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 茂みを越え、敷地と外界とを隔てるフェンスを軽々と乗り越えて。そうしてハリーは、その身ひとつで学園の敷地内へと潜入した。

 丁度、ハリーが忍び込んだのは体育館の裏手辺りの場所だった。人気ひとけの少ない、それこそ映画やドラマなんかで秘密の告白シーンや、不良同士の乱闘が起きそうなぐらいに人気ひとけの少ない場所だ。

(……手持ちの武器は少ない)

 表に戻って、インプレッサに隠してある大量の武器弾薬を取ってくる余裕は無かった。恐らく正面は敵が固めているだろうという推測もあってのことだが、それ以上にハリーは取りに戻る時間が惜しかった。

 この間にも、和葉が危ない目に遭っているかもしれない――――。

 そう思うと、武器を取りに戻るという選択肢はハリーの中から消えていた。

 故に、手持ちの武器らしい武器は拳銃一挺とナイフ一本だけだ。拳銃はドイツ・H&K社製のコンパクトな自動拳銃、USPコンパクト。ポピュラーな9mmパラベラム弾の仕様で、十三発が入る弾倉が銃に差してある物以外に予備で二本を持っている。

 そして、ナイフはアメリカ製のベンチメイド・9050AFO。折り畳み(フォールディング)の、バネ仕掛けでバシンとブレードがワンタッチで開く、いわゆるスウィッチ・ブレードという奴だ。ブレードの約半分、根元近く辺りがノコギリのような波打つ刃が付けられている仕様で、長年ハリーが愛用してきた物だった。

(少ないな、流石に)

 文章にすると凄そうに見えるが、所詮は単なる拳銃とナイフがひとつずつというだけだ。普段ならこれでも問題ないのだが、ミリィ・レイスの話によると敵の数は五十人近い。それだけの数を相手にするのに、流石に拳銃一挺とナイフ一本だけじゃあ流石に無理があるってものだろう。

 ハリーは一度右腰、ズボンの内側に取り付けたインサイド式のホルスターからUSPコンパクトを取り出し、弾倉を抜いて残弾を確認。それから弾倉を差し直し、スライドを引いて弾を薬室に装填しておいた。

 その後でサム・セイフティを一度下に押し下げて、撃鉄を安全位置に戻す。次に上へ押し上げれば、安全装置が掛かるという寸法だ。USPシリーズのサム・セイフティは通常、このようにデコック(撃鉄を安全な位置へ戻す機構)とセイフティを兼ねているから使い勝手が良い。しかも、撃鉄を起こしたままでも安全装置が掛けられる。

(何かしら、現地調達する必要があるな)

 USPコンパクトをホルスターに戻しながら、それしかない、とハリーは腹を括っていた。敵が持つ武器が何であれ、それを奪う必要がある。例えすぐ暴発しそうな安物のライフルであっても、無いよりは格段にマシだ。

「――――よし、これでこっちは片付いた」

 と、そんな折だった。少しの銃声が響いた後に、近くからそんな誰かの声が聞こえて来たのは。

 ザッザッという足音が、確実にこちらに近づいてくる。気配から察するに、おおよそ二人ほどだろう。それに気付くなり、ハリーは咄嗟に茂みの中に身を隠した。

 その茂みの中で少しだけ潜んでいれば、やはり体育館の裏手に現れたのは二人だった。完全装備で、手には自動ライフルを持ち。そして顔は黒い目出し帽(バラクラバ)で目元以外を隠した、まるで軍の兵士か警察の特殊部隊みたいな出で立ちの二人組だ。

 どうやらこの二人、この一帯に誰か隠れていないか探しに来たようだ。相手が弱っちい学生やただの教師だけだからなのか、妙に気分が緩みきっているような感じだ。

「フッ……」

 そんな二人の敵兵の姿を見れば、ハリーは思わず口元を綻ばせてしまう。当然だ。ハリーにとって、こんなものはカモがライフルを背負ってやって来たに等しい。ご丁寧に、沢山の弾を抱えた土鍋付きで、だ。

