第48話 潮目

「西方に展開中の敵部隊、後退を始めました」


 伝令のもたらす報告に、ゲウツニーは頷く。

 ここは丘の南の平地に築城された帝国側の平城。

 夜明け前に開始された光神国軍の攻勢は、陽が昇り始めたこの時、早くももたつきを見せていた。

 光神国軍は丘の城に北から、この平城に西方から攻撃を開始。

 奇襲そのものは予期していた帝国軍だったが、光神国軍が平城の西方まで部隊を回り込ませたことや、飛竜部隊による強行攻撃までは予期できておらず、ここまでは苦戦を強いられていた。

 だが平城に対する光神国軍の攻勢は強硬なものではなく、すでに撃退。

 飛竜部隊による攻撃で一時的に混乱した丘の城も、現在では落ち着きをとり戻し、攻勢を跳ね返し始めていた。


「中将、今すぐ追撃すべきです!」


 そんな状況下で、将校の一人が意見を具申する。

 攻撃により平城の帝国軍が受けた損害は小さくは無かったものの、兵はすでに奇襲の混乱から立ち直っており、追撃は十分可能だった。

 だがそこで別の老将校が、


「いや、撤収する敵軍の動きをよく見よ。極めて迅速かつ統率がとれている。これほどの退却ができる部隊だ。恐らく、追撃の備えもできているに違いない。それにこの退却の速さを見るに、この平城への攻撃そのものが、北の丘の城への援軍を遅らせるための、敵の牽制だった可能性が高い。ここは追撃は小部隊にとどめ、丘への援軍を優先すべきだ」


 そう意見する。

 そして他の将校達も、老将校の意見に同調するようにうなずく。

 ゲウツニーはその意見を冷静な表情で受け止め、だがその上で、


「第8大隊300は北門を出、西方の敵軍を追撃。深追いはせず、攻撃終了後は北の丘の城に撤収せよ。我は800を率い東門を出、敵陣の東側を北上する」


 そう指示を飛ばす。

 しかしその指示に、将校たちは驚愕の表情を浮かべる。


「中将、守りを固めている東の敵陣よりも、深入りしている西の敵軍から崩すべきでは? それにそれでは丘の城への援軍が間に合わない可能性が」


 そう反対する将校達。

 だがゲウツニーは冷静な表情をわずかも崩さないまま、


「では聞くが、物資が不足した状態での強行軍で疲弊する中、それでも積極的に攻勢をかけ、統率のとれた動きで後退する部隊と、ただ陣にこもって守りを固める部隊、どちらがより強敵だと思う?」


 そう問いかける。

 その問いかけに、将校たちははっとした様子で息をのみ、口をつぐむ。

 ゲウツニーは続けて、


「もちろん、やみくもに攻勢をかける部隊よりも、冷静に状況を判断し守りを固める部隊の方が厄介、という見方もできるだろう。だがこれまでの敵の動きや偵察の報告から見ても、本隊周辺及び東側の敵は動きが緩慢で士気も明らかに低い。対する西側の敵軍は動きも活発で士気も高い。そして戦は弱い敵から叩くのが定石。

 それにもう直ぐスオママウとクワネガスキを打って出た援軍も到着する。我が手勢と合わせれば、数は二千前後、この兵力が陣の東側を北上するとなれば、慎重な指揮官は後方を脅かされるのを嫌い後退する可能性が高い。そして北の丘の城はそうやすやすと陥落することはない。

 この戦、速度が命。盾や重い装備は持たず、軽装で固めさせよ」


 そう指示を飛ばし、ゲウツニーは本陣を出る。

 帝国の魔物達に馬を用いる文化は元々なく、総帥であるティアの命で飼育が始まった現在でも、部隊を編成できるだけの数は保有できていない。

 代わりとなるのが竜や恐竜で、その中で騎乗用として最も用いられるのが、気性の比較的おとなしい、主として4足歩行の草食恐竜だ。

 これらの草食恐竜は馬と比べ、機動力や運用コストで劣り、大きいため敵に見つかりやすいという弱点を持つ。

 他方その突進力は圧倒的で、馬と異なり槍で撃退することも困難であり、元々竜や恐竜に乗る文化の無かった人間はその存在を恐れてきた。 

 他にも体の高さを活かした視界の確保や、物資の運搬能力の高さなども利点として挙げられる。


 ゲウツニーは自ら、全長6メートル程の草食恐竜の背にまたがると、剣を鞘から引き抜き、


「我に続け!」


 そう号令をかけ、部隊の集結を待たないまま手綱を捌き、直属の護衛わずかのみを率いて東門を飛び出していく。


「中将が打って出たぞ、我々も後れを取るな!」


 将校の一人が叫び、それを見た出撃準備中の他の兵士たちも、慌てて門を飛び出していく。

 戦闘開始からわずか、歴戦の将ゲウツニーの速戦が、戦場を一閃しようとしていた。




 

