第二十七話:幼馴染


 随分昔の話だ。

 俺はあいつ・・・と約束した。

 いつのことかは忘れたが、随分昔だというのは覚えてる。


「わたしの、そばに、いてくれる?」


 問われたその言葉に、俺は頷いた。


「そばにいてやる。おまえがひとりにならないように」

「いっしょう?」


 その言葉には迷ったが、ちゃんとその問いにも答えた。


「いてやる。たとえ、いっしょうはむりでも、そばにはいてやる。**がさびしくないように」


 だからって、一生は無理でも、とは言ったし、側にはいてやる、とも言ったが、こんなことを望んでいない。

 彼女につらい思いをさせたくないのに、何でこうなる?

 思い出す度に尋ねたくなる。

 何故――






 彼女を見捨てた?


 だが、今回・・今まで・・・と違う。


「なあ、次元の魔女」


 お前は言った。

 俺たち・・一番最初の名・・・・・・に近づいたときが、お前に近づける時空ときに近づけるんだと、言ったよな?


「覚悟しろよ、次元の魔女」


 あいつが――キソラが、記憶を取り戻したときからが、本当の勝負の始まりだ。


   ☆★☆   


「キソラ」

「ん?」

「お客さん」


 背後の人物を指差しながら自身を呼ぶ友人に目を向ければ、キソラはすぐに理解した。


「何だ、アキトか」


 来訪者の名前は、アキト・イースティア。キソラの幼馴染である。


「何だ、って……。それより、ノークさんから渡せって」


 アキトがキソラの方まで行けば、ほら、と彼女が以前騎士団棟へ持って行ったバスケットを渡される。


「……ふーん。兄さん、来たの?」

「ああ、授業でな」


 バスケットを見ながら尋ねるキソラに、アキトは頷く。

 随分と早く返してきたな、と思ったキソラだが、所属人数が人数だけに、減るのも早かったのだろう。バスケットの中には『完食済み』と書かれた紙があり、それを見たキソラは思わず笑みを浮かべる。


「……まだ、いるかな?」

「いるんじゃないか? ほら、あそこで囲まれている」


 窓から下を見るアキトが指で示しながら言うと、隣でそれを見たキソラは溜め息を吐く。


「仕方ないなぁ」

「お、助けにいくのか?」


 きびすを返し、教室のドアへ向かって歩き出したキソラに向かって、アキトは尋ねるが――


「いや、からかいに行く」

「止めておいてやれよ……」


 この幼馴染は、と言いたげなアキトの突っ込みに笑みを浮かべつつも、キソラは困っているであろうノークの方へと行くために、歩き出すのだった。


   ☆★☆   


 さて、どうしよう。


 ノークは困っていた。キソラが予想した通りに。

 別に空間魔法で逃げてもいいのだが、後輩を雑に扱いたくない上に、人目もあるのであまり空間魔法は使いたくない、というのが本音だった。


(せめて、キソラが来てくれれば早いんだろうけど)


 同僚たちも数人同じ目に遭っていたが、絡まれてない同僚たちからは、「お嬢様方が怖いのでパスで」と言いたげな雰囲気と視線で訴えられた。

 なので、結局頼れるのは妹であるキソラだけなのだが――……


「騎士さまぁ」


 一方で、媚びるようにそう呼ぶ彼女たちだが、困っているノークに気づく気配はない。


 だが、そんな時だった。


「相変わらずの人気ねー」

「き、キソラ……」


 ありがたいようなありがたくないような、妹、キソラの登場である。

 キソラの言い方が言い方だけに、顔を引きつらせるノーク。


「バスケットのお礼を言いに来たの。ありがとう」


 キソラが含みのありそうな笑顔で礼を言う。


「それは良いから、助けろ!!」


 本当に困っているのか、そう叫ぶノークに、キソラは時計を確認する。


「あー、あと五分は頑張って。予鈴が鳴ると散るから大丈夫よ」

「なっ……」


 キソラに再度含みのありそうな笑顔で告げられ、固まるノーク。

 本気で言ってるのか、と視線で訴えるノークだが、キソラと話し出したことで、彼女の存在に気づいた女子生徒たちが、ノークに迫ったりしながら自分と話してくれと訴える。


「ねぇ、騎士様ぁ。あの子ではなく、わたくしの話を聞いてくださいなぁ」

「あ、私の話が先よ!」

「違うわ。私よ!」


 揉め出すノークの周りにいた女子生徒に対し、ノークは再度キソラや仲間の騎士に助けてくれ、と目配せするが、騎士たちからは、頑張れ、という視線を返され、キソラには溜め息を吐かれた。


(あ、もうダメだ)


