第六十八話:国境付近にてⅦ(現代に蘇りし剣姫と戦乙女・後編)


 さて、最前線となっている国境付近では、現在三つの戦いが起こっている。


 一つは、帝国の“戦乙女ヴァルキュリア”ミレーヌ・ローゼンハイムと“剣姫”クラリス・レージとして相手をするキソラ・エターナルの戦い。

 一つは、火を司る赤き精霊、イフリートと帝国師団長、ユリウス・サバラーグによる戦い。

 一つは、ノークたちアースフィード国の騎士たちとエルシェフォードたち空間魔導師たちによる、帝国兵たちの戦意喪失を狙った争闘とvs化学兵器という戦い。


「……」


 そんな場所から少しばかり離れた場所――上空で一人、魔法少女のような衣装に藤色の装身具を身に着けた少女、キャラベル・クラフェニーは、周囲にカメラ機能を搭載した光球を浮かべ、棒状の菓子を口にしながら、戦場を見ていた。

 彼女曰く、「貴重な資料となるものは残しておかないと」ということらしい。

 被弾する可能性もあるのに、光球は器用にも避けて、撮影を続けていく。

 ただ一つ、我が儘を言うのなら、国内の状況も撮っておきたかったキャラベルだが、オーキンスたちが居ることにより、すでに戦いが終了している場所もありそうだし、と諦めたのだ。


「……むぅ。壊された、か」


 そんなキャラベルの視線は一つの画面に向いていた。

 ずっと砂嵐状態で雑音ノイズを発するその画面に、キャラベルは新たに棒状の菓子を口に入れる。


「光が裏目に出た、というわけでも無さそうだから、相手にはキソラちゃん並みの気配察知能力があるってこと……?」


 砂嵐状態の画面を別カメラからの映像に切り替えながら、首を傾げて唸る。


「って、それは無いか」


 可能性としては残しておくが、そういうことをされたかどうかというのは、一時置いておくことにする。


「でもま。キャラベルちゃんだって、バカじゃありませんから」


 消される前に一瞬だけ見えた光景を、キャラベルは見逃さなかった。


「さて、うちの妹分はどんな判断するのかね」


   ☆★☆   


 キソラの相棒が“剣姫”クラリス・レージの相棒の大剣へと姿を変えたことにより、ミレーヌの相棒との激突を繰り返していた。


「それにしても、いつ見ても、貴女とは不釣り合いな剣よねぇ」

「大きなお世話」


 ぶん、とキソラが大剣を振れば、その風はミレーヌの髪を靡かせる。

 ちなみに、現在キソラの手にあるクラリスの相棒とされた大剣(本物ではないが)だが、彼女の相棒はキソラの相棒同様、相手次第で変化するものであり、現在大剣なのも、彼女の判断によるものである。

 だが、彼女本人が使用していた時も現在同様に大きく、身の丈には合っていなかったのも、また事実であり。しかも、現在のキソラと当時のクラリスの身長を比べると、キソラの方が若干低いため、大剣自体の大きさが変わっていなくとも、クラリスよりも身長が低いキソラが使うことにより、大剣が大きく見えることに一役買っていた。


「……ふぅ」


 相棒の形状変化に大剣があるとはいえ、基本的にキソラが使うのと使えるのは限られている。

 軽く息を整え、大剣を構え直す。


(このままじゃ、らちが明かない)


「一段階、上げるか」


 それを聞き取ったのか、相棒のコアが一瞬光る。

 そもそも、ミレーヌに勘違いさせるためとはいえ、クラリスの振りをし続ける必要はないし、キソラの得意とする戦闘方法はクラリス(の時)とは違うのだ。

 改めて、キソラが息を吐けば、何かを感じ取ったのか、ミレーヌが顔を顰める。

 そして、次の瞬間、ミレーヌの目の前からキソラの姿が消える。


「――っつ!?」


 背後に感じた気配と殺気に、ミレーヌは素早く振り返り、相棒で防御態勢に入る。

 甲高い音がその場に響くのだが、いつの間に武器を切り替えたのか、キソラの手にあったのは、大剣ではなく、細身の剣(大剣を見ていたせいで細く見えているだけかもしれないが)。

