第四章 陸、海、空、御用達!

第67話 遠い休日

「これがクワネガスキ城。そして大陸最南端、トウルバ港」


 眼前に広がる壮大な景色に、僕は思わず呟く。

 軍議の夜から一夜が明け、僕達は大陸に残された帝国軍最大の拠点、クワネガスキ城に来ていた。

 今回の戦いは陸、海軍共同の作戦となる。

 このため陸海軍の上層部がこの城で一同に会し、もう一度軍議が開かれることとなったのだ。


「それにしても、すごい街、すごい城です。光神国内では、帝国は野蛮で遅れた国だとばかり宣伝されていましたけど、とんでもない。これなら光神国の一大拠点にも引けを取らないと思います」   


 僕はそう興奮気味にティアさんに叫ぶ。

 するとティアさんも含め、周りで話を聞いていた帝国軍関係者も、どこか誇らしげな表情を浮かべる。

 クワネガスキ城は標高50~150メートルの低山に築かれた山城だ。

 斜面は急峻で、唯一なだらかな北西側には麓に湿地帯が広がる。

 峰伝いに築かれた郭は、石造りの城壁が多い光神国の城や砦と異なり、土塁と空堀、木製の防御設備が中心だ。

 特に要所ごとに峰を切るように穿たれた竪堀を兼ねた堀切は、極めて大規模かつ効果的もので、この城の特徴を成している。

 だが最も優れているのはその立地。

 トウルバ港の北の陸地を遮る壁ようにそびえるこの城は、まさに港を守る天然の城壁として機能しているのだ。


 そして城の南に広がるトウルバの街は、僕とエイミーが出会ったあの街にも勝る程広く豊か。

 城と港の間の土地には、一般家屋と思しきものの他に、市や鍛冶場等が所狭しと立ち並ぶ。

 さらに港近くには船を建造、修理するドック、城の麓には飛行部隊を運用する滑走路まで見える。

 そして湾内には軍船と思しきものも含む大小の船舶が多数停泊し、決して狭くない湾内は船で大混雑している。

 港、街、城、全てが揃ったこの地は、要衝と呼ぶにふさわしい土地だ。

 それゆえにこの戦の焦点は今、この地に当てられている。

 

「ええ、ここは帝国自慢の要衝の一つ。敵に渡すわけにはいかないのは勿論、民も街並みも守らなければならない。けど、住民の避難は間に合わない。バーム、あなたにはこの街の防衛体勢の強化をお願いしたいの。それも、可及的速やかに」


 隣からかけられるティアさんの言葉。

 声の方向に視線を向ければ、そこには真剣な表情と共に、僕を正面から見つめるティアさんの姿。

 そう簡単にできるはずがない。

 普通なら誰もがそう思うことだろう。

 だがティアさんの向ける瞳と表情の裏に、僕は確かな信頼を感じ取る。

 僕には知識はあれど、経験は乏しい。

 本来なら安請け合いなどできるはずがない。

 だがティアさんの向けてくれる信頼は、僕の心から不安を追い出し、炎のような自信を灯してくれる。

 彼女の元でなら、僕は全力を発揮できる、発揮して見せる。


「僕には経験が足りません。的外れな事や無茶な事を言ってしまうかもしれません。でも、全力を尽くします。サポートをお願いします」


 僕はそう、腹に力を込めて答える。

 そんな僕を見、ティアさんは一瞬無表情を浮かべた後、それを微笑へと変化させる。

 すると、その時、


「お久しぶりです、ティアさん」


 背後からかけられた言葉に、僕は視線を声の主へと向ける。

 そこに立っていたのは、身長165センチ前後、黄色い肌に黒い目と髪を持ち、見たことも無い純白の衣服に身を包んだ、20代後半と思しき一人の人間の男性だった。

 

「――」


 ティアさんの返答がない。

 どうしたのかと視線を向ければ、そこには目を丸く、大きく見開き、明らかな驚愕を表情に表す彼女の姿。

 近くにいたゲウツニー中将もまた、同じような表情を浮かべている。

 そしてそんな二人の反応を見、青年はニコリと笑顔を浮かべると、


「ただいま、戻りました」


 そう物腰柔らかに告げる。

 何が起こっているのか?

 僕は状況を把握できないまま様子を見守る。

 それから数秒、沈黙の末にティアさんが浮かべたのは、先ほど僕に向けたものをさらに何倍も濃くしたような、希望の光に満ちた笑顔だった。


「ゲウツニー、この戦、我々がもらったわ」





 

 軍議が始まったのは、それから数時間後の事だった。


「連合艦隊総都督、大杉又七です。この一年、皆の前から姿をけし、ご心配をおかけしたこと、先ず謝らせてください。そして再びこの場に立ち、共に戦えることを誇りに思います。戦況は予断を許しませんが、全力を尽くし、守り抜きましょう」


 冒頭、先ほどの男性が全員に告げる。

 その態度は柔和で、勢いや覇気というものはあまり感じられない。

 にもかかわらず、軍議の場に集った帝国軍上層部の歴戦の諸将は、それまでの深刻な表情を一変させ、すでに勝利を手にした後のように猛り、雄たけびを上げる。


――ティア総帥に大杉総都督、帝国軍の双璧が戻られたぞ。

――これで勝利は疑いなし。

――俺は、夢を見ているのか?


