第82話 十八歳 10

 十八歳の終わりに私とエドは夫婦になった。

 石炭列車はまだ準備段階で、エドは領地と王都を往復する日々を過ごしていた。そこで私は彼を助けるために、成功を待つことなく妻になることを決意したのだ。

 もちろんジムは大反対だったけど、そこは黙らせた。石炭列車が実現すれば王都から領地まではとても早く移動できるわけで、家族との距離は変わらないと何度も話して聞かせたのだ。

 男爵家とはいえ貴族の婚姻は王の許可がいるので、少しだけ心配だったけど意外とすんなりと許可が下りた。

 結婚式は身内だけで行った。何故か兄のヘンリーと従者のバレットも出席してくれていて驚いた。兄は私の兄としてではなく、石炭列車の共同出資者として出席してくれたようだった。


「兄さ…、いえ、ヘンリー様、本日はよくおいでくださいました」


 私が兄に声をかけると、兄は黙って頷いてくれた。後ろの方で、バレットもほほ笑んでいる。

 私はそれ以上言葉が出なくて、泣き出したいのをこらえていた。久しぶりに見る兄の姿に涙を抑えるのが大変だった。兄はいつも陰ながら私を助けてくれていた。酷い言葉を突き付けられたこともあったけど、みんな私のためだった。


「アンナさん、結婚おめでとう。これからはご主人の仕事仲間の一人として話をすることも多いだろう。君はエドの仕事を手伝うそうだね」

「はい、従業員は多くいますが、彼にしかできないことも多いようなので、私が手伝って行こうと思っています」

「それは楽しみだ。これからもよろしく頼むよ」


兄が言うようにエドと結婚した後は『うどんとクレープ』の店をフリッツたちに任せて、私はエドの仕事の手伝いをすることなっている。

あっさりと決めたわけではない。悩んで、悩んで決めたことだった。

 クリューに相談すると、


『フリッツにゆずればいいだろ。もう庶民ではなくなるわけだし、いつまでもあの店で働けるわけないよ』


と言われた。私はその時エドと結婚したらどうなるか深く考えていなかったことに気づかされた。

 フリッツとマリー、そしてサラたちも、


「エドモンド様と結婚するのだからそうなると思っていた」


と言われた。何も考えずにプロポーズを受けた私は本当に馬鹿だった。

 店は潰したくなかったから、フリッツとサラがいてくれて本当に良かったと思う。この二人なら私の跡を継いで立派に経営してくれる。

サラは私が辞めるのを機に、ロックの宿屋で食堂を開くことになった。店を辞めることになかなか踏ん切りがつかなかったから丁度良かったと言ってくれた。

 私は結婚するまでの間に、従業員の確保にも動かなければならなくなった。することは沢山あり、とにかく忙しい毎日だった。

 毎晩ジムの愚痴を聞き時には一緒にお酒を交わし、トムの世話をさせてもらい、ルーカス伯爵家に挨拶に行きと休む暇もなかった。

 怒涛のように時が過ぎ結婚式の今日、私はいま兄とも久しぶりに話ができて非常にテンションが高くなっている。

 クリューはいつものように肩の上に座っている。誰にも見えないのに、何故かタキシードを着ているから笑える。クリューは最近、いない事があったので肩の上に座っている姿を見られて安心した。

 皆が祝福してくれる結婚式に一番の幸せを感じていた。こんなに幸せになって大丈夫だろうかと不安になる。横でほほ笑んでくれているエドを見て夢ではないとホッとする。

妖精によるチェンジリングで入れ替わっていたことがわかった時は不幸のどん底だった。クリューがいなければ泣くことしかできなかっただろう。前向きに考えて生きていけたのはクリューが傍にいてくれてからだ。

 そして婚約解消された時はもう二度と会うことはないと覚悟していたエドとの再会。エドは庶民になった私に会いに来てくれた。あの時、エドが行動してくれていなければきっとエドと私が一緒になる未来は訪れなかっただろう。

 庶民になってから本当にいろいろなことがあった。貴族だった時には見えなかったものを目にすることもあり、時には落ち込み、時には喜び、一喜一憂することも度々あった。

 アネットは残念ながら結婚式には来られなかった。でも手紙には私たちへのお祝いの言葉よりも、旦那とのことがいっぱい書かれてあってとても幸せそうだった。彼女の幸せが何よりうれしい。私と彼女はチェンジリングによって未来を変えられた。でもあのチェンジリングがなければ、私とアネットは今の結婚相手と出会うことはなかったのだ。そう思えばチェンジリングをしてくれたお礼を言わなければならないのかもしれない。まあ、苦労の方が多かったから言わないけどね。

 ジムのことを「父さん」と呼べたように、いつかはベラのことも「母さん」と呼びたい。そして兄弟たちには「姉さん」と呼んでもらうのだ。

 いつか遠くない未来にかなうと思っている。

 

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