 そして、その顔には表情は無く――……


「っ、このっ……!」


 とりあえず、間を空けないといけない、と判断し、すぐさまキソラとのあいだを空けるミレーヌ。


(また、訳分かんない展開になったわね)


 現在のミレーヌには、目の前の少女の考えが分からなかった。

 目の前の少女が、自身の好敵手ライバルであるクラリスでないことぐらい、ミレーヌも理解していたのだが、それでも容姿が似ていたことで、彼女と重なり、ずっとクラリスだと思うことで、自身を納得させていた。


(けれど、このは違う)


 どんなにクラリスの振りをしようとしても、結局は別人なのだから、騙し通せるわけがない。

 それでも、わざわざ自分のために、クラリス・レージの振りをしていてくれたことに関しては、自分のせいだと少し反省しつつ。


「どんな方法で来ようと、私は負けないわよぉ。クラリス!」


 ミレーヌはそう告げながら、攻勢になる。


 ――どうせなら、彼女にそっくりな目の前の少女に……


 彼女なら、やってくれるはず。

 そんな思いを相棒に乗せながら、ミレーヌは仕掛けるのだった。


   ☆★☆   


 火には水。

 そんな相性をいくら精霊でも引っくり返せないのだが、相性通りに水属性魔法や魔術で攻めるユリウスに、火の精霊・イフリートは回避したり、火で防御・・・・していたりしていた。


(本っ当、『願い』や『思い』の力は侮れないな)


 自身に下されたのは、ユリウスをキソラたちの方へ向かわせないこと。


「精霊が、人間の言うことを聞くのか」


 これが、ユリウスと対峙したときに放たれた言葉だった。

 どうやら帝国でもこの国と同じように、精霊は人間よりも上に見られているのか、今みたいにキソラたち人間の命令に従っているという状況に疑問を持ったらしい。


『あの二人には、それだけの価値があるからな』


 そうは言うが、これは四聖精霊全員で決めたことだし、前にも言ったと思うが、約束を無視するほど冷たくなった覚えもない。

 結果、そんなこんなで、イフリートはユリウスと火と水の鬼ごっこをしているような状況になったのだが。


(ヤバい。退屈してきた)


 他の奴らでも水属性魔法や魔術だけではなく、様々な属性魔法など使ってきたのに、ユリウスは何というか、とにかく水属性魔法や魔術だけ・・を使っていた。


(まさかとは思うが……)


 『思い』などによるブーストが、一時的なものとでも思っているのだろうか。


『……一つ教えといてやる。今のブーストに制限は無いぞ?』


 そもそもブーストされていたことすら、気づかれてないかもしれないが、とりあえず言っておく。


「……ブーストか」


 そう呟いたユリウスの視線は、キソラたちへと向くのだが、そのことにイフリートは顔を顰めた。


(何で向こうを見る?)


 はっきり言って、何かイラッとする。

 二人を見ているのか、それともどちらか片方を見ているのか。

 だが、理由が分からない。ミレーヌはともかく、キソラは明け方この地に着いたばかりだ。そんな彼女をユリウスが気にする理由が、イフリートには分からなかった。


(それでも、手は出させんがな)


 半分は自身の感情、半分は元ボディーガードとしての意地である。

 それに、今のキソラの状況を知らないであろうノークが、見ず知らずの人間から妹に手を出されたと知れば、いくらキソラと自分たち四聖精霊が説得したところで聞かないだろう。特にキレた時は。

 そのため、何としても阻止しなくてはいけない。主に自分たちのためにも。


『そんなに、気になるか?』


 ユリウスの視線がイフリートに向けられる。


「いや、状況が気になっただけだ」


 嘘を吐くのが下手な奴だ。

 イフリートはそう思った。

 だが、やはり気になるのは、ユリウスが気にする理由。

 自分の言葉も気にする要因にはなっているのだろうが、その前から見ていたことから、それが違うことは推測できる。


(それなら、恋愛面か?)


