第6話 出会いーエドモンドside
私が婚約者候補であるアンナ・デュ・セネット侯爵令嬢と初めて顔を合わせたのは九歳の時だった。この顔合わせで気に入らなければ断っても良いと父には言われていた。正直女はすぐに泣くので苦手だったので、初めから断るつもりだった。相手は侯爵家ではあるが、辺境伯である我がルーカス伯爵家は建国当時から王家に仕え、実質は侯爵家と変わらない地位なので遜る必要はない。
セネット侯爵家は容姿の面でも魔法の面でも有名な家系で、血統をとても大事にしているらしく奥方も遠いが親戚だと聞いたことがある。だからだろうか誰もが同じ顔をしている。はっきり言って不気味だ。金髪碧眼は彼らだけではないが、顔の造作が同じ作りで気持ち悪い。不自然な美しさだと感じた。
絶対に断ってやる。そんな気持ちでいっぱいだった。
だがアンナはまるで違ったのだ。その時、父の言葉が思い出された。
「白鳥の中にいるアヒルだと噂されている」
なるほど、確かにアヒルだ。血統が違うとしか思えない。皮肉なものだ。あれほど血統を重視した結果がこれなのか。
だが不思議なことに彼女は家族から煙たがられたりはしていなかった。血統第一でもないのかもしれないな。本当にそうならこの髪の色が生まれてすぐに養子に出しているだろう。貴族ではよくあることだ。
「アンナ・デュ・セネットです。よろしくお願いします」
よく躾けられたことが窺える挨拶だ。近くで見ると顔立ちも普通なのがわかる。
「エドモンド・ルーカスだ。それにしても本当に似ていないな。お前の兄は男なのにあんなに奇麗な顔をしているのに。お前って本当にこの家の子供なのか?」
今思えば最低な言葉だった。どうしてそんな酷い言葉を言えたのかわからない。いつもなら絶対に言わない言葉なのに、なぜかアンナを見ていると酷い言葉ばかり口にしてしまうのだ。
アンナはびっくりしたように大きなブラウンの瞳を見開いて私を見た。この酷い言葉はアンナにしか聞こえていなかったのか、誰も私たちの方を見なかった。
「正真正銘この家の子ですわ、エドモンド様」
ニッコリと笑って答えたアンナの顔は泣いてはいなかったが完全に私を拒絶していた。
それからはいつ会ってもほほ笑んではくれるけど、線を引かれていた。私の方も意地になって、会えばいつも意地の悪い言葉ばかり言ってしまう。
あの日、家に帰ると父に呼ばれた。
「婚約話は白紙にするのか? あのような言葉を言うくらいだ。そのつもりなのだろう」
父は少し怒っているようだった。そしてあの時の台詞が皆に聞かれていたのだとわかった。だれもが気づかないふりをしていたのだ。彼女の両親も兄も。どうしてアンナを庇わなかったのだろう。
「父様に聞こえたということは彼女の家族にも聞こえていたと考えて間違いないのでしょうか」
「私よりも近くにいたのだから聞こえていただろう」
「ならば何故何も言わなかったのでしょう。本来なら怒って当然のことです」
「それをお前が言うのか…」
呆れたような父の声に確かにそうだったなと思う。原因は自分だった。だがあの言葉が私ではなく他の人から出たら私は彼女のために怒るだろうと確信した。
「私なら、私なら彼女を守ります。あの家族はどこかそらぞらしい」
「それは婚約の話を受けるということか?」
「それ以外に守ることは出来ないでしょう」
「ふーん、意外だったな。お前はこの話を受けないと思っていたよ」
「…そうですね。彼女があの家そのものだったなら受けなかったでしょう。正直、気持ち悪さしか感じませんでしたから。ですが彼女は違う。とても私を楽しませてくれそうです」
何故婚約の話を受けたのか。あの時ははっきりとした理由は思いつかなかった。
でも今ならわかる。それは彼女の瞳に惹かれてしまったからだ。意地の悪い私の言葉に泣くこともなく、見つめ返すそれはとても強い瞳だった。たぶんそれは私の初恋だったのだと思う。
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