 ノークが軽く諦めかけたその時だった。


「皆さん、そろそろ時間ですよ? 普通科、騎士科以外の方はそろそろ戻られた方が良いのでは?」


 笑みを浮かべ、そう告げるキソラに、「は? 何言ってんの、コイツ」みたいな目を向ける女子生徒たち。

 一方で、先程よりもやや距離を取るノークと同じ騎士たち(と何かを感じ取ったらしい、他の騎士たちを囲んでいた生徒たち)。


「言われなくても、分かってるんですがぁ」

「そもそも、貴女。何なの?」

「騎士様ぁ」

「は、はは……」


 仲間の騎士たちが離れた理由を理解したノークは、女子生徒たちの言葉に苦笑いする。

 キソラが冷めた目で見ていたのだから。


「そもそも、私たちから騎士様を横取りしようなんて、バカじゃないの?」

「バカはそっち。せっかくチャイムが鳴るって教えたんだから、素直に聞きなさいよ。遅刻しても責任は取らないわよ?」


 見る限りでは先輩でないと判断したキソラは、遠慮なく告げていく。


「そんなのっ、貴女も一緒でしょっ?」


 確かに、遅刻云々は今この場にいるキソラにも言えることだが。


「ギリギリまでこの場にいたとして、普通科と騎士科以外が遅刻しないで済むと思う?」


 学院の構造上、普通科と騎士科は横に並んでいるが、魔導科は騎士科と反対方向にあるし(理由としては揉め事が起きるため)、商業科は普通科の隣、情報科は商業科の隣にある(並べて説明するなら、騎士科、普通科、商業科、情報科となる)。

 科によっては襟のラインとかバッジとかで微妙に制服も違うため、キソラはこの場に普通科と騎士科の生徒以外がいることも理解した上で、注意したのだ。


「そ、そういう貴女はっ」

「私は普通科ですが、何か?」


 キソラが着ているのは学院の普通科指定の制服である(ブレザータイプとセーラー服の襟のようなところからタイを付けるタイプがあり、タイもネクタイかリボンの二種類から選べる。キソラはブレザータイプでリボンの組み合わせ)。

 しかもクラスはこの真上。キソラなら、壁沿いの木を利用して教室に戻ることも不可能ではない(危ない上にスカートだからやらないけど)。


「っ、そもそも、騎士様相手に私たちが話しているのに、貴女には関係ないでしょっ!?」

「関係、ない……?」


 その呟きが聞こえたのか否か、ノークの同僚たちは、自分たちを取り巻いていた生徒たちにこの場から少し離れるように言うか、そっと教室へと戻し始める(すでに戻っている生徒もいるが)。

 そして、思うのだ。


(嫌な予感しかしねぇ!!)


 と。しかも、それが的中するのだから、余計に怖い。


「そ、そうよ! 関係ないでしょ!?」


 頼むから、それ以上は煽らないでくれ!

 ノークの同僚たちに出来るのは、そう願うことだけだ。


「き、キソラさん……?」


 不機嫌オーラを放つキソラに、とりあえず、落ち着こうか、と恐る恐る声を掛け始めるノークだが、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。


「関係なくはないわよ。私の兄さんだから」

「えっ!?」


 驚くノークの周りにいた女子生徒たち。


「兄さん、優しいからね。邪魔だとしても、追い払おうとしても、貴女たちには言えるわけないでしょ」

「……」


 だが、今回はノークもノークで対処しようとはしていたが、結局は何も出来てないため自業自得な面もあるが。


「あの、私たち、邪魔でした……?」


 恐る恐る尋ねる取り巻く女子生徒の一人の問いに、ノークは首を横に振る。


「邪魔じゃないし、迷惑じゃないよ。でも、一度に来られても俺一人で対処しきれないから、出来れば二~三人ぐらいで来てくれると嬉しいかな」


 ノークが軽くごめんな、と視線を送れば、ふい、と顔を逸らすキソラ。


(こりゃ今度、例のケーキ屋のケーキを買わないと、機嫌直せてもらえそうにないなぁ)


 今後の予定を脳内で決めつつ、ノークはキソラが時計を見ていたことに気づいた。


(あいつ……まさか、使いやがったな)


