取り外した銃身の内側を掃除しつつ「まあな」とハリーが頷く。衛星放送を流すテレビが映し出すのはやはり洋画で、今は1986年の『コブラ』を流していた。スタローン主演のアクション映画だ。

「子供の頃から、こういう映画は好きでな。親が生きてた頃は、よく地上波で流れてる奴を見てた」

「ふーん……」

 テレビに映る映画を見ながら、和葉が興味ありげな声を漏らす。彼女の紅い瞳が見る視線の先では、丁度半ばの山場といったカーチェイス・シーンが流れていた。屋根をチョッピングして低くしたホットロッド仕様の黒い1950年式マーキュリー・クーペで、ヒロインを護る為に街中をブッ飛ばすといったシーンだ。レーザーサイト付きのヤティマティックなんていう珍妙な――当時としてはユニークな最新鋭だった――サブ・マシーンガンが小道具として出ていた映画だったから、ハリーの記憶にも深く刻まれている。

「意外か?」

 組み上げたスライドにガンオイルを吹き付けながらハリーが言えば、和葉は視線を逸らさないままで「ううん」と首を横に振る。

「……まあ、その後も色々とあってな。クララに引き取られてからもよく観てたよ。英語の勉強の為だとかアイツは抜かしてやがったが、どう考えてもクララの個人的な趣味だよ」

「そうなの?」

「そうだ」USPコンパクトのフレームにスライドをガチャリと結合しながら、力強くハリーが頷く。

「妙な奴ばっか見せられてたよ。大体英語の勉強とか言いつつ、結局はフランスとか香港とかも観せてきやがったんだぜ? 矛盾してるよ、クララの奴。結局はアイツが観せたかっただけで、俺はソイツに付き合わされたってワケだ」

「あはは……」

 クララの話題になった途端、何故か喧嘩腰みたいになって独りで話し始めたハリーの方をチラリと眺めながら、和葉が困ったように苦笑いを浮かべていた。

「じゃあさ、ハリーはどんなのが好きなの?」

「基本的には、アクション系かな」と、USPコンパクトの弾倉にフェデラル社の紙箱から9mmパラベラム弾を手込めしつつ、和葉の方を見ないままでハリーが反応する。

「例えば?」

「今流れてる『コブラ』だとか、後はパッと思い付くトコだと『コマンドー』に『トゥルーライズ』。最近だと『ジョン・ウィック』も良かったな、色んな意味で」

「へぇー……意外」

「意外か?」

「うん」頷く和葉。「ハリーって、要は本職じゃない? てっきり、ああいう系って観ないのかなーって」

「まあ、そう思われても仕方ないか……」

 苦笑いしながら、満タンにした弾倉をデスクに起きつつハリーが頷いた。

「本職だからこそ、って感じかな。確かに細かいトコの粗は普通の人間より見えちまう所はあるが、結局映画なんてのはエンターテイメントだ。リアルじゃないとかイチイチ突っ込んでたらキリないし、面白くない。そんなことするのは、単に心の狭い奴か、或いは専門家気取りの勘違いしたマニア野郎だけさ」

「へー……」

「それに、ああいうのは頭を空っぽにして楽しめるから好きなんだ。ヒーローは強くて無敵で上等、娯楽なんだからそれで結構。大体、『沈黙の戦艦』で何故セガールが無敵だとか、そんな野暮なことは考えないだろ?」

「あ、あはは……。まあでも、そうかもね」

 苦笑いをしつつも同意してくれる和葉に、ハリーは一瞬だけ視線を向け小さく微笑んでやった。

 思えば、こうして映画の話題で誰かと話すことなんて、最近は滅多に無いことだった。冴子は興味無いタイプだし、ミリィ・レイスは割と観る方だが、そもそも逢う機会が少なかった。クララとはずっとお互い音信不通で生きているかどうかも定かじゃ無かったし、そういう意味で和葉は、ハリーにとって久々に現れた"話せる相手"ということだ。

 故にだろうとハリーは思う。自分がガラにもなく、ここまで熱く話し込んでしまうのは。

 だが、それ以上にハリーは嬉しかったのだ。和葉にこうして、自分の領域の話までを共有できることが。誰かとこうして深い話題まで共有することなんて、本当に久々のことだったから……。

(……いかんいかん)

 とした頃に、ハリーは己に課したルールを思い出し、そして己を戒めた。ルール第五条、仕事対象に深入りはしない。それに抵触していると、自ら背いてしまっていると。

「そういう君は、どんなのが好みだ?」

「うーん、すぐに思い付くのだと『トランザム7000』に『ラスト・アクション・ヒーロー』、『96時間』に『ヒート』、『ゲッタウェイ』とか『ジェイソン・ボーン』かな。あ、後は挽歌シリーズだと『ハード・ボイルド』が一番好き。……厳密に言えば挽歌シリーズじゃないけれど」

「……意外と渋いというか、良い趣味してるな君は」

「あら、もしかして気が合いそう?」

「かもだ」

 しかし、そうは思っていても、彼女と言葉を交わす口を止めることは出来ないでいた。

 それぐらいに、ハリーは素直に彼女との会話を楽しんでいた。和葉とこうして趣味の映画の話題で言葉を交わしていると、彼女が"スタビリティ"に追われる身で、自分がその護衛役であるということを忘れそうになるぐらいに…………。

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