第四十七話:同時刻、帝国にて


 特に警戒することもなく、城内を歩く。


「おいおい、嘘だろ?」

「いや、マジだって」


 二人の騎士が隣を歩いていく。

 だが、二人は気づかない。この城の関係者でもなく、この帝国くにの住人でもなければ、敵国のスパイでもない者がすぐ側にいたことを。


「……」


 くすりと笑みを浮かべれば、


「ん?」

「どうした?」


 先程の騎士たちが不思議そうに振り返る。

 それでも、彼らは気づかない――いや、気づけない。

 空間魔導師の一人である、『うつつと幻影』のキャラベル・クラフェニーはそこにいた。


   ☆★☆   


 時間はやや巻き戻る。


「ふぁ……」


 キャラベルは欠伸をした。

 朝は弱い方ではない彼女だが、寝起きとなれば話は別である。


「……っつ、やっぱり、こんな所で寝るんじゃなかった」


 そもそも関係者ですらないキャラベルに城内で寝泊まりする所などあるわけもなく、結局彼女が寝る場所として選んだのは、とある一室。

 雨風を凌げれば良いかという妥協からだったのだが、位置が悪かったのか、どうやら寝違えたらしい。


「今日はどうしよっかなぁ……」


 そう言いながら、昨日の晩に城内の食堂からこっそりと頂いていた料理を口にする。

 さすがに昨晩の料理だけあって、朝食べるには重めだが、きちんと食べなければ、キャラベルだって動けないのだ。


「ん~……」


 ギーゼヴァルト関係はほとんど調べ終えたので、次に本命の帝国側を調べるのは決定事項である。


「……戦力? 指揮官たち?」


 ごちそうさま、と告げ、食堂が落ち着くのとタイミングを見計らい、食器を返却する。

 ちなみに、彼女。帝国に来てから、空間魔導師としての能力をフル活用している。

 メイン能力が『うつつと幻影』であるキャラベルは、周囲だけでなく、自身の姿さえ変化させることが出来るため、空間魔導師内での情報収集は彼女の主な仕事となっている。

 今回は現在地と相俟って、可愛い妹分――キソラの頼みもあったから引き受けた上に、彼女の力になればいいかな程度で帝国内部を調査中である(決して『ついで』とは言ってはいけない)。

 このままじっとしていても仕方ないから、とキャラベルは溜め息混じりに立ち上がると、いつも通り、城内を歩き回る。

 まあ、ここで冒頭に戻るわけなのだが。


「……」


 たったったっ、と廊下を駆けてみる。

 ちなみに、同行しているはずのエルシェフォードたちがいないのは、別行動中だからだ。

 だから今はキャラベルは一人だし、彼女の姿が見れる人物はいないはずなのだが。


「――機嫌が良さそうだね、侵入者さん」

「うん?」


 聞こえてきた声に、キャラベルは首を傾げた。

 そして、周囲へと目を向ける。もちろん、上下の確認も忘れない。


「……いつから気づいてたの?」

「最初から、って言えたのならいいんだけど、実はつい最近なんだよね」


 キャラベルに話しかけてきたという事は、相手はそれなりの実力者なのだろう。


「それより、姿を見せたらどうなの。ここ、そんなに人が通らないでしょ」

「へぇ、たった数日いただけで、そこまで分かるんだ」


 キャラベルの言葉へ返すかのように、声の主――優男にも見える青年が姿を見せる。


「うっわー☆ 予想外のイッケメーンさんだー☆」


 キャラベルちゃんびっくりー、と言いたげに語尾に星を付けて話すキャラベルに、青年は馬鹿にすることもなく、告げる。


「無理して、そう話さなくても良いよ。まあ、褒められて悪い気はしないけどさ」


 それを聞き、キャラベルは思わず引いた。


(ナルシスト……?)