 地平線から差し込むまばゆい黄金の光の中、交錯する二つの影。

 同時に突きだされた槍の穂先が空中でぶつかりあって火花をちらし、互いの喉に向かっていた軌跡を逸らしあう。

 そうして突きが外れると、今度は両者、足を踏み込み、盾を振るう。

 直後、豪快な金属音と共にぶつかり合う両者の盾。

 速度では、エイミーがわずかに勝っていた。

 だが次の一瞬、ぶつかり合いで押され数歩後退したのは、より差し込んだ有利な体勢だったはずのエイミーの方だった。


 そもそもこの勝負、条件としてはガウギヌスが最初からやや有利。

 理由は二つ、一つはエイミーとガウギヌスの体格と筋力の差。

 身長165センチ程度の女性であるエイミーと、身長180センチ余りという長身の上、筋骨隆々の男性であるガウギヌスでは、地力の差は歴然だ。

 そしてもう一つは装備。

 ガウギヌスは槍に盾、全身を包む鎧に至るまで、ブルゴスの作と思しき、手間もコストも一切度外視の優れた装備で身を固めている。

 対するエイミーは槍こそ最高のものだが、他の盾や鎧は、魔物に用意してもらったものに、僕が少々手を加えただけの急造品だ。

 つまりエイミーがガウギヌスに勝つためには、それだけの不利を補う何かが必要ということになる。

 

 ぶつかり合いで後退したエイミーの隙をつくように、ガウギヌスが鋭く突きを放つ。

 その一撃を、斜めに構えた盾で巧みに受けるエイミー。

 だがブルゴスの鍛えた優れた槍の穂先は、エイミーの盾の金属の表面にたやすく食い込むと、その縁取りを切り裂き、エイミーの脇腹へと向かう。

 とっさに身を逸らすエイミー。

 だが完全にはかわしきれず、穂先はエイミーの背中のマントと、その下の鎖帷子を浅く切り裂き、刃は赤く染まる。


「エイミー!」


 とっさに叫ぶ僕。

 だがエイミーはわずかに表情をゆがめながらも、すかさず槍を突き出し反撃する。

 その突きは体勢を崩された状態で放たれたにもかかわらず、ガウギヌスの突きとほとんど変わらない鋭さをもって襲い掛かる。

 だがガウギヌスもまた、アイギスの花の描かれたその盾を斜めに構え、エイミーの槍の穂先を受ける。

 そしてその体格に似合わない巧みで美しい挙動で槍の穂先を流すと、その軌跡を外側に逸らし、捌く。

 一連の攻防を見て、僕は確信する。

 槍の扱いはエイミーが上だが、盾に関してはガウギヌスが勝っている。 


 その一瞬、さらに表情をゆがませるエイミー。

 対照的に白い歯を覗かせ、微笑を浮かべるガウギヌス。

 直後、今度はガウギヌスが突きを放つ。

 先の突きを巧みにさばかれ体勢を大きく崩していたエイミーは、槍を盾で受けつつとっさに身をひねり、その穂先を流してかろうじてその一撃から逃れる。

 だがエイミーの動きに隙を見出したガウギヌスは、素早く槍を引くと続けざまに槍を突き出す。

 しかしその一瞬、鋭く細められるエイミーの瞳。

 直後、エイミーは突き出されたガウギヌスの槍を、盾ではなく槍の穂先で受けると、その軌跡を外側に逸らしつつ足を踏み込み、槍の石突を用いて突きを放つ。

 この攻撃は意表を突いたのか、ガウギヌスは防御が遅れ、慌てて盾で防いだものの体勢を崩し、大きく数歩後退する。

 一方のエイミーも追撃をしかけるほどの隙はないと判断したのか、その場で構えをとり直し態勢を整える。


 再び間合いをとって対峙する両者。


「全く、槍の扱いじゃ敵わねぇな」


 微笑を浮かべたままガウギヌスが呟き、


「そっちこそ、思わず嫉妬しちゃうくらい美しい盾捌きよ。外見には似合わないけどね」


 エイミーもまた微笑を浮かべそれに応える。


「似合わないは余計だ」


 さらにガウギヌスがもらし、


「でも自覚あるでしょ?」


 エイミーも言を重ねる。

 

 さすがに両者とも一騎当千の勇者と称えられるだけあって、その実力は伯仲しているように見える。

 だが戦いでは力や体格が何かとものをいう。

 今は小兵のエイミーが技術と小回りで何とかカバーし均衡を保っているが、それも長くは続かないだろう。

 そしてその事はガウギヌスも理解しているのか、


「だがこのままなら俺が勝つぜ」


 そう自信に満ちた表情を浮かべて言う。

 だがその言葉に、エイミーは浮かべた微笑をさらに強めると、


「このままなら……ね」


 そう言って、右手右足を前に半身で中段の構えをとっていた姿勢から、左足を右足の前に踏み出し、構えをとる。

 ガウギヌスはそれを見、何かを感じ取ったのか、その表情を真剣なものに変化させ、全神経を集中させた、刃のような鋭い雰囲気をまとって身構える。

 あのエイミーがこのまま終わるはずがない。

 圧倒的に不利なはずの状況下、それでも彼女の見せる微笑に、僕はそれを確信するのだった。

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