第四十四話:確認と報告


 かつかつと音を響かせ、城内の廊下を走らないように気をつけながら、やや早歩きで進んでいく。


 ギルド会議を終えたキソラは、すぐに登城すると、まずは騎士たちがいるであろう訓練場に向かうため、ひたすら長い廊下を歩き続けていた。

 ただ、彼女に気づき、廊下の端により頭を下げるメイドにも気づかないほど、キソラは焦っているかのように足を動かしていた。

 なお、この時会ったメイドは、キソラと顔見知りだったのだが、いつもなら一言でも声を掛けてくるキソラに声を掛けてもらえなかったため、珍しいこともあるなぁ、と思ったらしい。


 さて、キソラが急いでいる理由だが、単に明日の朝までに学院に着けるかどうかの心配が大半を占めていたためだ。

 もちろん、ギルド会議の内容を一部報告しなくてはいけないが、今はそれよりも兄であるノークと会う方が先だった。


「さて、どこにいるんだか」


 訓練場にいなかったため、探索魔法で捜してみれば、案の定騎士たちが住む寮部屋に向かう三つの印。


「やっぱり、一緒かぁ」


 だが、今出たばかりなのか、そんなに遠くには行ってない上に、走れば間に合いそうなので、キソラはその場へ走って向かった。





 何とか追いつけば、気配を感じたのか、ノークが苦笑いして振り返る。

 そして、「何でいる?」という問いに、キソラは答えず、逆に単刀直入に尋ねた。


「兄さん。戦争に行くの?」


 それを聞き、三人は目を見開いた。


「ちょっ、キソラちゃん?」


 戸惑いながらも、イアンが一度場所を移そう、と告げ、四人は場所を移動する。


「で? 何で、あんな質問をしてきた」

「逆に聞くけど、すでに国民全員が知っている戦争のことを、何で私が知らないと思ったの」


 答えのない、質問の応酬である。


「え、ちょっと待って。戦争のこと、国民全員知ってんの!?」


 イアンが驚いたように声を上げる。


「情報源は分かりませんが、みんな知ってますよ。避難してる人もいます」


 それを聞き、イアンは頭を抱えた。


「こういうのって、機密情報じゃねーのかよ……」


 そう言いたくなる気持ちも分からなくもなかった。

 余計な混乱を出さないために、こういうことは上層部などが黙っていることの方が高い。


「でも、すでに戦争が起こることが知られている以上、自主避難してくれているだけでも、まだマシか」


 レオンの言葉に、面々の表情は戻らない。


「兄さん……」

「大丈夫だって。戦争って言っても、やや暴力的な話し合いに行くようなもんだ。お前が心配するほどじゃないだろ」


 心配そうなキソラに、その例えはどうなのかと言いたくなる言い方をするノーク。現に、「その例えはどうなの」とイアンとレオンから微妙な目を向けられている。

 だが、言っていることから分かると思うが、ノークは自分が前線に出ることは予想済みらしい。


「……なら、絶対に帰ってきてよ。帰ってこなかったら恨むから」

「ああ……」


 キソラの言葉に、ノークは頷く。

 キソラとしても、ノークとしても、どちらか片方を失うわけには行かない。


「大丈夫だって。こいつだけでも責任持って、キソラちゃんのとこにちゃんと帰すからさ」

「そうそう。だから、大丈夫」


 エターナル兄妹のことをよく知っているためか、イアンとレオンがそう告げる。

 だが、キソラはそれを拒否するように、首を横に振る。


「……と、ちゃんと三人で帰って来てください。帰る場所ぐらいは守っておきますから」


 それに目を見開く三人。


「~~っ、キソラちゃん、絶対に三人で戻ってくるから!」

「イアン! 引っ付くな!」


 感動したと言わんばかりのイアンがキソラに抱きつくも、返事をする間もなく一瞬でノークに離される。


