第66話 重奏 ~ Eaglet IV


 攻撃は最大の防御であり、情報を制するものが全てを制す。


 これらは俺の行動原理の基本である。


 特に情報収集は相手が強力であればあるほど、手を抜いてはいけない。


 一年一組でのいじめの実態と、できれば市原央佳の家庭環境、さらに彼女の協力者の存在を明らかにすることがまず第一だ。


「この中で顔が広いのはかなめちゃんだけど、一年生にまで知り合いはいないよね?」

「うん。ごめん、あっちゃん。さすがに今年入った子までは、まだ仲良くなってないよ」

「あ、アリス。そのことだけど、ともえ先輩に聞いてもらうことできないかな? ともえ先輩なら後輩に慕われてるし、美術部に一年一組の子もいるかもしれないし、様子も聞き出せると思うの」


 ナナリーが、控えめに手を挙げてそんな案を出してくれる。


「あ、それいいかもね」

「じゃあ、七璃聞いてみるよ」


 念のため、一年一組に隠しカメラでも仕掛けておくか。音声は録れないから、あくまでクラスメイトの話の補助的な分析に使うだけである。バレたらかなりリスクが高い作戦ではあった。


「ナナリーお願い。あとは、市原央佳の性格と家庭環境及び協力者の存在かな」

「なあ、アリリン。たぶん、その子、孤立してるんでしょ? 友達とかいなさそうだし。いじめの実態はわかっても、その子の人となりは虐める側のフィルターがかかってしまうよ」


 ミドリーのその言葉に、かなめがこう問いかける。


「中学時代の友達は?」

「動画の彼女からの推察だけど、中学でも孤立してたっぽい気がする。ねぇ、アリリン。話を聞くだけじゃなくて、リアルに尾行でもやらないと無理じゃない?」

「そうだね。地道だけどその手が一番確実かな。そうすれば協力者の存在もわかるかもしれない」

「あっちゃんは顔を覚えられているんでしょ? 私がやるよ」


 と、かなめが身を乗り出すように手を挙げる。


 いちおう有里朱に説明したのと同じことをかなめにも説明したのだ。つまり、誰も傷つかず誰も不幸にならない方法をとると。そのためにもみんなの協力が大切だと説得したのである。


 初めは渋っていたかなめも、見て見ぬ振りをした場合の後悔とその傷を理解したのか、それからは積極的に関わろうとしている。


「じゃあ、お願い。無理はしなくていいよ。ひとけのない所へ行く場合があったら、その手前で尾行は止めること。協力者ってのがどんな奴かわからないからね。そこらへんは慎重に行動しないと危険だ。なにせ、協力者は人殺しをなんとも思わない奴っぽいから……いや、一人とは限らない。だからこそ、慎重に」

「うん、わかった。あっちゃん」


 真剣な顔で頷くかなめ。この子だけを危険に晒さないためにも保険をかけておくか。


「あ、何かあったらユーリ先輩を頼るのもアリかな?」


 ユーリ先輩のフットワークの軽さは貴重だ。事情を話せば協力してくれるだろう。


「そういえばゆり先輩、ずっと暇を持て余しているみたいって言ってた」


 とナナリーは苦笑いする。ユーリ先輩って、ともえ先輩大好きっ子だからなぁ。時々『ともえがかまってくれない』と、LINFで愚痴ってくることもあるくらいだ。そのともえ先輩は部活に専念しているという。


「あはは、そういやそうだったね」

「七璃がゆり先輩に協力を頼んでみる」

「うん、お願い」


 ユーリ先輩も身体を動かしていれば少しは気が紛れるだろう。


「あと、七璃、かなめさんの補助に入ろうか? DQH作戦の時みたいに」

「そうだね。彼女たちの尾行を俯瞰して観られて、指示ができる人間がいたほうが効率的だ。ナナリー頼んだよ」

「うん、了解」

「ねえ、あたしも尾行に加わった方がいい?」


 ミドリーが挙手をする。協力すると言った手前、何か仕事を振ってもらいたいのだろう。


「いや、今回はフットワークは軽い方がいい。かなめとゆり先輩のコンビネーションで、ナナリーのバックアップがあればなんとかなるよ」

「じゃあ、あたしはあの子の動画の分析をするね。ちょっと気になる事もあるし」

「気になる事?」

「チャンネル登録数の推移だよ。ぽっと出のウーチューバーが、いきなり人気に火が付くなんて滅多にないよ。顔出しならともかく、JCってだけでここまで劇的に人気がでるはずがない。あたしなんか、地道に一年くらい動画上げて、それでじわじわ登録者数増えたんだよ」


