第12話「調教師」

「くそっ!数が多過ぎる!」


「どうするアイル。退路を作って一度引くかい?」


「いや。そういう訳にはいかねぇ!連携取ってコイツら全部倒す!」


草木の生い茂る森の中でアイルとテトはワーウルフの群れと遭遇した。

いつもは多くて5匹程度だが、今回は9匹もいる。どうやら2人の捜索している北側の森が当たりらしい。


「いくぞテト!前衛は俺が剣で斬りつけるから、後ろから魔法でサポートよろしく!」


「分かった!背中は任せてよね!」


そう言って腰につけている剣を鞘から抜剣し、片手に持ち、中腰に構える。

9匹のワーウルフは前に3匹。真ん中に4匹で、後ろに2匹と間隔をあけて前中後と列を作って並んでいる。

これまでのワーウルフとの戦いの時は場所なんか関係なく、適当な位置にそれぞれ散らばっていた。


「こいつらおかしいな。やっぱり背後に調教師ビーストテイマーがいるのか...」


森に突撃してからいくつかの群れに遭遇したが、どれも今回と同じように陣を組むようにアイルとテトを待ち構えていた。

十中八九、ワーウルフ達を操っているのは調教師で間違いないと思う。


バチバチと効果音が鳴りそうなくらいアイルとワーウルフは睨み合う。

すると、黒に近い赤い瞳孔を爛々と光らせて1匹のワーウルフが牙を剥いてアイルの顔に飛びかかってきた。

アイルはより体勢を低くし、空中に浮いたワーウルフの腹の下に潜る。

そして横腹を一直線に片手剣で切り裂く。


「ふんっ!」


ザシュッと鋭い音と共に獣の断末魔が夜の乾いた森に響く。

すると今度は2匹同時に左右からの挟み撃ち。2匹の獣はアイルの両腕を狙っているようで、それを見切って左のほうの顔面に上から斬り下ろす。遅れて飛びかかってくる右のワーウルフに顔の横に回し蹴りを食らわせる。

回し蹴りのダメージで横にぶっ飛んだワーウルフの隙を逃さず、すかさず腹に剣を振り下ろす。


「す、すごい。アイル、キミ本当に強くなったんだね!」


「へへへっ。そうだろそうだろ!」


3匹も一瞬で倒してしまったアイルは仁王立ちになりワハハと笑い声をあげた。

それをみたテトは褒めるんじゃなかったと頭を抱える。


「さぁテト。一気に終わらせるぞ!」


「はいよ〜」






先程の9匹の群れを2人の連携であっさりと片付けたアイルとテトは、夜の森の深層までぐんぐん進んでいく。

奥に進む度に敵に遭遇する頻度も増え、ますます緊張感が高まる。

すると、いきなり鼻を押さえたくなるような獣臭さが2人の嗅覚を襲う。


「なんだ、この獣臭い匂いは。おいテト。大丈夫か?」


「う、うん。獣人のボクにはちょっとキツイけど、なんとかね」


「そうか。じゃあこの匂いがどこから来てるか分かるか?」


獣人は身体能力が人より倍高く、五感も鋭い。その獣人のテトならばこの匂いの発生源が分かるはずだ。

おそらくこの匂いの先に何かある。


「こっちだよ!」


テトの案内により、枝をかき分けて一直線に北北西へと進む。

匂いはどんどん強さを増していき、テトが苦しそうだ。

そして匂いの場所へと走って5分ほどが経つと、開けた場所に出た。開けた場所の先には10メートルほどの崖が立ちはだかっており、その下には高さ3メートルくらいの洞窟がぽっかり空いていた。洞窟の入り口は綺麗な半円の弧を描いていたので、どうやら人の手で掘られた洞窟らしい。

