第51話 決着の時

 盾と槍の両方を前方に掲げ、再び間合いを詰め始めるエイミー。

 それに対し左手の盾を前方に掲げ、逆に自分から歩み寄り迎え撃つガウギヌス。

 その間合いは先ほど対峙した際と打って変わって、瞬く間に詰まる。

 そうして先ほどエイミーが仕掛けた間合いで、両者は一旦、歩を進める速度を緩める。

 再び間合いの読み合いが始まる。

 そう思った次の瞬間、僕の背後、はるか遠くから鳴り響く、くぐもった爆音。

 それと同時、思考の裏に切り込むように放たれるエイミーの突き。

 

 瞬間的に地面に踏み込まれる足、舞い上がる砂埃。

 踏込により生じる雷鳴のごとき轟音の中、防御に優位な遠い間合いを瞬間的に侵し、東の空から差し込む黄金の光を穂先に煌めかせ、稲妻のごとく空間を一閃するエイミーの槍。

 ガウギヌスは自身の眉間へと迫るその一撃に、エイミーの突きの動作と全く同時に反応し、盾を振り上げる。

 次の一瞬、鳴り響く心地よい金属音。

 振り上げられたガウギヌスの盾がエイミーの槍の穂先を弾き、その軌跡を見事頭上へと逸らす。

 しかし一拍の後、突きの圧力を前にその上体は後方に傾き、体勢は再び崩れる。

 その隙をつくように再び放たれる、エイミーの左の盾の突き。

 その動きを当然読んでいたガウギヌスは、しかし体勢を崩した不利な姿勢のまま、やむなく槍を握った右手でこれを迎え撃つ。

 

 鳴り響く、低く鈍い衝撃音。

 体勢を崩した状態で盾の一撃を受け止めたガウギヌスは、その衝撃を前に数歩後退し、しかし何とかこれをしのぎ切る。

 対するエイミーは表情を一層険しくゆがませながら、しかし歯を食いしばると、さらに続けて右足を踏み込み、再び槍を突き出す。

 対するガウギヌスはこの突きに再び反応し、右手を添えながら盾を掲げ、再び突きを受け弾き、その軌跡を逸らす。

 だが右手を盾に添えた結果、再びガウギヌスに生じる隙。

 今度こそエイミーの左の盾の突きが入る。

 僕はそう思った。

 だがエイミーの突きが放たれたのは、次の一瞬ではなく、たっぷり数拍の間の後だった。

 ガウギヌスはその数拍の間に体勢を整え、エイミーの突きを先ほど同様右手で迎え撃ち、しかし先ほどと異なり後退することなく受け止め、逆に力に物を言わせて押し返す。

 エイミーはこれに逆らわず後退し、一度間合いをとりつつ息を継ぐ。


 おかしい、これまでの彼女なら、あの決定的場面で間を空けるはずがない。

 僕がそんな風に思考を巡らせていると、今度はガウギヌスが踏込、槍を突き出す。

 エイミーはこれを盾を斜めに構えて受け、しかし武器の性能差から槍は再び盾の縁取りを切り裂き、その先にあった彼女の二の腕を浅く斬る。

 対するエイミーは表情をゆがめ歯を食いしばると、今度は踏込を用いず鋭く突きを放つ。 

 ガウギヌスはこの突きを、先ほどまでと比べれば緩慢な動きながら再び盾を掲げ、受け弾く。

 だが緩慢な動きの代償か、槍の穂先は盾に弾かれながらも、速度をさほど落とすことなく、彼の頬をかすめる。

 瞬間、これまで盾の防御でほとんど隙を見せる事の無かったガウギヌスがわずかに怯み、隙を見せる。

 その一瞬をつくように、放たれる右足の蹴り。

 だがその一撃は普段の彼女の鋭さを欠いており、ガウギヌスは体勢を立て直してこれを盾で受け、蹴りの圧力に逆らわず逆に利用するように、一気に後退する。

 普段の彼女なら、ここで追撃することもできただろう。

 だがエイミーは後退するガウギヌスを追撃することなく、その場で構えを取り直す。


 再びの仕切り直し。

 先ほど背後から聞こえた爆発音が気になっていた僕は、ようやくこの時になって背後を振り返る。

 すると城壁の向こう、敵本陣の辺りから、何かの合図と思われる一筋の蒼い狼煙が上がっているのが目に入る。

 一体何の合図だろうか?

