ep.36 本命は君だ

 ファイナリアへのルートは案外楽に確保出来た。

 というのも、カートの読みはずばり当たった。

 隣町では国境を越えるためのサインをしたが、同乗者はサインすらいらないという杜撰な管理体制であった。というのも、海に面しており、港町としても機能していることから、海上貿易の王サドラー家の影響、ひいては財団・レコンキスタ・メンバーズ寄りの勢力ではないかと、ミストと意見が一致した。グランドユニオンの意向を反映させながらも、建前上で、実質勝手にやっている雰囲気が伝わってきた。憲兵は常駐しているが、人数も少なく、相当派手なことをやらない限りは睨んでさえこない。

 困ったことと言えば、ファイナリア行きの旅客便が少なく、最速で明日の夕ということだった。余裕をもってホテルで一泊し、疲れをとることにした。金は無い、とお手上げのカートであったが、ミストは心配しなくていいとファイナリア軍の軍票を切った。軍票は軍が発行する手形である。この場合、このホテルのオーナーがこの軍票を元にファイナリア軍に請求し、ファイナリア軍がお金を払うことになる。軍に籍があるのかと尋ねても、にやにやとしてはっきりしたことは言わなかった。

 だいたい占領地でもないのに、ホテルのオーナーは問題なく軍票を受け入れた。ミストがウインクして、オーナーを見送っているところを見ると、もしかしたら常連なのかもしれない。あまり考えないようにした。

 ホテルの部屋で、翌日の朝の便で帰るとミストは手紙を書いた。

 手紙は駅で出すと早く着くというアドバイスをしたのはカートだった。彼女はアドバイス通りにし、実際、本人たちよりも早く手紙がつくことになる。

 それぞれの部屋で休みながら、食事の時だけ顔を合わせた。

 そのとき、ミストはカートに問う。


「ファイナリアに戻ったあとのこと、考えてる?」

「仕事があるかってことか?」

「……それもそうだけど、メリーのこと。手伝ってくれるんでしょ」

「そう思ったけど、俺はなにをできるだろうな」

「ああ、それなら――あんたのやることはメリーと対等に話が出来ること、じゃないかな」


 がくっと肩が落ちる。たったそれだけか。


「フィンの作戦にあんたは必ず盛り込まれる。ファイナリアまで行く間に考えた方がいいよ。フィンの作戦に参加するか。別に身の危険を感じたら断ってもいい。あんたはあたしの兵隊じゃない。ローズさんのこともあるし」


 ああ、そうだ、ローズもあの町にいるのだろう。今頃不平不満を漏らしながらも、地味に暮らしていることだろう。いい職と巡り会えたか、少々の不安はあった。


「無理なことを言われても、出来ないぞ。戦えとか」

「わかってる。それに、おそらく、また世界が変わることになるかもしれない。あんたはそれに、手を貸すことに承知できるかってこと」


 見返りなんて無い。

 あえていうならば、荷物を取り戻したことへの自尊心を満足させるだけだ。


「革命に協力するわけでもなくて、帝国再建を目指すわけでもない。本当に個人的な理由で世界をかきまわすわけ」

「なに言ってんだ。俺は俺の仕事をするだけだ」


 へえとミストは不思議そうに見返してくる。

 カートは自分自身がどんな表情をしているか、よくわからないでいたが、窓に映った自分の顔を見て、驚いた。


 ――すっきりしてるもんだな。




 ポートホーテンからファイナリアシティまでは二日の旅だった。

 途中駅で、着る服が汗くさいという理由で、着替えを用意しようとしたが、仕立屋に行くのもおっくうになり、駅にあった、もうだれも使っていないトランスポーターの制服を借りた。駅長はカートがトランスポーターだとわかると着ていけとうるさく薦めるので、仕方なく、制服の袖を通した。サイズは少し小さいようだったが、上着に帽子、いつものように着こなした。

 ミストはひゅうと口笛を鳴らし、冷やかした。

 その都合、ファイナリアへ降り立ったときはトランスポーターの制服であった。びっくりするのは駅で働く、人々。荷役はもちろん、駅員でも知った顔がいれば、カートに声をかけてくる。