「表情で言いたいことは大体分かるし、俺違うから」

「それでー、おにーさんはー、私にー何のご用なんですかー?」


 青年の言い分を全て無視し、キャラベルは尋ねる。回答次第ではこの後の対応も変わってくる。


「んー? ただお話ししたかっただけ、じゃ、理由にならない?」


 キャラベルは目を細める。

 理由としては認められないわけではないが、信じられるかどうかといえば、それはまた別である。


「にしても、他の人には見えないようにしてるつもりみたいだけど、その見た目自体も誤魔化してるよね?」


(こいつ……!)


 キャラベルの中で、警戒レベルが一気に上昇する。

 にこにこと裏に何かありそうな笑顔を浮かべることのあるエターナル兄妹よりもたちが悪そうな、目の前にいる相手に、キャラベルの表情が歪む。


(はっきり言って、今日ほどキソラちゃんたちの笑みの方がマシだと思う日が来るとは思わなかった)


 それだけ、目の前の青年が胡散臭いということなのだろう。

 ちなみに、エターナル兄妹が裏に何かありそうな笑みを浮かべたとしても、どこかあくどいか、からかっているパターンのどちらかである。


「好きに解釈すれば? それとおにーさん、目が良いみたいだけど、下手に首を突っ込まない方がいいよ」

「ご忠告ありがとう。まあ、身の程は弁えてるから大丈夫だよ」

「いや、大丈夫じゃないよ。今のは忠告じゃなくて警告・・


 キャラベルの言葉に、青年は少しの間、無言になる。


「……そっか」


 それじゃ、と青年は言う。


「前置きはこのぐらいにしておいて……侵入者さんは敵情視察にでも来たの?」

「どうとでも勘ぐればいいよ。おにーさんの方こそ、私が普通の魔導師じゃないって分かってたから、声を掛けてきたんでしょ?」


 それを聞き、纏う空気の変わった青年に、キャラベルも戦闘になった場合も視野に入れ、やや足を引く。


(戦闘面は専門じゃないからね)


 ついでに逃げ道も確認する。

 そして、青年の返答を見守る。


「まあね」


 あっさり、肯定。


「あっさり肯定……あ、さっきおにーさんの目良いんだ的なこと言ったけどさ。実際は別で、おにーさん自身、それなりに実力あるんだよね?」


 キャラベルの探るような問いに、青年は会って初めて目を細めた。


「へぇ、さっきまでのやり取りだけで、そこまで分かるんだ。さすがというべきなのかな」

「別に、褒められても嬉しくないんだけど」


 それに、キャラベルのような空間魔導師やそれなりの実力者なら、青年の実力を見抜くことぐらい造作もない。


「それで、何を調べてたの?」

「言うと思う?」


 わざわざ調べたことを、聞かれて言う密偵がどこにいる。


「だよね。でも、見つけた以上、放置するわけにはいかないから」

「きゃははは。私はそうすぐには捕まらないよ。おにーさんには見えていたのだとしても、私を捕まえる事なんて出来ない」


 互いに睨み合う。

 青年の魔法発動の気配を感じ取り、キャラベルも防壁展開の用意をする。

 まさかこんな狭いところで、自滅するかもしれないのに、魔法を発動するわけがないとは思うのだが。


(ただ、性格までは分からないからなぁ)


 はっきり言って、彼の性格が分からない。

 キソラたちだって、明るくノリが良い時はあるが、実際にはクールな部分や黒い部分もあり、残酷な事だってする。

 それは、キャラベルが今までの付き合いから見てきた彼女たちの性格だ。


(こりゃあ、指揮官を調べるべきかなぁ)


 そうすれば、自ずとその戦力は、キソラたちが把握してくれるはずだ。

 でもその前に、とキャラベルは思う。


(こいつをどうにかしないと)