 いや、それこそ有り得ない。

 一目惚れとかの可能性もあるが、それはかなり低い気がする。もし仮に一目惚れだとしても、ユリウスにはすでに勝ち目はなく、自分たちも認めるつもりもないのだが。


(となると、やっぱり空間魔導師としての能力狙い、か)


 ユリウスは師団長という地位にいるのだから、最年少とは分からずとも、キソラの持つ空間魔導師としての能力を狙っているのだとすれば、恋愛面よりも納得できる。


(まあ、現にあいつが一番楽そうだしな)


 消去法である。

 今この地にいる空間魔導師で能力を使ってないのは、キソラとノークぐらいだろう(キャラベルに関しては、宙に浮きながら光球で情報収集のようなことをやっているため、ノーカウント)。

 そして、ノークは騎士であることから、彼を狙えば、国同士の問題になることは火を見るよりも明らかで、おそらくこの戦争がおわったとしても、すぐさま再戦しかねない……となれば、残るのはキソラとなるわけである。


『まあ、お前がどう思おうが、俺は別に構わないんだが、主命令だからな。阻止だけはさせてもらう』


 あくまで、あの二人に従うかのように見せつつ、イフリートはユリウスの目的を探り始めるのだった。


   ☆★☆   


「“連撃――緋炎ひえん・烈火”!」


 帯剣していた剣を抜いて双剣にし、炎を纏わせ、キソラは防御態勢のミレーヌに攻撃していく。


「っ、」


 互いの武器がぶつかる度に火花が散り、ミレーヌの肌にも当たる。

 そして、ある程度の攻撃をした後、キソラは間を空ける。


(さすがというか、何というか)


 レベルを上げたはずなのに、ミレーヌはもう対応してきている。


(やっぱり、経験の差が大きいかなぁ)


 軽く息を吐きながら、そう思う。

 そもそも、キソラがミレーヌの相手をしているのは、彼女を解放するためであり、それが、キソラの勝利条件でもある。

 一度目を閉じ、そっと開く。


「もう、一段階かな」


 さすがに、これ以上は自分の方がきつくなるため、使いたくはない。


『んー。君の場合、攻撃力とかよりも素早さとか小回りの方の技術を磨いた方がいいかな』

『うん? どういうこと?』

『マスターが女の子って事もあるんだろうけど、僕の攻撃を避けられているのを見ると、素早さを利用して相手の隙を付くような攻撃方法を得るのも手なのかもしれないかなって。まあ、攻撃力もそれなりに必要だけどね』


 ――けど、君は気配察知能力も高いから、臨機応変に対応できるようになれば大丈夫じゃないかな。


 以前、剣や魔法の練習相手をしてくれていた守護者から言われたこと。


(大丈夫)


 双剣を構え、ミレーヌに意識を集中する。

 そして、次の瞬間には彼女の背後に再び回り込み、双剣を振り下ろす。


「さっきと同じこと、やったって無駄よぉ?」


 が、もちろん、ミレーヌに受け止められることは想定内であり。


「――っつ!?」


 はっと何かに気づいたミレーヌが振り返れば、彼女の目が見開かれる。

 そこにいたのは、目の前にいるはずの少女であり、再び正面に目を向ければ、やはりそこにはキソラがいた。

 そのことに顔を引きつらせつつ、どちらかが魔法による分身だと判断し、ミレーヌは見極めるために前後を交互に見る。


「言っておくけど、分身なんかじゃないから」


 ミレーヌの背後からクラリスのような声音で言いながら、キソラは容赦なく攻撃していく。


「――っつ、ざけんじゃないわよ!」


 怒ったらしいミレーヌにより、攻守逆転するも、キソラは特に気にせず回避していく。


「ふふっ」

「広範囲魔法か」


 笑みを浮かべたミレーヌが発動した魔法に、キソラは溜め息を吐く。

 どうやら前後にいる自分たち・・・・を一掃するためらしいが、周囲の味方まで巻き込むつもりらしい。


「けど、そう簡単に受けるつもりはないんで」


 ミレーヌの発動のタイミングに合わせて、キソラも防御魔法を展開する。


「やっぱり、防ぐわよねぇ」


 だが、予想していたらしいミレーヌが、そう言いながら前方のキソラに向かって、相棒の切っ先を勢いよく振るう。


「――うん、貴女の切り替えの早さは褒めるよ」


 前方のキソラが切っ先をしゃがんで回避すれば、すぐさま剣を鞘に収め、相棒を手にミレーヌの懐へと突っ込む。


「っ、」

「でも、目的は達成させてもらう。“魂の解放ソウル・リベレイト”」


 ミレーヌの心臓を貫くように刺さった剣をそのままに、キソラは魔法を発動するのだが、その際時間切れと言わんばかりに、金髪碧眼が解ける。


「っく、それが、現在いまの貴女なのね」


 黒混じりの紺色の髪に漆黒の眼へと戻ったキソラに、“魂の解放ソウル・リベレイト”の効果なのか、上空へと昇っていく光の粒子を身体から発しつつ、ミレーヌはどこか苦しそうにしながらも、そう告げる。

 だが――


(効果が薄い……?)


