第二章 ???御用達!

プロローグ

 流れ星を思わせる青白いオーラをまとった白銀の槍の穂先が、漆黒の闇に包まれた敵の戦士の肉体に直撃する。

 一帯に鳴り響く鈍い轟音。

 直撃した槍の穂先の一点から、戦士の体を包む漆黒の闇に、波紋の様な波が広がる。

 最初大きかったその波は、しかし数秒と経たないうち小さく収束する。

 そして波が収まると同時、それまで戦士の肉体にぶつかったまま制止していた槍が、地面に落ちてむなしく音を立てる。

 聖剣を一刀両断した僕の自慢の槍は、敵の肉体に直撃しながら、わずかの傷もダメージも与える事ができないまま地面を転がっていた。


「……どうした? お前が入れ込んだ武器というのはこれのことか? この程度なのか?」

 

 感情を感じさせない声と表情のまま淡々と告げる戦士。

 その一瞬、さすがのエイミーもその目を見開き、頬に一筋汗を伝わせる。

 だがそれも一瞬の事。

 直後、彼女は見開いた目にぐっと力を籠め戦士を睨みつけると、口を一文字に引き結ぶ。

 そして腰の剣を抜き放ちつつ、盾を前方に掲げ突進する。

 そんな彼女を見、戦士はその目をさらに鋭く細めると、盾の下の彼女の下腹部を狙い容赦なくその漆黒の槍を突きだす。

 

 目で追いきれないほど鋭いその一撃に、それでもエイミーは間一髪で反応し、盾を戦士の槍の穂先にぶつける。

 だが突きだされる漆黒の槍の穂先は、僕の鍛えた盾の金属の表面はもちろん、その内側の数枚重ねた皮までをもたやすく斬り裂く。

 それでも盾は残り皮一枚というところで何とか耐え、その軌道をわずかに外側に逸らす。

 さらに彼女が槍を避けるべく身をそらしたことで、槍の穂先は彼女の膝の鎖帷子をわずかに裂いたのみで目標を外れる。

 だが突きを受け止めた衝撃と、槍を避けるために無理に身をそらせたことで、彼女は体勢を崩してしまう。

 そこへ戦士は左手に握った丸盾を振るう。


 鈍い金属音が鳴り響く。

 丸盾の一撃を受けた彼女の体が、その一瞬宙を舞う。

 そして受け身をとれないまま地面に叩きつけられる彼女に、戦士は容赦なく追撃をかける。


「エイミー!」

 

 僕が思わず叫ぶと、エイミーはとっさに横に転がり、突きだされた戦士の槍は彼女のいない地面に突き刺さる。

 そうして槍を避けた彼女は、槍が地面に突き刺さったことで生じた戦士の一瞬のすきを突こうと、体勢を立て直し立ち上がろうとする。

 だが戦士は地面を切り裂くようにして突き刺さった槍を地面から引き抜くと、立ち上がろうとした彼女に全く無駄のない動きで、容赦なく蹴りを放つ。

 漆黒の鎧に包まれた足が彼女の顔面をとらえる。

 彼女の口元から飛び出した赤黒い滴が宙を舞う。

 それでも彼女は敵の蹴りの衝撃にあえて逆らわないことで、ダメージを最小限に抑えつつ間合いを取り、体勢を立て直す。

 だが口元から赤い滴を伝わせる彼女に、戦士はさらに容赦なく猛追をかける。

 

 無双の勇者、エイルミナ・フェンテシーナが一方的に押されている。 

 あまりに激しすぎる戦士の攻勢に、彼女は剣に有利な間合いに肉薄するどころか、致命的一撃を防ぐので精一杯だ。

 攻撃を受け止めるうち、僕の鍛えた盾は見る間に裂け、変形し、原型を失っていく。

 鎖帷子はほとんど意味をなさず、見る間にズタズタにされ、彼女の肢体が赤く染まっていく。

 剣もまた敵の槍の穂先とぶつかる度、大きく刃こぼれし、湾曲する。

 戦闘の最中、彼女は地面に落ちた僕の槍に何度か視線を送ったが、その度隙を突かれ手痛い一撃をこうむってしまう。

 槍を拾いたいのだろうが、その余裕がないのだ。

 

 戦いが始まって数分。

 僕が彼女のために鍛えた自慢の武器たちは、すっかり原形をとどめないほどボロボロになっていた。

 そしてそれを身に着けたエイミーの体もまた、全身ほとんど隙間なく赤く染まっている。

 肩を上下させ激しく息をつき、表情は激痛と疲労にゆがみ、彼女の体力が限界を迎えていることは誰の目にも明らかだ。

 対する戦士は武器も体も全くの無傷。

 表情は涼しげで、息もほとんど乱れず、汗もあまりかいているように見えない。

 

「もうやめて……もうやめてくれ!」


 思わず叫んで、僕は立ち上がる。

 しかしエイミーはそんな僕を見、険しくゆがんだ表情のまま、無理に口の両端を釣り上げ、首を横に振る。

 彼女はまだ諦めていない。

 そうしてなお盾を掲げ立ち向かう彼女に、戦士は一度冷ややかな視線を浴びせた後、盾の中心に槍を真っ直ぐ振り下ろす。

 

 漆黒の槍の穂先が、すでに原形をとどめないほど変形していた僕の盾を泥のように切り裂き、たやすく真っ二つに両断する。

 エイミーが盾を握っていた左手をかばうように慌てて引き、代わりに右手の剣を差し向ければ、戦士はすかさず、その剣に向かって槍を突きだす。

 槍の穂先を受け止めた剣の刀身が遂に耐え切れず圧し折れ、宙を舞う。

 彼女はそれでもなお、短剣を抜き放ち抵抗の構えを見せる。

 だがその腕を戦士の蹴りが一閃し、短剣は彼女の指を離れて宙を舞ったのち、地面に突き刺さる。

 そうして一切の武器を失くした彼女に、戦士は左手の盾を叩きつける。

 鳴り響く鈍い金属音。

 一撃を受けた彼女は地面に打ち倒され、今度こそ体勢を立て直すことができない。 

 そんな彼女の喉元に、戦士は槍の穂先を突きつける。

 

 戦闘が始まってわずかに5分。

 勝敗は誰の目にも明らかだった。

 僕の鍛えた武器は、戦士に全く歯が立たず、無惨に破壊された。

 対する戦士の武器は全くの無傷。 

 僕のせいでエイミーが負けた。

 僕がなまくらな武器を鍛えたばっかりに。

 いや、そもそも僕さえいなければ、彼女はこんな目に合わずに済んだのだ。

 僕のせいで。


 そう考えた次の一瞬、僕は観戦席を飛び出し、エイミーの元に向かって駆け出していた。

 そんな僕に、エイミーは来ないでと首を横に振り、戦士は冷ややかな視線を浴びせる。

 だが僕は止まらなかった。

 そうして僕は彼女のそばに駆け寄ると、彼女の喉元に槍を突き付ける戦士の足元にひれ伏す。


「やめて、バーム!」


 何かを察した彼女が叫ぶけれど、僕は止まらなかった。


「お願いです。どうか……どうか僕の首を跳ねてください!」


 聖剣授与式からわずか一週間、勇者様御用達の武器職人となった僕の人生は、こうして終わりを告げようとしていた。

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