 だから、チャイムが聞こえてこないのか、とノークは納得した。

 キソラがこの場に来た時、予鈴がなるまであと五分と言っていたが、彼女はその時か以降に空間へ干渉し、やや空間を弄ったのだ。

 なので、キソラが空間干渉を解除すれば、本来の時間は動き出すわけで――


「それじゃ、私は教室に戻るから」


 キソラがそう告げたのと同時に、カチリ、と時計の針が動き出したようにノークは感じた。


   ☆★☆   


 教室に戻ってきたキソラに、友人たちは苦笑しながら言う。


「相変わらずね。あんたの兄さんは」

「最後まで助けてあげれば良かったのに」

「そこまでしなくても大丈夫よ。兄さんは学院ここの卒業生だし、みんなが時間を守るのも知っているから、予鈴が鳴れば――ね?」


 キソラの言う通り、ノークの周りにいた女子生徒たちが戻っていくのが見えた。


「あ、ぐったりしてる」


 ようやく解放されたためか、ノークは腕をグルグルと回しながら、同僚たちの方へと向かっていった。

 その様子を見ていたキソラに目を向けていたアキトも、自身の教室に戻るため、黙って教室を出ようとするが、彼女は気づいた。


「あ、アキトもわざわざありがとうね」

「……ああ」


 兄さんもアキトに任せなくっても良かったのにね、と言いたげなキソラだが、予鈴も鳴ったので、教室に戻ると告げたアキトに、また後でね、と返す。


「って、“また後で”?」


 咄嗟に返してしまったアキトだが、その意味を理解することになるのは、数時間後のことだった。


   ☆★☆   


「なあ、キソラ」

「ん?」


 ケーキを口に入れながら、キソラは首を傾げる。


「何で俺、ここにいんの?」


 アキトはそう尋ねる。

 実は説明が一切無いまま、キソラに今いる場所――寮の近くにある喫茶店へと連れてこられたのだ。そして今、ようやく聞ける状態になったのだが。


「だから、兄さんから預かったバスケットを届けてくれたお礼だって」

「いや、だからって……」

「私の奢りだから気にしないで」


 奢りなのは嬉しいが、どうもそれだけではなさそうなのは気のせいか。

 それに、奢りとはいえ、やはりキソラだけに金を払わさせるのはどうなのか、とアキトは思う。


「もしかして、いらなかった?」

「いや、飲むけど……」


 アキトは目の前にあったコーヒーに口を付ける。

 そんなアキトをにこにこと笑みを浮かべながら、嬉しそうにキソラは見ていた。


「キソラ、そんなに見られると飲みにくい……」

「だろうね」

「……」


 分かっててやっていたのか、と思うアキトだが、キソラは体勢を変えない。


「本当、何があった? やっぱり、礼だけじゃないんだろ?」


 そう言っても、キソラは「しつこいなぁ」と言いながらも、「本当にお礼だけだって」と返す。


「俺が気づかないと思うなよ」


 それを聞いたキソラは目を見開く。様子からすると、キソラは普段通りにしていることで隠しているつもりだったのだろう(そのためか友人たちやアリシアも気づいた様子はなかった)。

 アキトがキソラの様子が微妙に変だったことに確信を持ったのは、喫茶店に連れてきた時。それは単に彼女の気まぐれかもしれないが、キソラが唐突に何かをするときは、何か問題があった時かそれを一人で抱え込んでいる時が多いというのも、アキトは理解している。


「っ、」

「俺は、お前の幼馴染だぞ」


 少しばかり話さなくとも、異変や違いぐらいには気付くぐらい、二人は長い間一緒にいた。


「……うん。よく分かったね」

「話してもらえるのか?」

「それは――……」


 キソラは困ったような顔をするが、首を横に振る。


「……ごめん。まだ、上手く言えない。私も、ちゃんと把握しきれてないから」


 アキトは溜め息を吐いた。


 ――どうして、この幼馴染は、問題事や厄介事を一人で抱え込み、対処しようとするのか。そして、そういう時に限って何故、相談をしない。


 というか、キソラが言えない時は大抵問題事か厄介事だと、長年の経験がそう告げてくる。迷宮管理者や空間魔導師という肩書きを持つキソラだが、何もなければ普通の女の子だ。


秋斗あきと


 一瞬、アキトの脳裏にフラッシュバックしたのは、自身をそう呼ぶ少女。


「……キト、アキトってば」

「っ、」

「大丈夫?」


 キソラが心配そうに見ていたため、フラッシュバックしたことを一時的に追い出すため、アキトは軽く頭を振り、慌ててその場を取り繕う。


「あ、ああ……そういや、お前が上手く言えないなんて珍しいな、と言いたいところだが、あまり遅くなると寮長がうるさいからな。そろそろ帰るか」

「言ってるじゃない……まあ、寮長がうるさいのは同意するけど」


 その後、席を立ち、会計を済ませた二人は、喫茶店を出て、寮へと帰るのだった。






「……」

「……」


 二人して無言のまま歩いていく。

 結局、アキトにはキソラが何を言いたく、話したかったのかは分からないが、キソラとしては、それでも良かった。


(ごめんね、アキト)


 キソラは内心で謝罪する。

 幼いときからずっと迷惑を掛け続けていたのだが、やはりというべきか、さすがに今回ばかりは干渉させられない。

 彼のことだろうから、知れば黙っていたことを責めてくるだろう。


(それでも、言えるわけがない)


 巻き込みたくないという気持ちに、彼の未来が無くなるかもしれないという可能性が、キソラを不安にさせていた。


(でも、大丈夫。アークやアリシアたちもいる)


 この時点で、すでに自分は何人も巻き込んでいる。

 だから、何も今は無関係であるアキトに無理に話して、仲間に引き入れる必要は無い。


(いざとなったら、勇気を貰おう)


 『ゲーム』においてもこれから起きるであろう戦争においても、少しでも不安を払拭できるように、彼に背中を押して貰おう。


「ねぇ、アキト」

「ん?」


 寮が見えてきたため、キソラはアキトに声を掛ける。


「今日はありがとう」

「ああ」


 そして、ごめん、と心の中で謝る。


「また、話し相手になってね?」

「俺でいいなら、いつだってなってやるよ」

「ん、本当にありがとう」


 再度、感謝の意を告げ、キソラは寮の真下でアキトと分かれると、自室へと入っていった。


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