 いくら死者の復活という禁忌による魔法を使ったからといって、“魂の解放ソウル・リベレイト”が効きにくいとは、どういうことか。

 それに、ミレーヌが苦しそうな理由が刺し傷だけというのも気になる。


「……」


 少し思案し、キソラがを使ってみれば、見えたのは魂を縛り付ける黒い鎖。


「っ、兄さん!」

「どうした?」


 少し距離のある場所にいたノークに声を掛ければ、掛かってくる他の帝国兵たちを片付けながらも、彼が駆け寄ってくる。


「少し厄介なことになった」


 キソラが“魂の解放ソウル・リベレイト”を使ったことなども含め、そう言いながら説明した後、ノークの額に手を当てる。


「視えた?」

「ああ……。だが、これを壊せばいいのか?」

「んー……壊してほしいところだけど、術者がなぁ」


 キソラは渋る。

 こんな鎖が巻き付いているということは、下手に壊せば様々な危険があることを示しており、それは厄介でしかない。


「どうする?」

「壊す」

「良いのか?」


 ノークの確認に、キソラは頷く。


「魂の保護は私がするから、鎖の破壊に集中して」

「分かったよ」


 どうせ魂関係はキソラにしか視えないし、分からないのだから、彼女の判断を信じるしかない。

 先程と同様にキソラがノークの額に手を当て、それぞれが役割を達成するために集中する。


「……っ、」


 何分か経ったような感覚だが、鎖の一部に罅が入る。


(あと少し……!)


 ぱきん、と音がしたかと思えば、鎖がバラバラになる。


「っ、よし!」


 思わず声が出たが、兄妹揃って安堵の息を吐く。

 ミレーヌも空気を察していたのか、先程まで何も話さなかったのだが、状況を理解したのか口を開く。


「……そういえば、貴女の名前、まだ聞いていなかったわね」

「知ってるでしょ」

「違うわよ。貴女自身の名前」


 ミレーヌだって、容姿が違うのだから、キソラがクラリスでないことぐらい分かっている。


「……空間魔導師、キソラ・エターナル」

「そう……そういえば、そう呼ばれていたわね」


 表情を変えずに名乗るキソラに、未だ流れ続ける自らの血で手を汚しながらも、ミレーヌは辛そうな表情のまま、軽く息を吐いて、空を見上げる。


「確か、あの時もこんな青空だったわねぇ」


 違う点といえば、光の粒子の有無だが、当時とほとんど似たような天候に対し、自分がこんな状態なのに、恨みたくなるぐらいの清々しい青空である。


「本当ですよ」


 倒れ掛けたミレーヌを支えたまま、キソラも空を見上げながら同意する。


「……」


 そんな二人に見えたのは、二人の少女が花畑で一緒に遊ぶ光景。

 それは想いや願いによる夢か幻か。それとも、一つの未来か。


「今度こそ、“平和な時代に会いましょう”。こんな方法なんかじゃなく、ね」

「そうね……」


 キソラの口からクラリスとほとんど同じ台詞を聞き、一瞬目を見開くミレーヌだが、穏やかな笑みを浮かべる。


「ああ、そうだ。いくら私を倒せたからって、貴女は私みたいになっちゃダメよ?」


 そう告げると、ミレーヌから放たれていた光の粒子は消失し、彼女の身体はがくんとキソラに凭れ掛かる。


「……大丈夫ですよ。ミレーヌさん」


 吹いてきた風がキソラの髪を靡かせる。

 そんな彼女の頬を流れる涙は、戦争とはいえ人を殺してしまったという罪悪感から来るものか、またはキソラの中にあったクラリスの意識によるものか。

 そして、涙を拭えば、キソラは気持ちを切り替えたかのように顔を上げたのだった。

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