079→【メテオライト・デート】
「うっはぁ……露っ骨ぅ……」
つい一時間ほど前まで、影も形も無かったはずの隕石の落下を見て、思わず口をついて出た第一声がそれだった。
なんというか、あまりにスケールがぶっ飛び過ぎていて、逆に驚くことが出来ない。
裏を返せば、ここまでしなければ今の、氷雨芽々子に守られる相楽杜夫を殺すことは出来ないというわけか。
……こんな大がかりで、ようやく?
あれ、おそらくはまもなく地上に落下してくるのだろうが、こうなるともう、防ぐとか逃げるとかいう次元の問題でもない。そもそも、俺たちだけが助かったとしても、周りはその時、一体どうなる?
「ねえ、がらくん」
そんな、人一人を殺す為、【命日】の予定を守る為には、些か悪趣味で行き過ぎな質量を見つめて、メメ子が言う。
「北峰は、どうだった?」
「どうって、」
「私、八年を北峰で過ごしたの。力を蓄える為に、山から下りることはなかったけれど、浄権や信者たちを通して色々な話を聞いたし、地域運営にも関わって来た。最近では、新しい名物を作ろうって活動もしていたのよ。知っているかしら、冷やしおむすび。あれ、考えたの、私なんだ。具のアイディアも出したよ。ちょっと王道からは外れてしまうけれど、私の一押しは塩とまと。覚えてるかしら、小学三年生の時、農家のお手伝いに行く授業があって、その時に、自分でもいだトマトに、塩を振って食べたこと。あれが、本当においしくて、感動して、ずっと忘れられないで。いつかあなたにも、食べてもらいたいなって思ってて――」
「――おう」
笑いながら、思う。
なんだ、杞憂だ。やっぱり、無駄で、空っぽなだけの、日々なんて無い。
この八年間、氷雨芽々子は、この場所で――相楽杜夫以外にも、確かなものを積み上げていた。
彼女は、彼女の、誇れる日々を、生きていた。
「それな、北峰に来て、駅前の店で頂いた。最高にうまかったよ。さすがはメメ子、目の付け所がいい。じゃあそうだな、トマトが旬の夏の内に、今度は、おまえの手で作ってくれ」
「――――――――嬉しいわ」
こちらを見て頷き、
「さっそくひとつ、やりたいことができちゃった」
広場の中心に移動を始めたので、俺もそれについていく。彼女が止まると、俺はその隣にどっかりと、座り込む。
逃げもしない。隠れもしない。
メメ子のことを、信じている。
「明日からはまかせろ。今夜だけは頼んだぞ」
「まかされた」
握った拳を、ぶつけ合う。
瞬間、彼女の身体が、眩い光を放ち始める。
「――それじゃあそろそろ、そっちにも、惚れ直してもらおうかしら」
「お、おお、メメ子っ!?」
「いっつ、いりゅーじょーん」
呟き、そして、白く全身が塗り潰される――彼女を中心に、旋風が渦を巻く。
――ほどなくして、それが終わると。
「お待たせ、がらくん」
中から姿を現したのは、さっきまでの、九歳児ではなく――
――見事なまでのモデル体型で、服の丈が危うい感じに合わなくなった、足首まで届く長い黒髪の美女だった。
「もう、力の温存も終わり――これでようやく本気を出せるわ、色々とね」
ばちこーん、とかまされるウィンクは、姿は急に成長しても、やはりその中身はまだまだ九歳状態のものに引き摺られており、大人っぽくなりきっておらず、しかしまた、そのギャップが何とも魅力的に見えた。
誰が何と言おうとも、俺にとってはそのぐだぐだな感じが、最高だった。
「ねえねえがらくん。これから二人の未来の為にがんばる愛しの女に、一言、応援をちょうだいな」
「これからは、おまえが成長していく姿、間近でじっくり見させてもらっていいか?」
果たして。
十七歳メメ子は、引き攣って、固まって、わずかに裾を整え直して、
「――――そういう反則は、ずるいと思うわ、がらくん」
にしし。
やられっぱなしってのは、おまえとどんな関係になったとしても、性に合わないからな。
と、
「おわ、」
急に聞こえた音に驚く。
それは、なんとスマホの着信だ――山に登るとわかった時、万が一に備えて防水ケースに入れておいたのが幸いし、どうやらあの滝壺落下にすら生き抜いてくれたらしい。
「はい、もしもし」
『おいおまえ今どこにいやがるクソバカ兄貴ッ!!!!!!』
ディスプレイを見た瞬間に予期し、耳元から離していたのが功を奏した。
直撃したならば鼓膜を破りかねない大声が、たっぷり間を開けていてすら耳に刺さる。
『学校までサボって行方知れずだって山田に聞いたぞ! なんかまたふざけたことやってんじゃねえだろうな、ああくそもうこの際それはいい! 居場所を言え居場所を! 県内か!?』
「おう。北峰の、水汲山」
『はああああぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁあっ!? な、な、な、んなっ、なぁぁんでよりによってこんなタイミングでそんなところにいやがるんだよテメエはよぉおぉおおぉっ!』
ドンドンドン、と床を踏みつける音がこっちまで聞こえてくる。うわっはぁ怒ってる怒ってるぅー。
『逃げろ! 今すぐ逃げろ、兄貴! いっくらテメエがボンクラでも状況はわかってんだろ、その電話だよ畜生これはッ! 今更ムダかもしんねーけど、一歩でも遠くへ、助かるとこに避難しろ! 南河ももうわけわかんねー騒動だよ、何だよこれ、明日から夏休みだってのに、なんてことになんだよもうッ! おい神様よ、今日で世界が終わるってのか、ああっ!?』
「心配ないよ、真尋」
俺は、静かに。
頷いたメメ子と、眼を合わせて、言う。
「大丈夫だ。せっかくだから、こんなの滅多にない、一生に一度のイベントだと思って見物すりゃあいい。これでそんな大事には、折角の夏休みが潰れるようなことにはなんないよ」
『――――兄ちゃん、まさか』
「生きて帰るよ」
晴れやかに、告げる。
「明日の朝にはフツーに戻るし、約束だって絶対守るさ。そうだな、おまえとは、おまえにも、言わなきゃならないことがあるしな」
俺と同じ喪失を経験し、同じ苦しみを背負っていた、家族。
「今度、母さんのお墓参りに行こう。俺とおまえと、父さんと、三人で」
『…………っ、』
「こんなところで、こんなことで、死んでたまるっかつうの。俺さ、真尋。やりたいことが、出来たんだ」
『――兄ちゃん、』
「それに、
言いたいことは、尽きない。
始めたいことばっかりで、時間がいくらあっても足りない。
「詳しい話は、また明日な。楽しいこといっぱいするから、ちゃぁんと元気、貯めとけよ?」
通話を切って、電源を落とす。
スマホを芝生に放り投げ、俺はいっそ四肢も投げ出す。
とても静かな夜だ。
好きな人がここにいる。
空から、星が落ちてくる。
「気付いたんだけどさ、メメ子」
「何かしら、がらくん」
「これって、もしかしなくても、デートだよな?」
彼女は笑い、そして、屈み込んで俺の額に口づける。
「最高にロマンチックだわ」
流れ星を一緒に眺める、二人だけの時間。
この世のものではないような、神秘的な光景。
この瞬間を上回る思い出を探して、俺たちはこの先に、どこまでも続く日々を生きていく。
人生は楽しすぎて、予想も出来ない驚きの連続で。
途中で席を立つなんて、とてもじゃないが、もったいない。
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最終章、【メテオライト・デート】、終了。
エピローグ、【人生は終わらない】に続く。
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