 飛び交う喜びの声。

 そうして祝いの宴席となりかける軍議を、


「皆落ち着け、喜ぶのはお二人に勝利の華を添えてからだ!」


 ゲウツニーが一喝して鎮める。

 僕には彼がどれほどの人物かわからない。

 だがどうやら帝国軍にとってはティアさんに並ぶほどの存在らしい。

 そう漠然と思っていると、


「こちらがバーム、緑、そしてエイルミナ。新たに我が軍に加わった3人です」


 ティアさんが僕たちを海軍上層部の面々に紹介する。

 海軍上層部の面々と僕たちの初顔合わせ、それが今回僕たちが軍議に参加した目的の一つにあった。

 すると僕の紹介を聞き、

 

「君が例のバームくんか、噂には聞いているよ。たった数日であのなだらかな小丘を強力な要塞に仕立てたって。あの戦の勝利の最大の立役者は間違いなく君だ」


 真っ直ぐそう称賛の言葉をくれる。

 するとその言葉に、他の海軍の将校達も僕に視線を向け、感心するような表情を浮かべる。

 程なく、心の奥底から湧き上がる熱い何か。

 設計したものを称賛してもらえる。

 設計者としてこれほどうれしいことはないし、特別に軍議に参加させてもらっている新参者の身としては、ここにいることを認められたような、そんな安心感ももらえた。

 

「ありがとうございます。でもうまく行ったのは皆さんの協力のおかげです。これからも精一杯精進しますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 そう言って、僕は会釈を返す。

 

 だがここまではあくまで前置き、ここからようやく本当の軍議が始まる。


「偵察の結果、砦の陥落に敵の増援の来襲、いずれも事実であることが判明した。となると目下最大の問題は敵の航空戦力への対処だけど、この際霧を展開しての消極的防御はやめて、ひさびさに戦闘機を上げて積極迎撃したいと思うのだけれど、どう思う?」

 

 ティアさんが開口一番切り出す。

 その言葉に、他の将校達から上がる賛成の唸り声。

 

「いよいよですな。航空隊の隊員もなかなか出撃させてもらえず、うずうずしていたところ。いっそこの際、我が方から打って出、敵基地に襲撃をかけるというのはどうでしょうか? 敵も長い間空襲を受けず、油断しきっている事でしょうし」


 帝国陸軍航空隊を統括する将校が景気の良い事を言う。

 だがその言葉に、あからさまに表情を険しくする者がいる。

 ゲウツニーだ。


「皆冷静に、総帥と総都督が戻って士気が高まっているのは良いことだが、彼我の戦力差を忘れるな。特に航空機に関しては、我が帝国と光神国の生産力の差は歴然。搭乗員に関しても、容易に養成できるものではない。味方基地上空で撃墜される分には、脱出して助かる見込みもあるが、敵地上空では脱出しても地上で敵につかまり、助からない公算が高い、その事を忘れるな」


 そう厳しくたしなめるゲウツニー。

 

「積極迎撃となればいかに早く敵の攻撃を察知できるかが問題です。なるべく早く戦闘機を上げ、有利な高高度に展開し逆落としを仕掛ける。これができれば例え数で劣っても有利な戦いが展開できますが、出遅れれば逆に我が方が不利です。しかし、現状の警戒網で察知が間に合うかは正直微妙なところ。あとは現状の探知装置では敵の位置はつかめても高度が測定できないため、低空から接敵された場合に備え高空と中空の二隊に戦力を分散させる必要があるのも問題です」


 そう現状の迎撃態勢の問題点を指摘する将校。 

 その言葉に、ティアさんも大杉さんも頷き、その上で、


「それでも、戦闘機による迎撃ならばそこそこの戦いができるはずだ。何より、先ず敵の航空機が好き勝手に味方の上空を飛び回り、爆弾を落としてくる現状を変えなければ」    

 

 そう、迎撃戦の必要性を告げる。

 その話を聞いて僕が真っ先に思い浮かべるのは、あの丘の城に設置されていた対空探知装置、それに軍議の前に見せてもらった、帝国軍の戦闘機。


「――あの、よろしいでしょうか?」


 恐る々る手を上げる僕。

 瞬間、僕に集まる全員の視線。

 僕よりはるかに戦歴を重ねてきた人たちのその視線に、僕は思わず気後れし、言葉を詰まらせる。 


「どうぞ、遠慮しないで言ってバーム」


 そう優しく促すティアさんの声。

 その言葉に勇気づけられて、僕は息を吸って仕切り直すと、


「探知装置って、あの丘の城に設置されていた物ですよね? でしたら僕に改良を任せてもらえないでしょうか? それと戦闘機に関しても、気になることが……」


 そう再び、恐る々る切り出す。

 

「――始まったわね」


 そう呟き、その表情を楽しげな微笑に変化させるティアさん。

 大杉さんもまた、その表情を興味深げに変化させる。

 激戦から今だ一晩、僕に休日が訪れる日は、まだまだ先のようであった。

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