第73話 十八歳 2

 アネットが訪ねてきたのは十八の誕生日からひと月過ぎたころだった。


「話しがあるの」


 私たちは近くのカフェでお茶をすることにした。そこは本当にお茶しか出ない所だ。そのお茶がとても美味しいと有名だったけれど、まだ一度も訪れたことがなかったので興味津々だった。

 そんなことを考えていたからか、アネットに呆れた表情をされた。

 でも店を経営していると他所の店が気になるものなのよね。


「私は薬草茶にしてみるわ」


 メニュー表にはそれこそたくさんのお茶に種類があって、悩んだ末に薬草茶にした。


「それって苦いのではなくて? 私は普通の紅茶でいいわ」

「せっかくなのに、冒険したほうが楽しわよ」


 たくさんあるメニューの中から、どこででも飲める紅茶にするなんてもったいない。


「結構よ」


 誕生日は同じだけど性格は違うようで、アネットには冒険心がないようだ。


「うーん、思っていた味と違うわ。全然苦くないし飲みやすいわ」


 薬草茶は癖もなく飲みやすかった。


「そう、良かったわね」


 紅茶を飲んでいる姿は貴族そのもので、優雅で美しく一枚の絵のように神々しい。この人が十四年も庶民として暮らしていたなんて、言われても誰も信じないだろう。


「話があるのでしょう?」

「ええ、一度ゆっくり二人で話がしたかったの」


 もしかしてエドのことかしら。聞かれたらエドとは何でもないと言わなければ。

「わ、私も話をしたかったわ。でもあなたには恨まれていると思っていたから話しかけにくかったの」

「まあ、私の方が恨まれているのではないかと思ったわ。私はあの日、用もないのに合格発表を見に行ったの」

「えっ?」 

「奨学生には事前に知らせがあるから行く必要はなかったの。私は妖精から私の出自を聞いて、どうしても貴族になりたかったからあの場所に行ったの。あの時の私は自分のことしか考えていなかった。貴女がその後どうなるかなんて頭になかった」


 アネットは私に頭を下げる。私はどうすればいいのかわからない。だって自分のことしか考えていなかったのは私の方だから。私がクリューからチェンジリングの話を聞いたのはアネットより前のことだ。あの時に私がみんなに告白していれば、アネットはそんなことをしなくても貴族に戻れていたのだ。

 だから責められるのは私の方だった。


「違うのよ。私の方が悪いの。アネットは兄さまから聞いていないのね。私はアネットが知る前から知っていたの。兄さまと離れるのが嫌で黙っていたの。そのことで兄さまにすごく叱られたわ。私が話していれば一年も早く貴女を助けることができたって。私の方こそ自分のことしか考えていなかったの。本当にごめんなさい」

「そうだったの。兄様は私には話してくれなかったわ。たぶんアンナのことを悪く思われたくなかったのね。ねえ、貴女は今の暮らしで満足している? 困ったことはない?」


 アネットは私のしたことについては何も言わなかった。ただ私が今の暮らしで困っていないかが気になるようだった。


「困っていることはないわ。実家で暮らしているからお金もそれほどいらないし、店も上手くいっているのよ」


 まあ、結婚相手が見つからない事は困っていると言えるのかもしれないけど、このことは恥ずかしいからわざわざ言わなくてもいいわよね。


「そう、それならよかったわ。私はどうしても貴族になりたかった。そのせいでアンナに迷惑をかけたことだけが気がかりだったの」

「アネットは元々貴族だったのよ。私から奪ったわけではないわ。もうそのことは気にしないで」

「両親が十四年も育てた貴女をいとも簡単に捨てた時、とても怖かった。私が貴族として出来損ないだって判断されたら、私も捨てられるのではないかと思って、がむしゃらに頑張ったの。三年前に失礼な事言ったでしょ? あの時はあれがみんなにとって良い事だって思ってしたことだったけど、後から考えるとあれも自分勝手な行動だったわ」

「そんなことないわ。もしアネットが忠告してくれなかったら、『うどんとクレープ』の店は続けていけなかったかもしれないもの」

「そうでもないと思うわ。兄さまはアンナが思っているよりずっと貴女を大事にしているの。あの頃は気づかなかったけど今はそのことがよくわかるの。もしあの店に何かしようとする人が現れたら兄さまがきっと動いていたはずよ」


 兄が私のために動いた? 正直信じられない。確かに兄は優しい。約束も守ってくれた。でも私お店を守ってくれることまでしてくれるだろうか。


「あのね。私、今度結婚するの。結婚したら彼の赴任先に引っ越すから、次に会えるのはきっと随分先になると思うわ。だからどうしてもアンナと話がしたかったの。私はもう前の家族を見守ることさえできないと思う。だから私の家族を守ってほしいの。とても勝手なお願いだけど、お願いします」


 アネットの目には涙が溜まっていた。そして庶民である私に頭を下げた。

 エドと結婚するアネットがどうして遠くに行くのかよくわからない。エドもどこかに行ってしまうのかしら。


「アネットの家族でもあるけど、もう私の家族でもあるのよ。家族のことは心配しないで。私が絶対に守って見せるから」

「…あ、ありがとうアンナ」


 結婚の準備で忙しいのか時間がなかったようで、その後アネットを呼びに来た人がいて慌ただしく帰っていった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る