 そう思い周辺を見回し、僕は気づく。

 先ほどまで盛んに城壁を乗り越えようとしていた敵兵が、今は一人も見えないこと。

 味方の槍兵が城壁近くから退き、代わりに前に出た飛び道具を持った兵が、勝ち誇った様子で城壁の向こうに盛んに攻撃を仕掛けていること。


「――ガウギヌス」


 深刻な表情で呟くブルゴス。


「――分ってる」

 

 その言葉に、肩を大きく上下させ息を継ぎながら、荒い声、険しい表情で答えるガウギヌス。

 その疲労は明らかで、特に盾を持つ左腕は大きく震えて、構えているのも精一杯というように見受けられる。 

 だが疲れているのはエイミーも同じ。

 特に両膝は大きく震え、相手に悟られないよう隠すことも出来ない程だ。

 先ほどまでの戦闘を見ていればわかる。

 ガウギヌスに隙が生じた場面で追撃が遅れ、あるいは精彩を欠き、好機をものにできなかった理由。

 緑さんから学んだあの踏込を用いた突きは、特に足に大きな負担をかける。

 それを連発したエイミーの足はすでに限界を迎え、もうあの踏込を出すことが難しいほど疲労してしまっているのだ。


「――その様子じゃ、もう自慢の踏込はできないだろ? というよりもうやめとけ、それ以上やったら、お前の足がぶち壊れる」


 ガウギヌスが息を切らしながらも声をかける。

 その言葉は命を懸けた死闘を演じている相手に対してのものとは思えない、本気でエイミーを心配してのもの。

 

「あら、人を心配する余裕があるの? その左腕じゃ自慢の盾さばきも、もう満足にできないでしょうに」


 その言葉に抗うように、再び前に出ようとするエイミー。

 だがその言葉に反し、足を前に踏み出すと同時よろける体、痛みにゆがむ表情。

 やはり、もう足が限界なのだ。


「――その足じゃもう無理だ。それに、こっちも時間切れでな、そろそろ決着を付けさせてもらうぜ」


 ガウギヌスはそう告げて、間合いを詰める事すらままならないエイミーをしり目に一気に後退し、さらに間合いをとる。

 そして左腕を前に、右腕を上げ、槍を高く掲げ、投槍の構えをとる。

 そんなガウギヌスを見、エイミーは痛みにゆがんだ表情を、無理に笑顔に変化させる。

 

「そうよね、私たちの戦いの最後の飾るのは、やっぱり、これしかない」


 呟いて、エイミーもまたガウギヌス同様、盾を前に、槍を高く掲げ、投槍の構えをとる。

 投槍のぶつかり合い、それはまさに英雄同士の決戦を飾る、最大の華。

 だがこの対決、このまままともにぶつかれば、エイミーが不利だ。

 なぜか? 

 盾の性能が違い過ぎるのだ。

 魔法で障壁を展開するにしても、盾の性能によってその強度は大きく変化する。

 今のエイミーの盾では、魔法で構築した障壁を軸に防御したとしても、とてもガウギヌスとブルゴスの槍を防ぎきる強度は出せないだろう。

 だがエイミーがそれを理解していないはずがない。


 投槍の構えをとって数秒、両者の足元に現れる巨大かつ複雑な魔法陣。

 ガウギヌスのそれは紫の光を放ち、その体と掲げた武器全体を包み込む。 

 一方エイミーのそれは青白い光を放ち、その体と槍を包み込む一方、盾は包み込まず、そのままだ。

 それを見て一瞬、訝しげな表情を浮かべるガウギヌス。

 対して不敵な微笑を浮かべるエイミー。

 そう、彼女は最初から盾での防御を切り捨て、槍の一撃に全てをかける選択をしたのだ。

 とはいえそれを実行するのは、言葉ほど簡単なものではない。

 盾での防御を切り捨てた以上、盾以外の何かで、ガウギヌスの投槍を防ぐ、あるいは無力化する必要がある。

 

「まさか……盾で防がないつもり? でもそれなら、一体どうやって!?」

 

 そう訝しげな表情を浮かべ呟くブルゴス。

 だがその頃には、ガウギヌスもエイミーの意図に気付いてか、はっとした表情を浮かべる。

 僕には最初から分かっていた。

 今この時この瞬間、彼女が、僕たちが、その全てをかけるのは、最初からあの技しかない、そうである以上、他はないのだ。

 常識的には不可能、あるいは思いつきもしない方法なのかもしれない。

 だが僕は彼女を、信じるだけだ。


 それから一拍、僕たちの意図を理解したガウギヌスは、敵ながらあっぱれと、その表情に誇らしげな笑顔を浮かべる。


「それでこそ、だ。そして俺は、俺たちは、そんなお前たちをも、越えて見せる!」


 そして彼もまた、己の全てをかけて叫ぶと、その力を余すことなく、手にした得物に注ぎ込む。

 一見一対一、その実二対二、戦場のど真ん中で戦争と関係なく、個人の意思と事情で繰り広げられる、命を懸けた戦い。  

 戦いは今、決着の時を迎えようとしていた。

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