第12話 私から思わずキスをした!

次の土曜日、潤さんとの2回目のデート。前日まで雨が降って心配したけど、朝から晴れ上がっている。私の言ったとおりになった。


場所はこどもの国。潤さんは一電車早く着いたみたいで、私が電車から大きめの籠を持って降りて行くと、改札口で手を振っている。


もう初夏だから、今日の服装はピンクのTシャツに白のミニスカート、白いスニーカー、それにこの前とは違ったデザインの赤いイヤリングをした。


「それ、お弁当? 重そうだね。ありがとう、僕が持つよ」


「時間に間に合ってよかった。お弁当に時間がかかりました」


「ありがとう、無理させたみたいで、今日の費用は僕が全部払うことにしてほしい」


「気にされるのなら、それでお願いします」


入口で潤さんは二人分の入場券を買ってくれて、ゆっくり園内に入ってゆく。もう自然に手を繋いでいる。晴れた空、ビル街と違って郊外は空が広くて空気が澄んでいる。ゆっくり歩く。


潤さんは時々私を横目でみながら、並んで歩いている。どこを見ているのかしらと注意してみると胸に目が行っている。意外に大きいのに気が付いてくれたみたい。潤さんを見ると目が合った。潤さんは慌てて目をそらす。


「こうして歩いているなんてなんだか夢のようです。今日もお弁当を作っている時に、本当にデートのお弁当を作っているんだと思って嬉しくなってしまいました。こうして、潤さんとお付き合いしているのが信じられないです」


「初めてコピー室で会った時、美沙ちゃんとデートすることになるとは思ってもみなかった。でも、美沙ちゃんといるとホッとする。こんな気持ちは今までになかった」


「私もそばにいるだけでホッとします」


話しながら二人ゆっくり歩いて行く。


「もうすぐ、動物園です。確かウサギやモルモットがいます。餌もやれると思いましたけど」


「子供は喜ぶね」


「大人も癒されると思いますよ」


動物園に着くとすぐに餌を買った。コーンのかけらみたいな餌。私は嬉しくなってすぐに餌をやる。その様子を潤さんはジッと見ている。すぐに餌がなくなったので、潤さんの餌を貰った。そして、また餌をやった。


「家で飼ってみたいけど」


「世話が大変だよ。それに死ぬまで面倒を見てやらないといけない。飼うとなると相当な覚悟が必要だね」


「相当な覚悟が必要ですか」


「後悔しないようにね」


それから、近くの牧場へ向かった。牛と羊が見える。牛乳を作っていて、ここのソフトクリームがおいしいというと潤さんはすぐに買いに行ってくれた。


「確かにおいしいね」


「小さいころ、ここでよく買ってもらいました」


「ソフトクリームなんて久しぶりだけど、おいしいね」


それから、また手を繋いでゆっくりと園内を歩いて行く。


そろそろお昼になったので、お弁当を食べられる場所を探す。丁度良い木陰を見つけて、持ってきたシートを広げて座った。


お弁当はお重が2つ、一つにはおにぎりと稲荷寿し、もう一つには幕の内弁当風に卵焼き、鮭の塩焼き、唐揚、つくね、佃煮などを詰めておいた。


「いただきます。随分手間がかかったと思うけど、ありがとう」


「冷凍食品も使っていますから。それほどでもありません、お口に合いますか?」


「おいしい。お弁当を作らせて申し訳なかったね」


「食べてもらいたくて、作るのが楽しかったです」


全て平らげて、お腹が一杯になったところで、お昼寝をした。このごろはもう夏のように日差しが強くなっているけど、木陰はそよ風が吹いて心地よい。隣で潤さんも目をつむっている。


潤さんの気持ちよさそうな寝顔を見ていると衝動にかられた。私のものにしたい。

私はキスをしていた。


潤さんは私の唇が触れたので目を開けた。私は目を開けていたので目があった。でもキスしたまま私は目をつむった。潤さんもそのままジッとしていてくれた。気がすんだ私は唇を離した。


「眠っている顔を見ていたら、どうしてもキスしたくなって、ごめんさない」


「いや、柔らかい唇だね」


「ごめんなさい。今しかないと思ったので」


「謝ることなんてないよ、良い思いをさせてもらった」


「ごめんなさい」


「嬉しかったよ、可愛い子からキスしてもらって」


私は恥ずかしくなって下を向いた。潤さんはこういうことになろうとは全くの想定外であっただろうから、どう対処してよいかわからないみたい。


「あそこでボートに乗らないか?」


「はい」


敷物を畳んで籠に入れる。食べて飲んだので随分軽くなっている。それから二人でボートに乗った。


私は何を話して良いかわからなくなったので下を向いて口を利かない。潤さんは私をジッと見ながらオールを漕いでいた。


それから、サイクリングコースに行って自転車に乗った。二人で乗るタイプの自転車。このころになるとようやく落ち着いてきてまた話ができるようになった。


3時を過ぎたころにこどもの国を後にした。


「これからどうする?」


「少し疲れたので、このまま帰ります」


「夕食をご馳走しようか?」


「いいえ、まだお腹が一杯です」


「じゃあ、今日は駅までということにしようか」


「そうさせてください。ご免なさない」


私は少し疲れていた。朝早く起きてお弁当を作って、広い園内を歩きまわったのだから。そしてキスの後の緊張。


溝の口駅で電車をおりた。潤さんは電車の中から見送ってくれた。


家につくと、どっと疲れが出た。随分歩き回ったので疲れた。その心地よい疲労に浸りながら、潤さんにメールを入れる。


[今日はとっても楽しかったです。良い思い出ができました。ありがとうございました]


すぐに返信のメールが来る。


[ありがとう、とても嬉しかった]


潤さんの唇の柔らかい感触が今も残っている。キスしてよかった。気持ちが伝わったと思う。でも、左手首の傷がピリピリしている。


ブログにはこう書き込んだ。


〖デート中、眠っている彼に私から衝動的にキスをした。でも彼は喜んでくれた〗


コメント欄

[あなたの気持ちが伝わったと思うわ]

[彼は驚いたと思うけど、悪い気はしなかったと思う]

[衝動はできるだけ抑えた方が良いと思う。そんな女だと思われないようにしないといけない]


◆ ◆ ◆

それから、休日の土曜日は交互に行きたい場所でデートを重ねた。次に行ったのは、私の希望で上野公園の近代美術館と動物園。潤さんの希望で少し遠かったけど、寅さんの葛飾柴又。私の希望で品川水族館。


潤さんの希望で夜の横浜みなとみらいに行った時、観覧車の中で潤さんがキスをしてくれた。嬉しかった。潤さんは少し照れていた。


デートを重ねると私に負担がかかっているのではと心配になったのか潤さんが聞いてきた。


「デートを割り勘にしたり、お弁当を作ってもらったりしているけど、お金は大丈夫? お給料は僕よりはずっと少ないと思うけど」


「ご心配は無用です。私は自分にとって今一番大切なことにお金は使うべきだと思っていますから」


「父がいつも言っていました。出す必要のないものに出さないのは倹約、出すべきものに出さないのがケチだと。私は倹約をしますが、ケチにはなりたくありません」


「なるほど、美沙ちゃんは本当に芯がしっかりしているね」


潤さんはとっても心遣いができる人だ。心配してくれてありがとう。

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