ひと時の平穏 1
不思議な夢を見た。
ただの夜の街中。そこを一人で歩いていた。
何故だか街灯はすべて消えていて、周りは真っ暗だった。
でも僕の周りは明るかった。明かりがあった。
その明かりはふわふわと浮いていて、青白い淡い光の塊に見える。
青い炎にも見えるし、人魂にも見える。
でも不思議と恐ろしいとは思わなかった。優しい光だと思った。
その光の塊は僕の周りにたくさん浮いていた。多分20個近くはあった。
それは絶えずゆっくりと動いており、歩く僕の速さに着いて来ている。
不思議な光景だった。
まるで光が僕の周りを回って遊んでいるようだった。
そこでいきなり脱力感に襲われて目が覚めた。
何か意味があるのかはわからない。ただ初めて見る夢だった。
余程印象に残ったのか、目を閉じればすぐにその光景が思い出せる。
「人魂、というよりは……精霊かな?」
何故かその光からは無邪気な印象を受ける。物語などではそんな風に描写されていたはずだ。
「遼くん、起きてる?」
ドアの向こうから優姫さんが呼び掛けてくる。
デジタル時計の表示する時刻は9時21分。流石に平日ではない。今日は日曜日だ。
「起きてますよ」
「入ってもいい?」
「パジャマ姿でよければ」
「今更じゃない」
ドアが開いて優姫さんが部屋に入ってくる。
優姫さんも起きてすぐなのだろう、パジャマ姿だ。
優姫さんは自然に僕のベッドに腰掛けて、隣に座る僕の脚を枕にして横になった。
「どうしたんですか?」
「ちょっとこのまま……」
どうやら人肌が恋しかったようで。こういう時は何も言わずに撫でる、が正解。
さらさらの黒髪に指を通して毛先に向かって梳いていく。
全然引っかからないし、枝毛も見つからない。努力しているんだろうな……。
「綿棒……」
「ああ、昨日して戻すの忘れてました」
「私もして?」
「え?」
思わぬ発言に手が止まり、瞬きを忘れてしまう。
優姫さんは今何と言ったか?
『私にも耳かきをして欲しい』と言ったのか?
いやなんでこんなに動揺してるんだ僕は。耳かきなら多分出来るだろう。
「やってほしいな、って思ったりして……」
「わかりました。ちょっと待ってくださいね」
「あ、いや、冗談のつもりで」
「やりましょう。何事も経験です」
実際一度はやってみたかった、憧れていたシチュエーションだ。
優姫さんに一回起きてもらって机の上の綿棒を持ってもう一度膝枕の体勢になる。
「いいですか?」
「いいよ……」
綿棒をゆっくりと耳の穴に入れて、入口あたりを少し擦ってみる。
緊張で手が震えそうだ。万が一耳に傷をつけてしまったらと思うと自然と手が強張ってしまう。
「痛くないですか?」
「大丈夫」
「もうちょっと奥もやっていいですか?」
「うん」
綿棒を握り直し、深呼吸する。
落ち着け。大丈夫。僕は器用なはずだ。
耳の穴に綿棒を綿の部分が見えなくなるくらいまで差し込む。そのまま中を引っ掻いて耳垢を取っていく。
「耳掃除してもらうのってすごい久しぶり」
「最後にしてもらったのはいつですか?」
「えっと……小4くらいかな」
結構親離れが早い。僕は確か中学に上がるまでは母さんにやってもらっていたはずだ。
もう少し奥まで入れてみると、ぽろっと大きいのが取れた。
「遼くん、遠慮してない?」
「遠慮というか、加減がわからなくて」
「じゃあ、もうちょっと強くやって」
「……こんな感じですか?」
「そう、そこ、もうちょっと奥……」
「難しいですね……」
穴も真っ直ぐではないので奥に行けば行くほど動かすのが難しくなる。
しかし耳垢は奥に溜まっているのでどうしても奥に行きたい。
でも奥に行き過ぎると怪我をさせそうで怖い。
「はい、反対向いてください」
しかしまだ半分。気を抜かないようにしないと。
と思っていたが内心はかなり楽しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます