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和葉が内心でそんな不安を抱えているとはいざ知らず、校門を潜り学園の敷地内に入っていく彼女の背中をインプレッサの窓越しにハリーが見送った直後のことだった。懐に入れていた自前のスマートフォンが、突然着信を知らせ独りでに震え始めたのは。
『今から少し、会えないかしら?』
電話を掛けてきた相手は、案の定というべきか冴子だった。何よりハリーに頻繁に電話を掛けてくる相手なんて、冴子以外には居ない。だから彼女が電話の相手だと半ば予測していたハリーだったが、しかし冴子から開口一番、挨拶も無しにそんなことをいきなり言われてしまえば、流石に少しばかり驚いてしまう。
「……仕事中だ」と、ハリーが若干不機嫌そうに冴子に答える。
「それも、君から直々に依頼された仕事のな」
『いいじゃないの、別に』
しかし、冴子は少しばかりぶー垂れるような口振りになりながらも、一歩足りとて引き下がろうとはしない。
『それに、どのみち彼女、もう学園に着いちゃった頃でしょ?』
「まあ、それはそうだが」
『じゃあ、いいじゃない♪』
「……ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ」
何故だかご機嫌な声音の冴子に、ハリーが小さな溜息と共にビシッとそう言ってやる。
『もうっ、相変わらず頭固いのね、貴方ってば』
すると、冴子は拍子抜けしたみたいに文句を言う。しかしその後で途端に声音をシリアスな色に変えて、更にこう言葉を続けた。
『――――でも、どうしても貴方に知らせておきたいことがあるの。仕事に関して、ね』
そんなことを言われてしまえば、流石にハリーといえども真面目に応対せざるを得なくなる。要件が仕事の関係ともなれば、また話は別だ。
「それは、電話口じゃあ話しにくいことか?」
ハリーが溜息交じりに訊くと、『ちょっとね』と冴子はそれに頷いて、
『一応、用心しておくに越したことはないと思うの。
……どうかしら? そろそろ晴彦も、来てくれる気になってくれたかしら?』
冴子に言われて、ハリーがもう一度特大の溜息をつく。
「……分かったよ、俺の負けだ」
そうすれば、完全に冴子に折れる形となり。『そう♪』とご機嫌そうな声を出す冴子とその後数言、何処で待ち合わせだとかを調整した後で、それからハリーは仕方なしにインプレッサを降りる羽目になった。
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