洞窟の中はいっそう闇を濃くしていき、光を通すことを許さず、奥を見ることはできない。


「アイル。匂いは....あの中だよ」


「やっぱりそうか。ありがとう、テト」


「気にしないで。でも、ボクこれ以上はキツイから、君一人で中を見てきてくれるかい?」


「あぁ、わかった。その辺の草むらで隠れていてくれ」


そう言ってアイルは納めていた剣をジャリんと高い音を鳴らして抜剣し、ゆっくり歩き始めた。その時だった


「いんやぁ〜!待ちくたびれましたよぉ?」


裏返った高い声が洞窟の中から聞こえてきた。そしてコツコツとリズムを刻みながら洞窟から1つの影が出てくる。

洞窟の闇と同化するような漆黒のマントで全身を覆い隠していて、小柄。

ヒェヒェヒェと笑い声か奇声か分からない音を出しながらアイルの目の前に出てきた人物。

するとマントを勢いよく脱ぎ、その男は姿を現した。

灰色で乱れた髪の毛。長過ぎるもみあげを長い指でくるくるしている。目と口を盛大にニヤニヤさせ、なぜか目をキラキラ光らせている。身体は少し痩せ気味で、服は先ほどのマントと同じような黒色の服を着ている。

この服。どこかで?


「いやー、待ちましたよ本当に。かなり退屈でした」


「お前は誰だ!」


「まぁまぁそう殺気を出さないでくださいよ」


そう言って男は貧弱そうな腕を両手に広げて大きな声で叫んだ。


「私はハンチ。黒の巫女アリア様を崇拝する組織【レジスタンス】の一員であり、この世の魔物を操る調教師!通り名は『獣使いのハンチ』てす。是非覚えて逝ってください」


「黒の巫女?レジスタンス?なんだそれ。初めて聞いたな。だが、お前が調教師なんだな」


「はい。私が調教師。この辺のワンちゃん達を調教して〜、私の使い魔として使用しているんですよ〜」


やはり最近のワーウルフ達の様子がおかしいのは調教師が絡んでいたようだ。

だから遭遇してきたワーウルフ達も今までにない動きをしていたのだ。そして、おそらく。


「おい。1つ聞いてもいいか?」


「はい?なんでしょう?」


「アリーを。村の子供達を拐ったのはお前がワーウルフに命令したからか?」


ハンチと名乗る気味の悪い男を睨んで、低い声で問いかける。


「そうです。私があのガキ共を誘拐させました」


「何のために」


「それをあなた方が知る価値はないですね」


「ふざけるのもいい加減にしてくれよな。そうでないと、俺はお前を殺してしまう」


「コロスのですか。はぁ〜、それは怖いなあ〜」


そう言ってハンチはくるりと後ろを振り向き背を向けて、歩き始めた。


「おい!どこへ行く!」


「あなた方には用はないのです。しかし、あなた方の村に居る竜の巫女を連れてこれば、話を聞いてやらんでもないですね〜」


「竜の巫女?なんだそれは」


「あらら、知識がないのですか。では仕方ないですね〜。巫女の方から出てくるのを待つしかないようだ」


ハンチはアイル達に背中を向けながら独り言を言うようにスタスタと洞窟の奥に向かって歩き始めた。


「まて!!」


瞬時に抜剣し、ハンチの背中まで迫ろうとすると、ハンチがマントから笛のような奇妙な形をした物体を取り出した。そして端を口に添え、息を吹き込んだようだが何も音はしなかった。


「それでは。君らに死んでもらいましょうかね」


「何を言って...!?」


突然、四方八方からの凄まじい殺意を肌に感じた。夜の冷たい風に吹かれて獣の匂いが一層増していく。


「何を、したんだ...」


「それはね。森中の私のワンちゃんをこの場に全て召集させました。君達はこれから、私のワンちゃんに齧られ、肉を裂かれ、骨を欲しいままに砕かれて、飢えた獣の食料にされるのですよ!ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェッ!」


