第八十六話:それが自分たちで出した決意なら


「帝国に、って……」


 アークは呆然としていた。


「この間まで戦争していた所だよな」

「そうだよ」

「大丈夫なのか? だって、交戦国なんだろ?」


 そう、話を聞いた面々も気にしていたのが、その部分だった。

 仮にも敵国なのに、いくら迷宮管理者であり、空間魔導師でもあるとはいえ、さらには一人でもないからと行こうとは思わないだろう。


「あはは、みんなにも言われたよ」


 そして、向かう予定であるはずのキソラが一番呑気そうにも見えるのも原因なのだろうが、当の本人は、というと出来た料理を皿に盛り付けていく。


「笑い事じゃないだろ」

「まぁね。けど、行かないと後悔しそうだからさ」


 いただきます、と告げて夕飯を口にしながら、キソラはもう何度目になるのか、同じように返す。


「それに、向かう予定の殿下たちは、親でもあり、兄でもあるような人だから、やっぱり見て見ぬ振りは出来ないし」

「そうか。……もし、俺が行くことになったら、お前は一緒に来てくれるか?」


 その問いに、キソラは目を見開くが、次の瞬間にはふっと笑みを浮かべた。


「当たり前じゃん。誰が相棒パートナーを危険地帯に一人で行かせるかってんだ」

「それと一緒だよ。たとえでお前が俺を心配したように、俺やお前の友人たちもお前が心配なんだよ」


 周囲の面々に心配させているのは分かっている。

 それでも――


「……私は、身内至上主義なんだよ。家族だけじゃない。友人や仲間、知り合いは失いたくないから、守りたい。欲張りなんだよ」

「欲張りでいいじゃねーか。お前が守れば守るほど、悲しむ人が減るんだから」

「そう、かな……」

「そうだよ」


 そう返すと、アークはサラダを口にする。


「アークは優しいね」

「そうか? けど、優しいのは、お前も一緒だろ。迷宮に迷い込んだってだけで俺を助けるわ、巻き込まれたはずなのに、勝手に『ゲーム』の相棒パートナーになるわで……普通はそこまでしないだろ。この世界の常識っつーのなら、知らんが」

「後者に関しては、完全に成り行きだし……常識云々のそれは違う」


 キソラの手が止まる。


「俺はお前に助けられた。けど、その元はお前が『助けたい』と思ったからなんだろ? それならそれで良いじゃん。何をそんなに悩む必要がある。このお人好しが」


 それも、友人たちから言われたことである。


「ただし、死ぬなよ。お前が死んでも、誰も喜ばないんだから」


 最後にそう言われ、一瞬呆然とするが、キソラは返す。


「死なないよ。私は」


 死にかけても、死のうとしても、『魔法』がきっと生かそうとするのだろう。


(私の場合は、特にそうだから)


 キソラの空間魔法は、自身だけではなく、他人の生死にも作用する。


「ちゃんと、決着も付けさせていないし」

「決着? 誰の? 何のだ?」


 不思議そうなアークに、キソラは笑みを浮かべて誤魔化す。


「ほらほら、食べちゃおう?」

「あ、ああ……」


 そのまま夕飯を終えると、各々のんびりと過ごす。


「……」

「……」


 キソラは課題という名の宿題を、アークは読書をしていた。


「ああ、そうだ」

「どうした?」


 ふと思い出したキソラに、アークが本から顔を上げる。


「私が帝国に行ってる間、アークはどうするの? 部屋の主である私がいないのに、部屋の明かりを点けるわけにも行かないでしょ」


 いくらどこに何があるのか分かっているからといって、暗闇の中で行動するわけには行かないし、キソラとしてはアークに怪我されても困る。


「そう言われりゃ、そうだな」

「短期間だけなのに、わざわざ買うわけにもねぇ」


 以前、空いた時間で良さそうな物件を見に行ったこともあるのだが、部屋の内装や金銭面でのこともあり、結局今の状態に至るのだが。


(無いわけじゃ、ないんだけどなぁ)


 暗い部屋で動き回ることも買う必要も無い部屋があるにはあるのだが、そこを使うとなると、現在の管理人ともう一人の住人に説明しなくてはならない。

 特に、後者にバレたら、キソラとしても面倒くさい。


「借りるっていう手は使えないか?」

「う~ん。貸してくれるの、居るかなぁ。だって、数日とはいえ、アークっていう他人がプライベートに関わってくるんだよ?」


 キソラの場合は、ほとんど成り行きと慣れだが、他の人まで同じとは限らない。


「そんなこと言ったら、キリがないだろ」

「そうなんだけど……もう、いっそのこと迷宮に来る? それか長期間の依頼を受けるか」


 管理下で、宿泊可能な迷宮が無いわけでもないので、泊まろうと思えば泊まることは出来る。


「……なぁ、知ってるか? 俺さ、長期専門の冒険者扱いされつつあるんだぜ?」


 ははっ、と自嘲気味にアークが言う。

 基本的に毎日部屋にいるキソラはともかく、確かに二日から一週間いないときは春以降増えていたが、まさかギルドでそんな扱いをされているとは。


「じゃ、じゃあ、泊まる?」

「……なんかさ。どっちかが居ないことに慣れてきてるよな。お前が居るときは俺が居ないし、俺が居るときはお前が学院やランクアップ試験とかで不在だし」

「う……ごめんなさい。相棒パートナーなのに、一緒に居なくて。そ、そろそろ長期休暇に入るし、帝国から戻り次第、時間をやりくりすれば、旅行も兼ねて一緒に依頼行けるかも!」