 ミドリーはPCの画面で表計算ソフトを開き、予め作っておいたであろうグラフを俺たちに見せた。


 たしかに、グラフの伸び方に不自然さはある。単なる運やタイミングということもあるが、彼女に詳細を調べてもらって方がいいだろう。


「それって、ミドリンの動画に花がないだけじゃん!」


 と、ナナリーのツッコミ。ほとんど脊髄反射的に喋っているようにも感じた。


「ナナリン、しつこいよ。あんた、pixibでも人気出てきたからって天狗になっちゃってるんじゃない?」

「そんなことないよ」


 話がこじれそうなので仲裁に入る。


「まあまあ、ナナリーも余計なことは言わない。今大切なのは、情報を集めることなの」

「うん、ごめん。最近、ミドリンとの軽口に慣れちゃってたからつい」

「とりあえずミドリー。例のウーチューバーの分析は頼んだね。わたしも、彼女の人気に何か意図的なものを感じるよ」

「あっちゃんはどうするの?」


 かなめがそう聞いてきたので、俺はシンプルに答えた。


「わたしは市原央佳が、どうやってクラスメイトに復讐するかの方法を探るよ。虐殺のための装置を作るなら、どこに仕掛けるかとか、どんな仕組みで起爆させるのかを」

「それなら手伝いは要らないね」


 皆がいろいろと動いてくれるのは嬉しい。一人で何役もこなすのはさすがに効率が悪いからな。


「そうだ、みんな。情報の共有のために、このアプリを入れておいて」


 ノートPCの画面にアプリストアの二次元バーコードを表示させた。


 これはスマホで情報をリンクするためのスマホ用アプリケーションソフトだ。うちの自宅にあるPCにサーバーを作っておいたので、そこでデータを共有するためのアクセスに必要となる。


 収集した動画、テキスト、表計算等が外出先であろうが四人で共有できる。一昔前ならスパイ映画にしか出てこなかったハイパーテクノロジーが、手の平サイズのこの機械に集約されているのだ。本当に便利な世の中になったものだ。ガラケー時代の俺らの頃とは段違いである。


 たかが高校生だとしても、今はその科学の恩恵を受けられるのだから、これを使わない手はない。


 スマホは異世界ではチートになるという話もあるが、現代であっても使い方次第で最強のツールとなる。こんな便利なアイテム、宝の持ち腐れになってはならない。


 使えるものは最大限に活かす。それが俺のやり方だ。



**



 隠しカメラの設置とともえ先輩からの情報により、市原央佳へのいじめの実態がわかってきた。


 彼女のクラスは有里朱の時と同じ、同調圧力系蔓延型だ。市原央佳の孤高な性格も災いして、クラスではかなり疎まれている。気の強い何人かは、それに我慢できずに直接攻撃をしかけるようないじめだ。


 傾向でいえば、嫉妬系やらストレス系も混じった複雑なもの。


 録音が無いのと、虐めている側からの証言なので、どこまで彼女に酷いことをしているのかはわからなかった。それでも、彼女の表情から、それが屈辱的なものだということが覗える。