「あ、はは……」


 だから、キソラの笑みが引きつっていたのは仕方がない。


「だが、お前も無理するなよ? 四聖たちもいるんだから」

「うん、分かってる」


 とはいえ、そこまで心配されるようなことをしている、という自覚のないキソラの返事である。

 一瞬、疑いの眼差しを向けたノークだが、言ってもキソラがやらない保証はないので、言うのは諦めた。


「それじゃ、陛下たちにちょっと話があるから、そろそろ行くね」

「話? 何の?」

「ん? 国の防衛ラインについて」


 キソラからあっさりと告げられた、今から話すであろう内容に、思わず固まる三人。

 だが、それを好機だと判断したのか、詳しく聞かれる前に、キソラはその場から去り始める。


「おいこら、キソラ! どういうことだ! 説明していけ!!」


 珍しいノークの叫びに、キソラは一度足を止める。

 そして、ノークたちの方を振り返り――


「ごめん」


 そう謝ると、一気に間を空けるために、走り出す。


「このっ……!」

「はいはい、少し落ち着こうなぁ」

「どうせ、あの子のことだから、後でデータを送ってくるはずだしな」


 冷静さを欠いたノークを、どうせ追いついても聞き出せないだろうから、と宥めるイアンとレオン。


「それによく考えろ。キソラちゃんがお前に嘘吐いたことはねぇだろ」


 言ってなかったりすることなどを除けば、キソラは基本的にノークには誤魔化して話すことはない(あってもすぐにバレるか、ノークが察する)。


「……ああ、そうだったな」

「それに、あの子は馬鹿じゃない。逆に相手を利用するぐらい、頭が回る子だろ」


 確かに、キソラは頭が回る。


「キソラは……母親譲りの部分が多いからな」


 記憶に残る、今は亡き母親の姿。

 見た目も性格も能力も、どちらかといえば父親譲りなノークに対し、キソラは母親譲りである。

 兄妹で共通するのは、空間魔導師であることとそれなりに文武両道なことぐらいだろうか。


(せめて、キソラが無茶しない程度には見ててくれよ)


 ノークが両親に願うのはそれぐらいだ。


「悪い、そろそろ部屋に戻ろう」


 ノークに言われ、肩を竦めながらも、二人も一緒に騎士団の寮へと戻るのだった。


   ☆★☆   


 こつこつと、登城時と同じように、キソラは城内の廊下を進んでいく。

 なお、姿はノークたちと会ったときとは違い、空間魔導師の正装(前回は説明しなかったが、藤色のローブを主体としたもの)をしていたため、通りかかる騎士やメイドたちが頭を下げていく。

 そして、目的の場所に着くと、扉の両隣にいた騎士たちに声を掛ける。


「国王陛下は中に居る?」


 本来ならこんな尋ね方は許されないが、今のキソラは空間魔導師として来ているため、開き直ってやや上から目線のように尋ねる。


「どちら様ですか?」

「キソラ・エターナルです。陛下に少し話があるので、来たのですが……」

「陛下はいらっしゃいません」

「そう……じゃあ、戻ってきたら、私が来たことを伝えてもらえますか?」

「分かりました」


 そんなやりとりを終え、目的地だった部屋からある程度離れ、死角となる場所からこっそり覗き込む。


「なーんか、怪しいなぁ」


 藤色のローブを主体とした服装=空間魔導師という認識がされており、一通り知らされてるはずなのだが、扉の両隣にいた騎士たちは知らないようだった。

 それに、誰なのかを一度確認をした点については護衛としての判断として間違ってはいないのかもしれないが、こちらが名乗ったにも関わらず、取り次ぎや部屋の主たちへ確認すらせず追い返すとはどういうことなのだろうか。


(あえて、という可能性が無いわけでもないんだけど……)