 体育館裏を探索する二人は、隠れるハリーに気付くこともなく。気怠げな様子で雑に探しながら歩き、やがて二人ともがハリーに背を向けた。

 ――――仕掛けるなら、今だ。

 意を決し、ハリーが隠れていた茂みから飛び出した。

「ふっ――――!」

 二人が振り向く間も無く、ハリーが一気に距離を詰める。

 片方の首の裏に鋭い手刀を打って昏倒させ、その隙にもう一人の頬へ左肘を使い強烈な肘打ちを喰らわせてやる。肘打ちを喰らった奴が折れた歯を吐き出しながら倒れる隙も与えず、ハリーはソイツの関節を手早く極め。そして目にも留まらぬ早さでソイツの両肘を逆方向へとへし折り、関節を破壊した。

 昏倒して倒れたもう一人の傍へ、腕の関節を破壊した奴を放り投げてやる。そしてまだ無事なもう一人の方に向けてハリーは腰から抜いたUSPコンパクト自動拳銃を向け、そして冷淡な声でこう告げた。「動くな」と……。

「質問に答えて貰おう」

 続けてハリーが言うが、しかし五体満足な方の奴は答えようしない。ちなみに関節を叩き壊したもう一人の方は、口から血混じりの紅い泡を吹いて気絶している。

「答える気は無い、か」

 銃口と共に冷ややかな視線で男を見下ろしていたハリーは、落胆したように小さく呟くと――――あまりに突然に、USPコンパクトの引鉄を引いた。

 9mmパラベラム拳銃弾の軽い銃声が、何度も重なって木霊する。しかし撃ち抜かれたのはハリーの足元にへたれ混んだ方でなく、泡を吹いて気絶していた男の方だった。

 後頭部に何発も弾を喰らったソイツは脳をズタズタに破壊され、小さく痙攣しながら間も無く息絶える。しかしハリーの手は止まらず、すぐさまもう一人の男の両膝を撃ち抜いた。膝を破壊され、痛みに喘ぐ呻き声を男が漏らす。

「これで、答える気になったか?」

 再びその男の眉間へ銃口を向け直しながら、再度ハリーが問いかければ。今度は男も心が完全に折れ、そして涙目になりながらペラペラとハリーの質問に答え、訊きもしないことまで喋り始めた。

 男が吐いたのは、自分らが"スタビリティ"に雇われた傭兵であること。今回襲撃した目的が園崎和葉の確保にあることと、そして学園を襲撃するに当たっての交戦規定だった。園崎和葉以外は、全て殺せという命令を……。

「しゃ、喋った。俺が話せるのはこれで全部だ。だから、殺さないで――――」

「結構」

 命乞いをし始める男だったが、しかし話を聞き終えたハリーは無慈悲にもその男の眉間を一撃で撃ち抜いた。

 コルダイト無煙火薬の軽快な撃発音が響き、真鍮製の金色に光る空薬莢がハリーの足元に落ちた時。彼の構えるUSPコンパクトの銃口が睨んでいたその男も、眉間に小さな紅い血の華を咲かせながら、体育館の壁にもたれ掛かる格好のままで絶命していた。

「ふぅ……」

 小さく息を漏らしながら、ハリーは構えていたUSPコンパクトを下ろし。そして腰のホルスターにしまい直すと、息絶えた二人の男の身体を物色し始める。

 すると、意外に収穫は多かった。手に入ったのはQBZ-97自動ライフルとその予備弾倉が幾らか、そしてスターム・ルガーSR9自動拳銃が二挺だ。加えて、破片手榴弾も二つほどある。

 QBZ-97は中国製の自動ライフルで、中国北方工業公司(ノリンコ)の製品だ。弾倉を差す部分やカートリッジの撃発を司る機関部がライフルの後方、銃床部分にある"ブルパップ式"というタイプのライフル。QBZ-97は人民解放軍用の独自規格5.8mm弾を使うQBZ-95を、国際的にポピュラーなNATO規格5.56mm×45弾に対応させた輸出モデルだった。当然、米軍のM16自動ライフル用の弾倉が使える。

 二人ともそのQBZ-97を持っていたから、ハリーは一挺は頂戴し、もう一挺は分解してからパーツを別々の方向に投げ捨て、二度と使えなくしておいた。そして手に入れたスターム・ルガーSR9拳銃に関しては、ズボンの前側へベルトに挟む格好で雑に差し込んでおく。

「さて、と……」

 右手で銃把を握るQBZ-97を両手で保持しながら、ハリーはスッと立ち上がる。これから先に激しい戦いがあることは明白。ハリーは覚悟を決め、足早に体育館裏から立ち去った。

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