 とはいえ、まだ五月に入ったばかり。この学校に入学してから一ヶ月ほどしか経っていない。よほどのことがなければ、クラスメイトたちに殺意は抱かないだろう。


 それを探るのも重要な事だ。


 さらに、かなめからの報告で、毎日のように会っている人物がいた。


 二年一組の田中さんである。あの図書室で何かを話していたのは、見間違いというわけでもなかった。


 今日もまた、その田中さんと校内で話をした後、彼女は下校している。現在、かなめが張り付いている最中だ。


 そんなかなめとのLINFの会話で、彼女が気になる買い物をしたことを知る。


@かなめ

【田中さんが協力者なのかな?】


@アリス

【可能性は高いね 他には】


@かなめ

【今のところ他に会ってる人はいないよ】


@アリス

【今どこにいるの】


@かなめ

【ホームセンター 市原さんは買い物してる】


@アリス

【何か買ってる?】


@かなめ

【ガソリンの携帯缶と噴霧器かな】

【あとスマホ用の三脚と拳銃みたいなやつ】


@アリス

【拳銃?】


 アメリカじゃあるまいし、日本のホームセンターで銃器の類は売ってないだろうと、ツッコミをいれたかったが、それに類似した形のものかもしれない。


 しばらくして、かなめから返事が来る。


@かなめ


【商品名見たらスパークライターだって】


 業務用の点火装置だな。先端の電極に火花放電させて、ガスに点火するやつか。


@アリス

【尾行を続けて】


@かなめ

【り】



 さらに二週間が経ち、大まかな情報は揃ってきた。だが、ピースはなかなか埋まらない。


 市原央佳がなぜクラスメイトに殺意を抱いたのか?


 協力者は田中さんなのか? 他には本当に誰もいないのか?


 そして、彼女の家庭の事情すら見えてこない。盗聴器を仕掛けるくらいやらないと調べられないのかもしれないが、それではリスクが高すぎる。さすがにこちらが警察に捕まっては元も子もない。


 しかもこれらの情報が揃わないと、彼女を説得することすら不可能なのである。力技で強引にって手もあるが、それは最後の手段だ。


 仕方が無いので伝家の宝刀を抜くことにした。


 プレザンスさんのクラッキング能力で、市原央佳の事を調べられないかとメールで問い合わせる。が、一週間ほど経った現在、返信は無い。たかだかいち女子高生をネット上から調べるにも限度があるのだろう。


 大物政治家などとは違って、そもそもの情報量が少なすぎるのだ。


 期待せずに待つことにしよう。そうそうあの人を頼っていられない。


 それより今は市原央佳の動きを監視するのが先決である。


「アリリン。気になるアカウントをいくつか見つけたんだけど?」


 ミドリーがデスクトップのモニターから目を離さずに話しかけてくる。


「アカウント?」

「インスタのやつ。三ヶ月くらい前から彼女の動画を宣伝しまくっている。それも複数で……Tvvitterもあるかな」

「今年の二月くらいかぁ。入学前から彼女に目をつけてたってわけね」

「その頃ならまだ彼女は中学生だし、JCウーチューバーとして売り出すにはちょうどよいってのもあるかな」

「インスタもTvvitterも捨てアカ?」

「うん。どれも、どこの誰だか特定できないよ」

「そうだろうね。あ、彼女の過激動画、一人じゃ撮れないような仕掛けになったのも、それくらいかなぁ?」

「うん、ほぼ同時期。だから協力者は必ずいると思う」

「アリス!」


 それまで静かにノートPCの画面を注視していたナナリーが声をあげる。


「どうしたの?」


 ナナリーの背中に周り、その後ろから液晶画面を見る。


 目の前のノートPCには一年一組の教室内の映像が流れている。ひとけのなくなったその教室に市原央佳が入ってきて、後部のロッカーで何かしている。


 さすがに尾行しているかなめも、教室内まで入れないので外で待機しているのだろう。


 映像は市原央佳を映し続け、その不自然さを浮き彫りにしていた。


 普通なら荷物の出し入れなら一分もかからないというのに、彼女はもう五分以上その場を動かない。


「これ、なんか仕掛けているっぽいね」


 ナナリーの意見に俺は頷く。いよいよ始めるようだ。


「決行は明日かな?」

「ヤバイじゃん!」


 口を開けたまま固まるナナリー。虐殺が行われるわけだから、それが普通の反応だろうな。


「なんかあった?」


 ミドリーが顔をこちらに向ける。


「市原央佳に動きがあったよ」

「明日かぁ。こりゃ、緊張するね」


 ミドリーが立ち上がって、両手で自分を抱き締めるような仕草をする。なんだかんだいって彼女も不安なのだろう。


「大丈夫。絶対に誰も殺させない。誰もケガさせない。みんな、わたしを信じて!」

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