 さらに、あっさりと引き下がったキソラを特に不審にも思わず、どちらかが誰かを呼びに行くことすらしなかった。

 とまあ――ここまで来れば、部屋前にいる彼らがあえてだろうがなかろうが、疑うことだけには十分すぎる証拠となってしまっている。


「……」


 少しばかり思案し、ノークたちの時と同様に探索魔法を使えば、どうやら国王陛下は中に居るらしい。

 さらに、透視魔法も重ねて使用すれば――……


『もう嫌……』

『何言ってるんですか、陛下。気持ちは分かりますが、まだこんなにあるんですから、頑張って目を通してください』


 そう言って、国王陛下に向けられるのは、王妃と宰相の視線と書類の山。


「……何をやってるんだか」


 何故かよく分からない展開が起きていた。

 いや、本当に分からないわけではないのだが、あの中へ突っ込んでいった場合、どうなるのかなんて目に見えている。

 正直、入りたくもないキソラだが、入らなければ話も出来ないし、学院に帰る時間も刻々と無くなっていくだけである。

 とりあえず、まずは扉の両隣にいる騎士をどうにかしようと、溜め息混じりに元々の目的地の場所に足を進める。


「陛下は戻ってきた?」

「いえ、まだですが」


 またこいつか、と言いたげな目が向けられる。


「それにしても、いつもの・・・・騎士さんたちとは違うみたいですね」


 いつもの、という部分を強調して告げれば、ぴくりと反応する両隣にいた騎士たち。


(もしかして、新人?)


 仮にこの二人が、本当に新人騎士の場合、何故国王陛下の執務室前に立っているのかは不明だが、もし新人なら新人で訓練もせずに、何故ここにいるんだろうか、とキソラは内心首を傾げた。

 だが、今はそんなこと、どうでもいい。


「とりあえずさ」


 ――悪いけど、少し寝ててね。


 一瞬にして、騎士たちから意識を奪うキソラだが、そんな彼らを見て、彼女は少しばかり不安になった。


(本当に不審者が来たらどうすんだ)


 と思うキソラも、不審者っぽい行動しているのだから、気を失っている二人を責められないのだが。

 さて、とキソラは扉と一度向かい合えば、廊下の端から助走を付け、走り出す。

 そして、扉の前まで来た後、片足を止めると、走ってきた勢いを利用し、もう片方の足で派手な音を立て、扉を蹴り破る。


「陛下ー、お邪魔しまーす」


 呑気そうな言葉とともに入ってきたキソラに、呆然とする国王陛下と王妃に宰相という執務室内にいた者たち。


「ねぇ、陛下。いくつか聞きたいことがあるんだけど――」

「ちょっ、ちょっと待て!」


 早速本題に入ろうとするキソラに、国王陛下は待ったを掛ける。


「何でしょう?」

「今さ、扉を蹴破って入ってきたように見えたんだけど……」


 今の見間違いじゃないよな? と宰相たちに目を向ける国王陛下に、ぎこちないながらも頷く二人。

 現に――壊れていても不思議なくらいの――扉が蹴破られた反動で揺れている。


「私の方としても様々な時間が無いため、取り次ぎの省略と私が誰なのか知らない、扉の両隣にいた騎士二名には眠ってもらいました」

「うん? 見張りがいたのか?」

「陛下に逃げられるとなれば、わたくしたちだけでは手が足りませんから」


 キソラの説明に、国王陛下が確認を取れば、王妃は頷く。


「ですが、貴女のその姿を知らないとは……」


 驚きと呆れが含まれた溜め息を吐く王妃。

 そう、今のキソラの姿は、藤色を主体とする、空間魔導師としての・・・・・・・・・正装・・

 その姿は、全国民――いや、それだけではなく、この国がある大陸を含めた、全大陸の住民すら知っている。とはいえ、みんながみんな、空間魔導師たちの顔を知っているわけでもなく、知っているのは空間魔導師=藤色という知識である。

 だからこそ、全体的に(今は)藤色なキソラを、空間魔導師だと判断できないということの方が、王妃にとっては疑問であり、不思議だった。


「まあ、偽者もいるぐらいですから、間違えても仕方ありませんよ」


 そう、偽者の存在である。

 空間魔導師=藤色というイメージがあるせいで、『藤色を纏えば空間魔導師』だと思い、藤色の服などを着て、空間魔導師だと名乗る偽者までいるのだ。

 もちろん、キソラたち本物の・・・空間魔導師たちは互いに面識があるし、偽者が偽者であることも知っているので、偽者が目の前にいたとしても、とばっちりなどが来ない限りは特に気にしないのだが。