 提案したはずが、いつの間にかどこか寂しそうなアークを宥め、慰めているようなこの状況は何なのか。

 そんな疑問を抱きつつ、少し遠い目になったキソラは悪くない。


「……お前、自分が人間引き寄せ体質なのとトラブルメーカーな気があることを、そろそろ気づくべきだと思うぞ」


 自分が言えることじゃないが、とアークは言うが、後者はともかく、前者は何だ。人間引き寄せ体質って。


(いや、思い当たるふしが無いわけじゃないけどさ)


「人間引き寄せ体質って……人間ホイホイみたいな言い方しないでよ。帝国に行く前に嫌なフラグ立っちゃったしさ」


 もう、嫌な予感しかしない。


「人間ホイホイ、か。だが、特殊職業関係に限る、か?」


 アークの言う、特殊職業とは、『軍人』とか『上位ランカー冒険者』とか、そういう職業の人たちのことである。

 そう言われたキソラは、といえば、自分と関わりのある人物の顔を思い浮かべていたのだが、その中に入っている王族は、親による繋がりとしてカウントするべきか、自分の人間ホイホイに巻き込まれたとカウントするべきか。

 そして、何より――


「多分、アークが王族よりも特殊じゃない? “異世界からの来訪者”なんだもん」

「そーでした……」


 あと少しで半年経つか経たないかという頃合いなのに、過ごした時間が濃厚すぎて、王族よりも特殊な立場だけでなく、うっかりこの世界の出身じゃないことすら忘れ掛けていた。


「けど、特に大きな問題も起こさず、順応してるようで何よりだよ」


 アークもいい大人なのだから、そんなに心配はしていないが、それでも異世界の住人だった彼のことである。常識の差異などが原因で、もし対処しづらい何かがあったら言うように、受付嬢のマーサには言っておいた(それを聞いたマーサには不思議そうにされたが)。


「何か起こすと、お前が飛んできそうだからな」

「そりゃ、こっちでアークの正体知ってて、フォロー出来るのは私ぐらいなんだし、見捨てて欲しいのなら、遠慮なく見捨てさせてもらうけど?」


 こちら側の『ゲーム』関係者で、フォローを任せるのならアリシアでも良いのだが、彼女の性格上、「自分の相棒パートナーなんだから、自分でどうにかしなさい」と言ってくるのが、付き合いが半年というキソラでも簡単に想像できる。


「それは困るな」


 それでも、キソラは見捨てることはしないだろう。

 本人は『身内至上主義』だと言っていたが、手が届く範囲で助けられる人は助けようとしながらも、『死なないから』と口にしながら、自分の命を軽視しているようにも見える彼女は、結局お人好しながらも、可能な限り無茶をしてでも助けようとするはずだ。

 それが、今のアークから見た、出会ったときから今までの『キソラ・エターナル』という少女なのだろうが。


(まあ、こいつが無茶しないように支えてやるのも、相棒の役目だろうがな)


 キソラの頭に手を伸ばしたアークは、彼女に笑みを浮かべながら撫でる。


「え? 何。どうしたの」

「いや、改めて相棒パートナーがお前で良かったってだけだよ」


 いきなりのことに戸惑いを浮かべていたキソラは、アークの言葉に目を見開いた。


「私、そんなこと言わせるような受け答え、してないよね?」

「確かにしてないが、別に良いんだよ。俺がそう思っただけなんだから」


 時折現れる、アークの余裕っぷりは何なのだろうか。


「アーク、少し時間ちょうだい」

「うん? 少しと言わず、いくらでも付き合うが?」


 そう言われ、苦笑いしながら、「少しでいいから」と返しておく。


(さて。話すべきか、話さずにおくべきか)


 キソラが迷っていること。

 それは――“空間魔法”を扱える『空間魔導師』のことについてである。

 もし、話すにしても、どこからどこまで話すのかを考える。まあ、考えるといっても、すでに空間魔導師については話してしまったこともあるので、そんなに話すことは無いと思うのだが。


「……アークはさ。私が前に空間魔導師について話したの、覚えてる?」

「ああ、覚えてる。世界最強にして、王族と同じぐらいの権力も持ってるって。で、何でそうなったのかも、お前が教えてくれただろう」


 そうだったね、とキソラは頷く。


「薄々でも勘付いているだろうから、前置き無しで言うよ」


 キソラはアークに目を向けながら、告げる。


「私は、空間魔導師だ。別に隠していたっていうわけじゃない、っていうのは本当だけど、意図的に隠していた部分もあったから、そのことに関して、文句言われても仕方ないとは思ってる」


