没にした最終回

題名 

こちら滋賀県高嶋市安曇河町藤樹商店街 自転車・バイク販売修理の本田サイクル


 昔、妻が初夢で未来の事を見たと言っていた。高嶋市から今都と蒔野が離脱し、南部と北部に別れるとか、先代が店を僕に託すとか、今思うと当たっている事も多いけれど違っている事も有る。


「きゃ~いっ!」

 ドスンッ!


 衝撃と共に背中に乗って来たのは我が娘の理生りおだ。妻の夢の中では僕たちに子供は居なかった。いや、妻の夢に出て来たところまでの僕たちには子供は居なかった。


 ―――――大島のおじさんが亡くなって数日後―――――


「なあ速人、気持ち悪いし病院に連れてって」


 元気が取り得の妻が病院へ連れて行けと言った。普段ならゴリラに乗って走り回る妻なのに連れて行けと言うからには相当具合が悪いに違いない。おじさんの葬儀から数日間はショックの為か毎回の食事で丼飯2杯くらいしか食べないので心配していたのだが、よほど具合が悪かったと見えた。


「どうしたの、お腹が痛いの?」

「ムカムカする。気持ち悪い」


『湖岸のお猿』等と呼ばれるほど元気な妻も当時40歳。決して若いと言えない年齢だった。食欲は若い頃と変わらないけれど、体力は落ちていた。


「食べ過ぎやと思うんやけどなぁ」

「そんなに食べてないでしょ?」


 吐き気で青い顔をした妻を連れて病院へ。診察を受けると思わぬ結果が出た。


「本田さん、おめでとうございます」

「はぁ? 何が?」

「え? まさか」


「おめでたですよ。6週間ってところですね」


 何と妻は妊娠していた。滋賀に帰って来るまで数年の間、不妊治療をして結果が出ずに諦めていた所へ思わぬ吉報だった。どうやら安曇河の長閑な雰囲気が良かったのだろう。ストレスから解放された僕たちにコウノトリが降りて来た様だ。


「この子が一人前になるまでバリバリ働かないとね」


 お腹を撫でながら話しかける妻が妙に神々しかったのを覚えている。


 ―――――そして数年後の今―――――


 妻の初夢に出て来た通り、僕たちは滋賀に戻って来た。大島のおじさんは僕に店を託して亡くなったし、葬儀の後でリツコ先生は号泣していた。いつだったか、大島のおじさんの妻であるリツコ先生も未来の夢を見たそうだ。リツコ先生が実家に戻って独り暮らし。葛城さんは結婚して大津に住んでいるとか、一男一女に恵まれて孫まで居るとかだったらしいけれど、この辺りは現実になっている。


 今思うと妻とリツコ先生は妙にリアルな夢を見ていたと思う。実際に高嶋市は北部が離脱した。北部は今都市になってから数年で財政破綻している。今都市は暴動が日常茶飯事となり、治安が悪くなって県の施設や高嶋高校も真旭へ移転した。


変わったと言えば妻の体形だろう。あの小さくて『小猿』と呼ばれた妻は、高校を卒業してから身長がグンと伸びた。高校を卒業して春休みの間、体中が痛いと半泣きになっていたのが成長痛だったのに驚いたものだ。40代半ばを過ぎて少し太ったけれど、元気なのは高校生の頃から変わらない。


「こらっ理生りお!お父さんの邪魔をしたらアカン!」

「や~っ! お父さんと一緒に居る~!」


 ここは滋賀県高嶋市安曇河町。藤樹商店街にある本田サイクル。旧・大島サイクルと言った方が分かりやすいだろうか。体を壊して滋賀に戻ってきた本田速人に大島が店を託して数年になる。まだまだ『本田サイクルってどこだっけ? ああ、大島サイクルの所か』等といわれる事も有るが、店の経営は順調。本田夫妻が店を継いで以降は電動バイクや最新の低公害エンジンを積んだバイク、そしていにしえのスーパーカブや2サイクルエンジンを積んだスクーターなど取り扱い車種は大幅に増えた。


「理生は元気だなぁ、お猿さんみたいだね~」

「お父さん抱っこ! 遊んで!」


「ホンマに暴れ猿っ! 誰に似たんやもうっ!」


 妻はぼやいているが、完璧に妻に似たのだと思う。残念ながら僕に似ている所は手先が器用なくらいだろう。この前も工具を使ってスーパーカブのエンジンを分解して遊んでいた。ちなみに名前は妻から一文字取ってだ。恵からギャアとまれたので『理生りお』だ。


「おかあさんに似たんやもんな~うりうりうり~」


 掌で顔を挟んでムニュムニュしてやると理生は大喜びする。


「うきゃ~!」

「速人!理生が油まみれになるしやめて!」


 僕と理恵は今日も仲良し。出会ってから今年で30年。ホンダモンキーが今年で80周年だ。来年はスーパーカブが90周年。ホンダモンキーから繋がった縁はまだまだ続きそうだ。


 今日も店に免許取立ての高校生が訪れる。


「こんにちは、通学に使うバイクが欲しいんですけど」


 僕は店に来る学生たちに元気な頃のおじさんと同じ様に質問をする。


「予算は? どんなふうに使うのかな? 条件を聞こうか……」


 ――――――――大島サイクル営業中・完――――――――


※作者より

 

 対談で話していたのと別バージョンの最終回がこちら。リツコがメインの最終回にしたかったので没にしました。没にしたけれど、こんな雰囲気の最終回も悪くないかなって気はします。2048年辺りのお話です。


 この時点では晶が大津に転勤後白バイの教官になって定年間近。リツコは実家に戻って独り暮らし。庭に迷い込んできた仔猫に『ミドル』という名前を付けて育てています。金一郎は金融から不動産へ商売替え。今津克己と不動産屋を経営しています。今津麗は上京してバリバリのキャリアに。真野澄香は医師となって大島を診断して余命宣告をしました。小島瑞樹と藤樹四葉は結婚して県外へ、佐藤亮二は沢井綾と結婚して娘が本田サイクルの常連客です。

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