 どうしたんだ、その格好と、問われれば、


「抗議のつもりだよ」


 声を低くして、得意げに応えた。

 ミストはそんなカートの横には並ばず、後ろに少し離れて追走した。

 なんでそんなに離れているんだと聞けば、いやいやとはぐらかして答えない。よくわからないと首をひねる。待ち合わせは二人一緒に待っていた。

 待ち合わせの駅の出口、煉瓦づくりの門がある――では初老の男がステッキを持って颯爽と現れるも、表情が冴えない。

 曰く、秘書に逃げられてしまったと、悲しそうだ。


「秘書? フィンにまた振られたの?」

「いやいや、そうではない。新しく若い有能な女性を雇ったのだが――ああ、君がカート君か。私はマーカスという、よろしく。ローズ君が君のことをずっと話していたよ。本当ならお祝いするところだが、残念なことにいなくなってしまったんだ」


 マーカスが何者かどうかはこの際、どうでもよかった。


「いなくなった?」

「そうだ、私の秘書として仕事をしてもらったんだが、ここ最近、なにかあったらしくてな。今日、急にいなくなってしまったよ。待ち合わせに遅れたのもその理由だ」


 待ち合わせに遅れたっけ? と不思議な顔をしているミストは放置して、カートはローズのことを二つ三つ質問する。


「君とはゆっくり話をしたい。いい店を案内しよう」


 マーカスを先頭に旧市街区に足を進める。

 そして、異色の三人が横並びに歩く、そのすぐ後ろでそっと聞き耳を立てる青年がいた。



 赤猫亭。

 からんと鳴るドアの向こうには燃えるように赤い髪を束ねた、長身の美女がいた。

いらっしゃいと微笑んでいる。

鋭く、しかし優しさあふれる瞳は赤。少々面長なれど、整った目鼻顔立ち、唇にうっすらと上品な紅。手足長く、バーテンのような蝶ネクタイにベストを着て、それがまた似合っていた。優しさと美しさにスタイリッシュさをまざこざにした相当な美人だ。


「こんにちは。ひさしぶりね」


 美人の女性から、声がかかる。

 いつかこの町でメリー探しの際に兵隊を仕切っていた女性だ。


「カート=シーリアスです」

「私はフレア=ランス――」

「ええ、存じていますよ、フィーナル王国のフィン王女殿下」


 驚きもせず、女性、フィンはにっこり笑った。


「あら、お客さんだわ」


 からんと鳴ったドア。つられてカートは振り向くと、そこには、いつかのカートが着ていたような荷役風のボロな上着を着て、ハンチング帽をかぶった青年が、店内の様子を見て、おそるおそる入ってくる。

 カートは彼を知っていた。言葉が出なかった。

 とうとうたどり着いてしまったか、とフィンやミストに危険だと目配りする。

 だが、フィンは平気な顔で、


「にぎやかでごめんなさい、席は空いてるわ」


 普通の客相手にしているように、喫茶店のオーナーらしく振る舞う。

 彼は違った。

 邪悪な笑みをこぼし、胸元に手をやると、


「カート、やっぱり、本命は君だったよ」


 そう言い、拳銃を取り出した。銃口はミストに向いていた。


「さあ、こっちに来たまえ。君はいい働きをした。信じるべきは友だな」


 意識しなくても、汗が滴り落ちる。


「シエロ、なにしてるんだ」

「なにしてる? 今更、なにをいうんだ? 僕たちの革命がまた一つ、進むんだよ」


 ミストは銃口を突きつけられ、厳しい顔になっている。


「ローズはもうひとりの皇女様を確保に向かっている。この姉妹がいなくなれば、完全にロイヤルブルーは、帝国は消えてなくなる。それでこそ、革命は成り立つ。帝国主義から開放されるのだ」

「なにいってんだ、帝国はもうないんだぞ」

「いいや、カート、君は甘い。レコンキスタ・メンバーズと称する帝国主義の生き残りが欲望のままに成長しようとしている。このままではまた帝国主義がのさばってしまうのだ。我々はこれを未然に防ぎ、貴族や大富豪から真に民衆を解放し、平等な社会を築かなくてはならない」