 目を見開くアークに、キソラは「やっぱり、改めて言われると戸惑うのかなぁ」なんて思っていたのだが、当のアークは違っていた。


「……別に、文句は言わねーよ。お前が黙ってたのも、理由があるからだって分かっていたし」

「分かっていたしって、アークには責める権利もあるんだよ?」

「だからそれは、お前の考えで黙っていたんだろ? なら、そのことについて告白したお前の、何を責めろって言うんだ」

「それは……」

「この世界で、お前が『特別な位置』に居るって言うのなら、俺も“異世界からの来訪者”なんだから、ある意味『特別な位置』に居ることになるんじゃないのか?」


 キソラは何も返せなくなった。


「……全く、優しいなぁ。アークは」


 アークだけではない。

 学院中にバレたときの状況を思い出せば、興味本位で見に来た者たちは居たが、隠していたことを責めてくるような者たちはいなかった。

 おそらく、何か言ったら、反撃されるのではないのか、という思慮もあったのだろう。あの時のキソラは魔欠のこともあって、機嫌が悪かったから余計に。

 手を顔に当て、伏せがちになったキソラに、アークはやれやれと言いたげに息を吐くと、彼女の頭に手を置く。


「優しくねぇよ。俺は」


 相棒パートナーなのに、肝心なときに隣に居ない。

 知らなかったから、なんて口実で。

 こうやって、言葉を掛けることしか出来ない。


「アーク?」


 撫でることもせず、手を置いたままだからか、キソラはアークを見上げる。


「今、言いたいことは全部か?」

「そう、だね」

「そうか」


 納得したかのように、アークの手が頭から離れる。


「前にさ。アークを冒険者ギルドに連れて行った日」

「うん?」

「私が迷宮管理者だって、話したじゃん」

「ああ、あったな」


 キソラがコップに茶を注ぎ、アークが受け取ったのを確認しながら話す。


「実はさ。迷宮管理者と空間魔導師の組み合わせって、どちらかといえば、稀らしいんだ」

「ぐ、ごほっ、何だって?」

「いや、大丈夫?」


 付け足すように話された内容に、飲んでいた茶を噴き出しそうになったのを耐えたためか、せたアークに、キソラは心配そうな声を掛ける。


「俺は大丈夫だが……お前、稀って言ったか?」

「言ったよ。しかも、兄妹で、って付くから、かなり珍しいんじゃないのかなぁ」

「何か、レアキャラみたいだな」

「否定はしないよ」


 迷宮管理者と空間魔導師の組み合わせなら、キソラだけでなく、ノークにも当てはまる。

 さらに、迷宮管理者と時間魔導師の組み合わせの者も居ないわけではないが、この話は余談である。


「まあ、そのおかげで、他国も巻き込んで、ちょっと騒がしくなったこともあるんだけどね」

「絶対、ちょっとじゃないだろ」


 笑いながら話すキソラに、アークが真顔で突っ込む。

 ただでさえ空間魔導師という珍しい存在なのに、一国の軍などに在籍するとなるのなら、荒れるのは目に見えている。


「ま、私の場合は学院を卒業するときにも、また荒れそうだから、早めに進路を決めとかないといけないんだよねぇ」

「何をしたいとか、決まってるのか?」

「一応、候補だけはあるよ」


 おそらく、これなら文句はあっても揉めないだろう、というものだが。


「なら、良いよ。国家論争に俺たちまで巻き込まれないのなら」

「気持ちは分かるけど……素直だなぁ」


 キソラとしても、アークたち“異世界からの来訪者”を巻き込む気は無いが。


「素直な方が良いだろ」

「まあね」


 ニヤリと、二人して笑みを浮かべる。


「ま、アークに何かあったら、私が全力で助けに行くよ」

「頼もしいっつーか、何て言うか。まあ、その時が来たら頼むよ。相棒あいぼう


 『パートナー』や『契約者』ではなく、『相棒』。

 肩を竦めて言ったアークに、


「もちろん」


 とキソラは返すのだった。


   ☆★☆   


 ヒュルルル、と風が吹き荒れる。

 高い場所に居るから、それも仕方ないのだが、視線の先にあるものを見ていた人物――キソラは、どこか悲しそうな表情を浮かべながらも、そっと息を吐く。


「面倒くさい騒動を起こしてくれたものだよ」


 騒動を起こした犯人がどこにいるのかも、それを追う者たちが何をしているのかも、キソラには視えて・・・いた。


「一言言ってくれたら、力を貸したのになぁ」


 キソラは視線の先にあった――自身が張った結界から目を離す。


「言ってこないってことは、自分たちでどうにか出来るってことなんだろうけど……」


 やや考えるような素振り――あごに手を当て、上を見る(感じ)――をしながらそう言うと、キソラは笑みを浮かべる。


「頑張れ、兄さん」


 眼下に広がる景色にビシッと人差し指を向けると、この場から去るのだった。

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