「ですが、騎士も偽者も今はどうでもいいです。話を聞いてもらえないと、私が帰れません」

「あ、ああ、そうだな。それで、話というのは……ん? 何だこれは」


 国王陛下の言葉の途中で、紙の束をぞんざいに机に乗せる。


「本日、ほぼ丸一日使って行われたギルド会議の報告書です」

「ギルド会議? つまり、各ギルドの長が集まったのか」


 キソラは首肯する。


「はい。そして、議長は私が務めました」


 それを聞きながら、国王陛下がパラパラと紙の束に目を通すが、次第に眉間に皺を作っていく。


「……情報源は?」

「分かりません。でも、国民全員は知ってます」


 紙の束が宰相の手に渡る。


「で、一応、会議内容と結果の報告に参りました」


 国王陛下と同じように眉間に皺を作る宰相に、王妃は不思議そうにするも、彼女の手に渡る前にタイミングを見計らい、キソラが失礼だと思いながらも取り上げる。


「まあ、簡単に言えば、国内に入った帝国軍は各ギルド側――ギルド連合で対処します」


 あと、上空は私が対応しますから、とキソラは爆弾を落とす。


「珍しいこともあるのですね。ギルドが連携を取るなんて」

「戦争で困るのはお互い様ですから。一日でも早く終わらせられるなら、嫌な相手とでも協力しますよ。帝国という共通の『敵』がいるんですから」


 王妃の感想に、キソラはそう返す。


「だが、君が参加する必要は無いんだぞ?」

「そんなこと、分かってますよ。それに、私は前線へ出陣するつもりもありません」


 国王陛下の確認に、キソラは理解していることを示す。

 だが、キソラはわざわざ正装して、ここまで来たのだ。それなのに、その理由が会議内容と結果の報告だけなわけがない。


「それで? 本来の目的は何だ」

「私が言いたいことは主に三つです」


 国王陛下に言われ、キソラは告げる。


「一つ、私が前線に出ないこと。お分かりでしょうが、防御面が弱くなります」

「うむ。理解している」


 国王陛下は頷く。


「二つ、実は貴族のどなたかがどこでどう知ったのか、わざわざギルドにまで来て、私にその身を守らせようとしたらしいんです。その時はまあ、ギルドにいた皆さんが追い払ってくれたらしいんですが」


 それを聞き、三人の表情が険しくなる。


「はぁ、情けない」

「馬鹿なんですか。その人は」

「全く、頭が痛いな」


 上から王妃、宰相、国王陛下であるのだが、国王陛下は頭まで抱えてしまっている。


「それで、まさか捜し出せとは言いませんよね?」

「捜す必要はありません。ただ――」


 そんなことをした貴族がいるということを、言うだけでいい。


「忠告、警告、牽制……皆さんや相手がどのように受け取るかは勝手ですが」

「そうか。で、三つ目は何だ」


 国王陛下に問われ、キソラは一度目を閉じる。


「三つ目は――」


 わざわざ空間魔導師としての正装をした意味。

 軽く息を吐き、目を開く。


(ここから先は、誰にも聞かせない)


 一瞬、キソラの髪が舞えば、その空間全体に音声遮断の結界が張られる。


「今、この国には私を含め、四人の空間魔導師がいます」

「なっ――」


 驚きの表情を見せる面々に構わず、キソラは続ける。


「彼らの目的は、夏に毎年開催されている大会へのエントリーです」

「ちょっと待て。空間魔導師なんかが出るとなれば――」


 宰相がストップを掛けるが、キソラはそれでも続ける。


「あくまで、空間属性や空間魔法を使わないで、という制約付きです。大会にエントリーするために、今こちらに向かってきてる空間魔導師もいます」


 三人は目を見開く。

 正直に言って、タイミングが悪すぎる。


「ですから、空間魔導師我々は戦争に巻き込まれた場合、自らの判断で戦うことにします」

「ああ、そうしてくれ。あと、もしもの場合、君は空間魔導師として参戦してくれればいい」


 それを聞き、いいんですか? とキソラが返せば、国王陛下は肯定するように頷いた。


「分かりました。あと、これは別件なんですが……」


 それと最後に、とキソラは付け加え、尋ねる。


「帝国の軍門にくだったとされている、ギーゼヴァルト鉱国こうこくについて、何か知っていることがあるのなら、お教え願えませんか?」


 それを聞き、三人は目を見開くのだった。

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