「やめろ!!」

「いいや、止めるな、君は善良なる労働者だ。これで君も、支配者層に振り回されることもなくなるのだ」


 引き金に指をしっかりかけ、


「馬鹿野郎!」


 カートはあわてて、拳銃の射線上に立ちふさがる。イスを掴んで盾にする。


「なぜ邪魔をする。やはり君は帝国主義のスパイであったのか」

「……違う。そうじゃない。そんなことはどうでもいい」

「どくんだ、そうでないと君が」

「撃ってみろよ、適当な理屈をつけて、革命の邪魔をした愚か者ってことになるんだろ。善良な労働者が実はスパイでしたってことになるんだろ」

「くっ、なにをいうんだ」

「都合のいいように解釈するな。おまえがやりたいのは、覇権争いだろ。真に平等を求めるなら暗殺なんてのはナシだ! 暴力で解決するだったら、俺はおまえの意見に賛同なんて出来ない。どんな優れた社会を理想としても、納得なんて出来ない」

「力が必要なときもある」

「ああ、あるだろうさ! 俺たちはメリーを取り戻しに行くよ、力ずくでかもしれない。しかも、自分たちの幸せをつかみにいくためにな。でも、おまえたちより、ずっとわかりやすくて、人間的で、信じられる」

「本気で言ってるのか、皇族の幸せを享受することで、自分も救われると」

「違うだろ、おまえは信用できないっていってるんだ」

「我々に背を向けた君がよく言う」

「平行線だな」

「残念だ。なら、答えはひとつ」

「ああ、答えは一つだ。俺は預けられた荷物に責任を持つ! 俺はトランスポーターだ」

「ただの自己満足だよ!」


 シエロは感情のない瞳で狙いをすませる。

 その時、カランコロンと店の扉を開ける音が響いた。

 場にそぐわない緊張感の無い音が響く一方で、カートは店に入ってきた人物を見て、驚いた。背の高い金髪の青年。

 金髪の青年は緊迫した空気に包まれている店内に呆然としていた。


「リュミエール!!」


 誰かが、彼の名を叫んだ。

 さすがにその名にシエロは反応して、視線が動いた。

 その瞬間だった。カートはイスを投げつけた。

 背の高いイスのため、重量がある。振り子の原理よろしくとばかりに、重心のある背もたれ側がシエロの頭めがけて飛んでいく。反射的に、シエロは引き金を引いた。火薬が爆ぜ、飛び出した弾丸はイスの金属部分に跳弾し、酒瓶に直撃。瓶は弾け飛んで、酒が垂れ流しになる。

 イスの重量に押され、それを押しのけようと腕をかき乱し、ちょうど拳銃の銃口が天井を向いたとき、その瞬間。

 カウンターの奥で、フィンがぱちんと指を鳴らした。

 同時に、拳銃の火薬が同時に爆発した。衝撃がシエロの腕に耐えられなかったのか、腕が直角に曲がって弾は一発だけ飛び出した。そのまま壁につきささる。拳銃も衝撃で吹っ飛んでいった。

 なにがおこったか、シエロですらわからないようだった。

 フィンの鋭い視線に思うところあったのか、

 クソっバケモノめ、と悪態をつき、リュミエールをつきとばす。そのまま体当たりで扉を蹴破って、飛び出していった。

 フィンがバケモノ呼ばわりされて、頭にきたのはミストだった。追い打ちをかけるようにコップを思い切り投げつけた。結果、シエロには当たらず、閉じかけた扉のガラスに命中し、ガラスの砕ける音が響いた

 一連の、喧噪が去って、戸惑いながら口を開いたのは、リュミエールだった。


「赤猫亭はここで、よかったでしょうか……」


 場違いな質問に、きょとんとして、カートはもちろん、ミスト、フィン、マーカス、みんなが同時に笑った。どうしょうもなく、腹の底から笑ってしまった。



 嵐が去って、まずは片づけと掃除だった。

 イスを定位置に直し、壊れた足を金槌で叩いて矯正していく。店の軒先にてトランスポーターの制服姿で日曜大工をしている姿はどうにもおもしろいようで、通りゆく近所のご婦人たちは視線を合わせない程度にのぞいていく。適度に会釈して、その場をやりすごし、カートはイスの応急処置をやりとげた。