 どれだけ撒けることか。


   ☆★☆   


 この世界で扱える魔法の中に、『幻影魔法』というものがある。

 主に人を惑わせるために使われる魔法だが、方法次第では、他の魔法と同様に、いくらでも応用できる魔法でもある。

 中でも、キャラベル・クラフェニーという少女(というより、実年齢から言えば女性)は、幻影魔法の専門家エキスパートと言ってもいいほど使用し、得意としていた。

 そして、空間魔導師でもある彼女が、空間魔法とともに幻影魔法を使えば、彼女を捉えられる人物は少なくなる。


「……」


 キャラベルは、ちらりと後方を確認する。

 追ってくるのは、優男にも見える青年。

 魔法を発動しないところを見ると、城内で暴れるつもりはないらしい。もちろん、キャラベル自身も暴れるつもりはないのだが。


「しつこいなぁ……」


 よくもまあ、飽きもせずに追いかけてくるものだと、逃げ回ってる自分を棚に上げてそう思うキャラベル。


(でもまあ、いいんだけどね)


 耳にはちゃんと、情報が届いている。


『――……どうやら、あちらさんは国境へと向かってきてるらしいな』

『はい。こちらも手配通り、向かわせました』


 それを聞いて、やれやれと思うキャラベル。

 何をどのように、誰をどの場所へ向かわせたのかは分からないが、キャラベルは時折後方を確認しながら城内を走っていく。

 そして、再度後方を確認した際、後ろから追いかけてきているはずの青年の姿が見えないため、おそらく撒けたのだろうとキャラベルが思ったその時だった。


「師団長。お時間です」

「ああ、分かってる」


 一瞬、スローモーションにでもなったかのように、キャラベルと師団長と呼ばれた男がすれ違う。


(師団長……?)


 キャラベルは思わず足を止め、そちらに目を向ける。

 男が歩いていく方にいるのは、数人の男女。


「まったく、遅いぞー?」


 一人は、集まりに遅れた男をやんわりと咎める、見た目は軽そうな青年。


「まあ、いいんじゃないの。間に合ったんだから」


 一人は、軽そうな青年を宥める、剣を背負った美人。


「相変わらず、アイシャは甘いのぉ」


 一人は、体格の良い、傭兵のような老兵。


「俺は早く暴れてぇ」


 一人は、ニヤリと笑みを浮かべる男。


「はぁ、これだから戦闘狂は……」


 一人は、溜め息混じりに、男に呆れを見せる少年。


「みんなはああだけど、留守番は任せたよ。リーシャ」


 一人は、優しそうに微笑む、どこか天然そうな少年。


「分かってる。皆さん、どうかご無事で」


 一人は、頷き、見送るかのように告げる、リーシャと呼ばれた少女。


「それじゃ、行くぞ」


 一人は、身に着けていたマントを翻し、先頭を歩く男。


 そんな男に続くかのように、面々も歩いていく。

 それを見ていたキャラベルは、たらりと汗を流し、


「……帝国が誇る、八人の師団長……」


 ぽつりとそう洩らした。


 ――振り上げられた剣は、張られた防壁すら無かったことにし、すべてを断ち切り、破壊する。


 ――立てられた盾と張られた防壁は、どんな魔法や攻撃からも身を守る、絶対防御。


 彼らの異名は、帝国最強の剣にして盾。


「……っ、」


 ぽかんと開けられていた口は、今はきつく閉じられている。


 きっと彼らは容赦なく、その力を振るうのだろう。

 対する仲間たちは、無事でいられるだろうか?


 不安がキャラベルに押し寄せる。

 幸い、あの国にいるのは、攻撃も防御も出来る頼れる仲間たち。

 それでも――


(この不安は何なの?)


 言い知れぬ不安の中で浮かぶのは、とある兄妹の姿。


「もう、いいよね?」


 誰かに尋ねるかのように呟かれた言葉とともに、キャラベルは藤色の装束を身に纏う。


「私も行こう。みんなの元へ」


 そんな決意の眼差しを、キャラベルはキソラたちがいる国のある方へと向けるのだった。

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