「外道が!!その前にお前を殺してやる!」


剣を構えて一気にハンチとの距離を詰める。そして片手剣を右から左へと線を描くように切り裂こうとしたその時


「もう、遅いのですよ」


ハンチが呟くと同時に背中のすぐ後ろに殺意を感じる。今まさに獣が臭く血に濡れた牙でアイルに噛み付こうとしていた。


「アイル!!」


「くそがっっ!!」


ハンチはスタスタと洞窟の奥へと進んでいき、アイルはもう止まらない剣をそのままの勢いで流し、腰を捻り遠心力全て使って背後のワーウフルの腹を切り裂く。

ぎゃん!と、鳴きながら勢い余ってワーウルフはぶっ飛んでいった。


「アイル!大丈夫かい?」


「ああ、なんとかな。それより、大変なことになってしまったな」


「そうだね、もう何匹かはすぐそこまで来ているよ。今から逃げても、全方位から来ているから逃げるのは厳しいかもしれない」


「数はどのくらいかわかるか?」


「20、30?数十匹はいるよ。どうする?」


「全部戦ってたら切りがないだろう。それに俺たちの体力の限界もそう遠くはない。仕方がない。一旦この場から離れつつ、あのイカレ野郎が向かった方向へと...。っと、どうやらもう遅かったらしいな」


これからの事を話しているうちにハンチの呼んだワーウルフがぞろぞろと草むらから姿を現した。今出て来たので8匹は軽く集まっただろう。

現状を打破するにはどうしたらいいだろうか。全部のワーウルフを迎え撃つか?しかしそれだと体力と時間の問題が掛かり過ぎる。こうしている間にもアリーが危険な目に遭っているかもしれない。

考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!!


「アイル!危ない!!」


考え事をしていたので、目の前のワーウルフから意識を逸らしてしまった。テトの叫びで2匹のワーウルフがアイルを挟み撃ちにしようとしているのに気付くが、対処に遅れてしまい、1匹がアイルの利き腕に噛み付き、肉を裂いている。

剣を持ち替え、噛み付いてきたワーウルフの腹を串刺しにする。すると力尽きた狼は牙を抜いてアイルの腕から離れた。

血に濡れた剣を狼から抜き、大きく口を開きながら反対から来たワーウルフの牙を剣鍔で砕く。かなりの痛みに怯んだワーウルフは後ろに退いたが、その隙を逃さず追撃で一斬。

なんとか倒せたが、アイルの腕は噛まれた所から血が滴っている。それにズキズキと痛みが後からやってきて集中が切れそうだ。


「アイル大丈夫かい?回復魔法ヒール掛けようか?」


「いや、今はそういう状況じゃあなさそうだ。見ろ、数がどんどん増えてきやがった」


周りを見渡すと四方八方全てのワーウルフが目を爛々と光らせてアイル達を睨んでいる。


「もう、逃げられないね。ここまできたらやってやろうよ!」


「あぁ、サポート頼む!」


「了解!じゃ、先制攻撃させてもらうよ!」


気合い十分に腹をくくったテトは右手を前に突き出し


「いくよ!ボクの得意な魔法だ!アクア!」


テトは水属性の基本魔法のスペルを唱えた。すると、テトが突き出した右手の掌に透き通った水が出現しはじめた。その水量は増していき、バケツが一杯になりそうなくらいにまで増えていった。


「よし、このくらいでいいかな。じゃ、こっからが本番さ!」


そう言ったテトは今度は左手も前に突き出して大きな声で続けてスペルを唱えた。


凍結フリーズ!!そして、氷槍アイス・スピア!!」


テトが再び暗唱すると、空中に浮いた水が咄嗟にピキピキ音を立てながら氷に変わっていき、直ぐに細長くて矛先の尖った氷の槍が完成した。

完成した氷槍を両手に取り、ブンブン振り回すテト。振り回すたびに氷の冷気が背中につたい、凍えるようだ。


「さぁ。これでボクの獣人ビーストの血を思う存分発揮できるよ!アイル、背中は任せたよ!」


そう言ってテトは疾風のように素早く動き出し、瞬く間に氷の槍でワーウルフ達を屠りはじめた。

その姿は獲物の群れを見つけては遊ぶように殺戮を行う勇き獣のようで、その瞳は狼達に負けずと爛々と煌めかせている。

正直少しゾッとした。


「頼もしいが、間違えて俺を襲うんじゃねーぞ!」


呆気を取られて出遅れたアイルはテトにそう告げ、2人は生死の境の戦場で暴れはじめた。


月は怪しく紫の光を照らし、この先の出来事を知っていてか、嘲笑うように空の頂点で必死に抗うアイルを見下ろしているようだった。

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