 ファイナリアにこの人ありと言われたフィンやファイナリア総督だったマーカス、ロイヤルブルーであるミスト、雁首そろえて店の掃除だ。

 割れた酒瓶で床は汚れ、投げつけたイスやコップのせいで窓ガラスは割れた。

 くすんだ床を濡れた雑巾でごしごしと磨いているミストの一心不乱な姿の横で、リュミエールはバケツを持って、立っていた。


「あの、わたしはこのような役目だけでよいのでしょうか」

「うん、呼ぶまでそこにいて」

「はい……いえ、しかし」


 ロイヤルブルーに働かせて、自分は横で見ているだけなんてとぶつぶつと独り言。ことごとく、ミストは無視した。

 そして、リュミエールからはミストがかがんで作業するので、背中とお尻ばかり目に入り、とうとう視線も逸らす。

 マーカスはマーカスで割れた窓ガラスの処理だ。中途半端に穴があいたので、危険だから全部割ってしまおうとガラスをステッキですべて叩き壊す。床に砕けたガラスをほうきで一カ所に集める。

 一通り作業が終わったところで、フィンが顔を出す。


「建具屋さんに頼んできたわ。二、三日もあれば直してくれるって、それまでは吹きさらしね」

「休業かね」

「そうね、ちょっと面倒な人に見つかっちゃったからねえ。お店は一息つけた方がよさそう」

「……残念だな。憩いの場がなくなる」


 マーカスのため息混じりの声。


「それと、カート君、これはローズさんから」


 封のしてある手紙をカートの手に握らせる。


「ローズから? あいつは……」

「必ず手渡しでって言われてね」


 手紙泥棒をした手前、間違いないとうなずく。

 手紙の封を開けずに、上着のポケットにねじこんだ。

 それを見届けてか、フィンは全員に向かって言った。


「これから、ちょっと忙しくなるわ」


 フィンはいたずらっぽく笑って、


「題して、花嫁奪還作戦」


 むむむと表情が険しくなるのはマーカスであった。


「……葉巻をもらうよ」


 引き出しから勝手に取り出して、葉巻を指に挟み、肩の高さまで挙げると、フィンは指をぱちんと鳴らす。同時にフィンの人差し指にちいさな火が灯り、その指をそっと葉巻に近づける。先端が徐々にくすぶり、煙がたちこめる。指に残った火はふっと息をかけて消していた。

 カートはロイヤルフレアという現象を初めて見た。あれが、いわゆるロイヤルブルーではミストが目覚めた氷を操る能力に対して、旧フィーナル王家に伝わるチカラ、炎を操るロイヤルフレア。炎を司るファイナリアと呼ばれていたらしいが、それこそ体現していたのかと納得する。

 ただ、それをバケモノというにはちょっと器量が狭い、とシエロを思い出す。


 ――価値の狭さはそういうところにも現れる。

 などと、評価した。


 そんなカートの思いとはよそに、マーカスは葉巻を吸い、精神統一をしているのか、目つきが鋭くなった。

 総督の葉巻、とも揶揄され、数々の英断を下したという。

 マーカスはすうっと吸い込み、白い煙を吐き出す。


「話を聞く限り……なかなか手強い相手だぞ」

「関係ない」


 と、ミスト。決意は固く、口数少なく断定する。


「ならば動こう。君たちは手を貸してくれるかね?」


 リュミエールと、カートに目を配していた。

 同時に、帝国式の敬礼で返す。


「役者は揃った。まずは兵隊だな。後輩を指導するついでに兵隊を借りてくるとしよう」

「お金の工面は私がやるわ」


 マーカスとフィンの阿吽の呼吸であった。


「作戦立案も頼む」


 すぐに店を離れるマーカス。

 その前に、カートの肩をぽんと叩いた。


「君はトランスポーターなんだな?」

「はい、俺は……トランスポーターです!」

「よろしく頼む」

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